第14話 チャンドラー3
あのスポーツカーが再び現れないか警戒しながら進んでいると、不意に何かが飛んできた。ジャベリンやミサイルなんかではない。羽根の生えた、いや、羽根っぽいパーツのついた例のシスターじみたロボ、天使だ。前に見たのにはついていなかったけど、フライトユニットだろうか。
片手に持ったランプが見慣れた回転灯の明かりを放ってサイレンを響かせている。
「お、やっと来たか」
「なんかやばいやつ?」
「いやいや、心配しなくてオッケー。単なる道路交通法違反」
チグリスは素直に速度を落とすと、天使は車の前側を抑えるように飛行する。
違反が認められたので罰金を支払うように、と言われて車のフロントモニターに違反内容が表示されると、チグリスは素直に支払った。内容は危険運転、環境損害だった。
ゲヘナが支払われると、天使はサイレンを消して飛び去った。
「違反なんてあるんだ」
「基本的に事故に関わらなければそんなうるさくないんだけどね。さっきみたいに他の車を巻き込んだりすると、ああやって飛んでくるかな」
「結構な車がダメになってたけど、犯罪としては軽いんだ」
違反金はたったの200,000GHNだった。まあ、大したことないかなって思える金額だ。
「私は追っかけられてただけだからね。あっちはもうちょっと重いはずだよ」
「もうちょっとって」
「まあ、戦闘目的のゲームなのに、いちいちバトる度に多額の違反金払ってたら、モチベ下がるからさ。余程のことしないと賞金掛けられたりにはならないかな」
「ふーん」
「何にもなければないで、みんなめちゃくちゃやり出すのは目に見えているからね。めちゃくちゃやりたいならそれこそ有り有りのレースに出れば良いし、まあ今のところは良い塩梅なんじゃない?」
「そんなもんなんだ」
有り有りって、攻撃有り?もうひとつは何が有りなんだろう。
しばらくはカーチェイスの余韻で警戒していたけど、結局は目的地まで何にもなかった。
いかにも廃工場です、って感じの正面ゲートで停車した。
警戒していたデッドマンズハンドの襲撃はなかった。
「ほい。到着っと。それじゃあ迷惑かけたのはこっちだったのに悪いけど、報酬もらって良い?」
「いや、ありがとう。助かったよ」
「いえいえ、仕事だからね。終わって落ち着いたら連絡ちょうだいよ」
「うん。必ず」
事前の約束通りのゲヘナを振り込んだ。終わってみれば確定だと思っていたカーチェイスはチグリスたちのせいで、それがなければ何もなく到着していただろう。
タクシー代にしては高い報酬だ。
それでもケチらず払った。ふたりはルートをしっかり調べ上げていた。
だからこそ何もなかった。
カーチェイスで逃げていた間もナイルは反撃せずに、トラブらないようにルート調査を優先していた。
ただのタクシーなら何に見つかっていたか分からない。
こういうノウハウを持ったふたりだったからこそ、何もなかった可能性が高い。
車から降りて周囲を見回す。
特に怪しい動きはない。
長距離からの狙撃とかは正直、どう警戒して良いか分からないけど、何かありそうな気配はとりあえずしない。
降りてきたロビンに寄り添うようにしてゲートに向かうと、車はゆっくりと出ていった。その間にもロビンはゲート脇の端末を操作して、しまっていたゲートを開けた。中に入るとすぐにゲートは閉まる。
静かだ。
ロビンも私も言葉を発さずに、事前に打ち合わせていた通りに工場の正面入り口ではなく、裏口を目指す。
裏口、といってもそれは目に見えるかたちではなかった。
一見すればただの壁だった。
ロビンはその壁の、注意してみても何もないそこに触れ、何事か操作する。
すると壁にかけられていたホログラムが解除されてスライド式の扉が現れた。
ロックも同時に解除されたのか、音も立てずに開く。
正面と裏にある目に見える入り口にはトラップが仕掛けられていて、入るにはここからじゃないと、入ろうとした人間にかなりの被害が出るようになっていた。
これは知らなければそうと気づけないだろう。
ロビンと共に中へと入ると、床のフロアライトが反応して周囲を照らす。センサーがあるのか、周囲だけで、全体にではない。
と、気配を感じて振り返る。
そこには黒猫がいた。
エドガー?
思った時にはそのまま私とロビンの脇を走り抜けて行ってしまった。
……よく似た猫の可能性もある。というのは、まあ、ないだろう。
どうやってか付いてきていたのだろうか。
なぜ?
ポエットはロビンの懸賞金を狙っている?
額が額だから、無い話では無い。
自動的にしまった扉の外はさっきまでと同じく、ホログラムが掛かって壁と同化しているはず。
やや狭い通路をそのまま奥へと向かう。
静かだ。
動いていない廃工場なのでそれは当然。
そのはずなのに、何かがありそうで緊張感が高まっていく。
ガラス窓を覗けば巨大な鈍色のタンクが並んでいた。
よくSF作品で見るようなガラス製で人体が浮かんでいるそれではなく、社会科見学で子供の頃に見た飲料の製造工場みたいだった。
「ここでリプレースメントが作られていたの?」
「ああ。ここはカラドリウスが、管理していた」
「カラドリウス?またマフィア?」
「リプレースメントメーカーの、最大手だな」
よく見ると鈍色のタンクに白い鳥のシンボルが描かれている。
あれがカラドリウスか。
初めて聞く名前だけれど、なにかしらの神話の霊鳥の類なのだろう。
指で輪をつくって覗くとアラクネストの情報が出る。
病を吸い取る霊鳥をシンボルとしたリプレースメント製造会社か。
後で読むようにクリップしておく。
「天使が作ってるんじゃないの?」
「妖精が現れるまでは、そうだった。天使は妖精を、理解できず、人間と妖精自身に、委託した」
「理解できなかった?なんていうか天使ってのは人間が及ばないオーバーテクノロジーの塊ってイメージだったけど、そんなことあるの?」
「事実としてそうだった。天使は人間に、リプレースメントの提供を始める際、イデアのすべてを数値化せず、7つの要素に基づいて数値化することで、あらゆる人間の肉体を、再現しうると考え、リプレースメントを形作った。その要素、STR、AGL、DEX、INT、MND、VIT、LUCが、妖精にはなかった」
「え?」
いきなり妖精がなんで謎ステータスなのかの話始まった?




