第14話 チャンドラー1
予告通り、チグリスからはすぐに連絡が来た。
返事は金額が飲めるなら受けるという内容だった。
見積金額は前金で1,000,000GHN、成功したらプラスして3,000,000GHNだった。
護衛にかかる弾薬費は向こう持ちなので、こちらは負担する必要はなし。
車が破損した場合も報酬から賄うから別途負担はなかった。
それにしてもロビンからの報酬が半分ぶっ飛ぶな……。
高いのか安いのかで言ったら、現状、かなり高く感じた。
なにしろ相場が分からない。
当然、相見積を取っている時間はない。
ちょっと目を瞑ってから、開く。
よし。
すぐに前金を振り込んだ。
実際、チグリスに仕事を頼んでみたい、一緒に仕事をしたいと思っていた。
カーチェイスはないに越したことはないけど、ちょっと経験してみたい。
何しろ映画の世界だ。
こればっかりはファンタジー世界では経験できない。
もちろん、ロビンの行末が掛かっているので、あんまり気楽にしている訳にもいかないのは分かっているけど、ゲームらしい体験、現実ではありえない体験ができてこそのフルダイブゲームだ。
ワクワクする気持ちが働くのはしょうがない。
セーフハウスからホテルに移動するのに使った車では依頼に耐えないと判断したらしく、別の車を取ってきてから合流するとのことだった。
1時間は掛からないと思うけど、大体それくらいは待っていてくれという内容のチャットを交わした。
ホテルのセキュリティが低いと言われたことも尋ねた。
色々と見分ける方法があるけど、簡単な方法はホテルを検索して宿泊費を見ること。セキュリティがしっかりしているホテルは値段が一桁変わってくる。
ああ、なるほど。
だから贅沢して1ヶ月分のホテル代なのか。
クラーケンの言っていた意味が分かった。確かに今のホテルの10倍なら1ヶ月分でちょうどくらいだ。
そしてもっと分かりやすいのはセキュリティがしっかりしているホテルだと、大抵入り口に天使がいる。天使の特性として、すぐに仲間を呼んで集団でことに当たる、というのがあるらしい。1体でもいたら、何かあればその10倍20倍に増えるという。玄関に警備会社のステッカーが貼ってあるみたいなものか。
そういえばあのセーフハウスにも1体いたな。
天使の派遣というのはそれなりの費用を払えば、表向きの問題がなければ、どんな施設でも可能だという。裏で天使が取り締まるような何かをやっていてもバレていなければOKらしい。
低位の天使はお掃除ロボとかドローンとかと一緒のただのインフラシステムのひとつ。要は動く防犯カメラというか、警報、警備システムということだ。
本当にすごいホテルになると、アークエンジェルどころかパワーが常駐しているとか。それも1体2体の話ではないというから、今の私には縁のない場所に違いない。
セキュリティが低いというのは分かったけど、だからといって移動する方が安全なのか?というと、どこの誰に見られるか分からない。
透視カメラなるものにうっかり引っかかって、小遣い稼ぎになんて襲われたり、情報を売られたりするのも面白くない。
室内にいる限りは無茶苦茶な人数に襲われたりしないだろう。
PKer相手でも、それなりに心得はあるつもりだ。
待ってる間、調べ物に徹することにした。
ロビンはその間、目を瞑って備え付けの椅子に座ってじっとしていた。
さて、他のヒラエスした人の情報、他のエリアのダンジョン、武器や防具、各種アイテム、現状スキルと他プレイヤーのスキル、魔法、エトセトラエトセトラ。
知りたいことはたくさんあるけど、とりあえずはこれから行くチャンドラーエリアについて、だろうか。
チャンドラーエリアは人間が多く住むエリアだ。
それを示すかのように、カフカエリアに見られる都市を侵食した森林というのは見られない。
高層ビルが立ち並び、几帳面に区画整備されたクリーンな街並みだ。
そしてここにはそれとは真逆の雑然とした地下街が広がっているという。
いわゆるスラム街状態で、基本的にここには天使も余程の理由がない限り、入り込んでこないとか。
人と物があふれていて、そこら中に賞金首が闊歩している危険地帯。
ロビンに尋ねると、そこを仕切っているのはシャッフルという正真正銘のギャングだと教えられた。
シャッフル……パイロンのおじさんが名前をあげたギャングだ。
トランプをシンボルとしていて、スートによって部隊が分かれている武闘派。特にスペードの部隊に会ったら注意しろと言われた。
「シャッフルが恐ろしいのは、連中の目的が、良く分かってないことだ」
「ギャングだったら暴力でゲヘナを稼ぐとかじゃないの?」
「いや、必ずしもゲヘナを目的には、活動していない。勢力圏を広げることに執心なのは有名だが、何のために、というのを対外に示さないから、狙われたら武力で対抗する以外に、道はない」
「傘下にするとか、協力するとか、そういうのがないってこと?」
「そうだ。常にどこかしらの組織に、闘争を挑んで、勝てば根絶やしだ。何より不気味なのは、そのやり方で、人員不足にならない点だ。勢力圏が増えると、いつの間にか、トランプ顔が増えている。それで元の勢力圏の人間が、減るということもない」
「なにそれ。そんな湧いて出たみたいなことあるの?」
「さてな。構成員も忠誠心が高くて、裏切り者が出ない。スパイを潜り込ませようとすると、必ず知られて報復に出てくる。デッドマンズハンドでも、地下街には、商売に出入りしていたが、極力関わるな、が鉄則だった」
「なんかヤバげな組織だね……その地下街がケージなの?」
「いや、奴らのケージは、いたるところ、いたるエリアにある。飛地になろうがおかまいなしだ。チャンドラーに限った話なら、そこだけだがな」
「とりあえず今回は絶対近づかないよ。そんな厄ネタしかない場所」
自分でも調べてみたけど、シャッフルについては、トップが誰なのかすら分かっていないとか。目的もトップも謎の組織。そんな連中が今、誰も止められずに勢力圏を広げている。
その構成員も普段は普通に過ごしていて、仕事の時だけトランプのホロを顔に付ける。常にトランプ顔なのはごく一部の幹部くらいなもので、実態としてどれくらいの人数がシャッフルの構成員として存在してるのかも不明。
いつかのPKerを思い出す。
あいつらみたいなものか。普段は人の良さそうな顔して近づいてきて、仕事の時だけ顔を隠して悪事を働く。やっていることは段違いだけど。
強奪、強盗、爆破、破壊工作、大量殺人もなんのその。
連中が新世界爆弾を手に入れたら街が滅ぶとすら言われている。
うーん、関わりたくない。これもレベルがカンストしてからのコンテンツかな。
と、話しているうちに結構時間が経っていた。
チグリスからのコールが入った。
「はいはい。もう着いたの?」
「お待たせ。表にいるから出てきて。周囲に怪しい動きはないから、とりあえず大丈夫そう」
「了解。すぐいく」
戻ってきてそのままなので、準備もいらない。
ロビンに声を掛けて、部屋を出た。
表に止まっていたのは、5ドアの全体的にはややクラシックな印象のハッチバックだった。
ただ現実の車と違うのは、窓ガラスがない。
外から中は完全に伺えなくなっていて、窓枠の部分には装甲らしきプレートで塞がれている。
これがいっていたフルブラインド、というやつだろう。
良く分からないけど、フロントやタイヤ周りに装甲車みたいな頑丈な雰囲気があって、確かに戦闘向きといった印象だった。
旧車っぽさがあるのに、確かに近未来感を覚える不思議な車だった。
最初の時と同じく、助手席の方にナイルが立って警戒していた。
「お待たせ」
ああ、そうやって窓開くんだ。
自動で下がるガラス窓と違って、中から窓の一部が押し開けられるようになってるらしく、チグリスがそこから顔を覗かせた。
周囲に気を配りながら車に近づくとドアがひとりでに開いたので、ロビンを押し込んでから自分も中に乗る。すぐにナイルも乗り込んできた。
「それじゃあ出すよ。シートベルトはしてね。レッツゴー」
なるほど。こうなっているんだ。
乗り込んで見回せば、普通の車と同じように周囲の景色が四方すべてに映る、モニターになっていた。
「おもしろいね」
「なんか窓がガラスじゃないってだけなんだけど、謎にラジコンに乗ってる感があるんだよね。私もはじめて乗った時はげらげら笑いながら走ったよ」
特に遅延もないようで、ハンドルを切れば違和感なく景色が変わっていく。
まずはカフカエリアから外へと向かう。
「これでも誰が乗ってるかバレちゃうんだ」
「初見殺しだったなぁ。安心してたら急に近づいてきた車がドン!ってさ。監視カメラがあるなんてのは教えられなくても知っていたけど、私も運び屋始めるまでは全然知らなかったからさ」
「今日は当然、それがあるルートは通らないでしょ?」
「もちろん。ちょっと遠回りになるけど、なるべく安全そうなルートを選んだよ。ナイル、送ってあげて」
ナイルからルート情報が送られてきた。目的地にはかなり迂回しながら向かう形だった。予定としては40分弱ってところか。
「当然、見つかって追いかけられたら、撒くのにルート変えたり、やむをえず戦ったりしたら、予定通りにはいかないけどねー」
雑談は自然に途切れ、無言のまま車は進んでいく。
周囲の車の様子を見たり、ルート上に何があるかを調べたりしながらも、緊張感が高まっていく。
水路、というにはなかなかの広さのそれに掛かる橋を渡る。
チャンドラーに入った。
ここからが本番だ。




