第13話 ドッグプープ3
「どう思った?」
「どうもこうも、ない。私は既に、死神に手を掴まれている。そんな奴は、何もしない、考えない方が、まだマシな事態に、なるだろうさ」
不吉の象徴を長く率いてきた人間が何を言ってるんだか。
この名前は西部開拓時代の映画そのものではなく、それに影響された作品を見てるとたまに出てくる。トランプの黒のスート、スペード、クラブのAと8のポーカーの役でいうところのツーペア。西部開拓時代の伝説的な保安官の死に際の手札。
ポーカーで揃えれば死を招くとされる不吉の象徴の組み合わせ。それがデッドマンズハンドだ。
それを自ら名乗るのは、災い転じての精神なのかな。
あるいは敵対者にとっての不吉であると。
思っただけで、口にはしなかった。
どこで誰が聞いているか分からない。余計なことは口にしない方が良いだろう。
部屋に入るまでも問題なかった。
入って冷蔵庫にあった水をロビンに渡そうとしても、ロビンは首を振った。
「透視カメラは目立つ。そういうポイントは、もちろん避けるだろう。だが狙撃系のスキルにも透視はある。あとは、どれくらい警戒しているか次第」
「どれくらいなの?」
「私が姿を消してから、2週間になる。普通ならこの街から、既に出ていっている可能性を、疑うだろう。だが、私を良く知る者は、そうは考えない。私がチャンドラーに戻ると、確信している。それも時間が経てば、経つほどに」
「ん?どうして?」
「お互いがお互いを良く知っているからだ。こうなっては、私は絶対に死ねない」
「死ねば天使になっちゃうからね」
「そうだ。だが、このままでは、放っておいても死ぬ。時間が経てば経つほど、そうなるリスクは高まる。この状況を打破する方法は、ふたつしかない。戦力を整えて組織を取り戻すか、リプレースメントを自前で用意するかだ」
「前者は、分かる。でも後者は?他のエリアで他の組織に頼ってリプレースメントを用意するかもって考えないの?」
「それは君も言っていたな。リプレースメントを用意するために、イデアを晒せば、4,000万の賞金首と知れる」
「あぁ、そうか。相手に4,000万以上の報酬がないと、メリットが釣り合わないのか……」
他の組織に賞金首だと知られた瞬間にゲヘナ目当てに殺されてしまう、と。
「組織の人間は、私という人間を、良く知っている。保険を掛けているだろう、と。落ち目で、しかも殺せば大金が手に入る、そんな弱者に、この街の組織は優しくない」
「あれ?もしかして、今、一番襲ってくる可能性高いのって、ハングドマンズ?」
「いや、ポエットは、私が誰なのか知らない。建前だったとしても、これが揺らぐと、彼女の信用もそうなる。だから、すぐには動けない」
「あぁーっと、素性を詮索しないでゲヘナさえ支払えば誰でも匿う、そういうサービスなんだっけ」
やっぱりエドガーについて、知られなくて良かった。あそこにエドガーがいた以上、ポエットはロビンについて事前に知らなくても、今はもう知っているはずだ。
しかし、一度それを利用してしまったら、誰も彼女を信用して匿ってくれなんて言いたくなくなる、と。
知られなければ?
別にロビンは死んでも、消える訳じゃない。
天使になるだけだ。
この街では死んで消える人間はいない。
証拠を消すために、人間を消すことは出来ない街なのだ。
「うーん、そうか。複雑な街だなぁ」
「そうでもないさ。要はゲヘナの問題だ。何かをするとゲヘナが掛かる。あるいはゲヘナが手に入る。結果どっちが大きいか、それだけだ。さて、そんな街で保険を掛けるなら、自然、自分の影響下にある場所の方が、費用もリスクも小さい。つまり、取り戻すのが組織でも、保険で用意していたリプレースメントでも」
「必ずロビンはチャンドラーに戻ってくる、と」
「そういうことだ」
私が言うと説得力ないから言わないけど、ロビンはよく、自分を殺しにきた人間に依頼しようなんて考えたな。
説明しないで依頼すれば、デッドマンズハンドと戦いになった時に、依頼を受けた人間はきちんと守ろうとしないかもしれない。どうせ死んだってリプレースメントで生き返るんでしょ?そう思って。プレイヤーなら特にだ。失敗しても良いやって気分で守ることより敵と戦うことを優先するかもしれない。
説明すれば依頼以前に、賞金欲しさに殺される可能性が高い。
とにかくロビンの賞金があまりにも大きすぎる。
銃弾2、3発分のゲヘナがあっという間に大金に変わる。
ギャンブルですらない。
いや、そういうイベントなのか、これ。
お金を選びますか?
それとも信義を選びますか?
良くあるイベントだ。
良くある嫌らしいイベントだ。
ああ。
つくづく思う。
これってプレイヤー向けイベントなんだな。
最近のゲームのNPCは自律して動いているから、作成されたイベントを必ずしもプレイヤーがクリアするとは限らない。NPC同士で解決してしまうこともある。
でもこれは明らかにプレイヤーに選択を迫っていた。
窮地に陥ったNPC。
殺せば小遣いどころではないゲヘナ。
助けても手に入る報酬は賞金にはまるで届かない。
それでも助けますか?
プレイヤーによっては即座に殺すだろう。
それだけの大金が労せず手に入る。
ま、私はしないけど。
「楽しそうだな」
「そうだね。私はね、古い映画が好きなんだ。それも分かりやすい幸せな結末ってやつとかね。マンネリとか安直なんて言われてもさ。殺し屋が知り合っただけの女の子を守って戦いに行く奴とかも、色々言われてるけど私は好き。ロビンは?映画は見る?」
守ると決めたなら、最後まで守る。例え自分が死のうとも、相手が何かを偽っていたとしても、だ。
「映画は見ない、な。誰かの絵空事だと思うと、物語に入り込めない性質だ」
「そっか。残念」
「だが、今は感謝してる」
「ん?誰に?」
「君が好きな映画を、創ってくれた人間に、だ。……成功したら、君のおすすめを、見ることにするよ」
部屋にある鏡を見れば私は笑っている。
ロビンもほんの少しだけ、それでも確かに笑っていた。
きっと、叶わないとでも思っているのだろう。
「するよ。成功。何しろ私は愛されている」
「誰に、だ?」
「それはもちろん、一百万に勝る悪の怪物に、だよ」
一百万は最盛時のフォックスレインプレイヤーの登録者数。




