第12話 ロビン2
「凄いんだね」
「大組織の幹部なら、平気で億超えだ。それに比べたら、小物さ。それでも私たちはチャンドラーで、安定した基盤を得た。代わりに組織は、停滞期を迎えた。周囲の組織との、揉め事がない代わりに、他所から奪う機会もない。さらに大きくするなら、今までにない大きい仕事を計画するか、エリア全体を巻き込んで、抗争を始めるかしかなかった」
「それで?どっちを始めたの?」
「いいや。私はどちらも選ばなかった。私なりにこれは、という仕事を準備していたが、周囲には停滞としか感じられない、そしてそれを、面白くないと思う連中が、私の下には多数派だった」
よくあるパターンさ。とロビンは笑う。
それ以上大きくなれなくなった組織は、その多くが内部分裂を始めて消えていく。
不満を持った者を、周囲の組織が放っておかないからだ。
そいつを火種にして分裂させ、弱体化したところで今度は自分達が襲うつもりで援助する。唆された方もそれが分かっていても、今の組織の、そして自分自身の地位に甘んじるくらいなら、と誘いに乗る。
だからケルベロスヘッズには争いが絶えない。安定しているように見えるエリアでも、火種は必ずあるのだから。
「ひと月前のことだ。娘が事故に遭った。当然、娘にはリプレースメント契約がある。賞金が掛けられている訳でもないし、リプレースメント費用も、高額ではない。娘のヘイローは、新たに用意されていた、リプレースメントへと移され、何事もなく日常へと戻れる。はずだった。娘のリプレースメントが強奪されなかったら、な」
娘、と聞いて、ハッとなった。目の前のロビンの姿に。
何か碌でもないことがあったのだと、嫌でも分かる。
「どんな攻勢の武力組織でも、リプレースメント関連の施設は、基本的に不可侵だ。それをやると、収拾がつかなくなる。ところが今回、それを破ったバカがいた。それも内部に、だ。収拾を図るために、私も動かざるを得ない。そこを狙われた。襲われ、そして目覚めた時には、この身体になっていた。娘のリプレースメント、にな」
「え……?どういうこと?他人のリプレースメントにイデアを移せるの?」
「通常のイデアライズでは、不可能だ。だが、妖精の技術に、チェンジリング、というのがある。本来は身体の一部を、機械や生体パーツに、入れ替えるものだ。一部ごとに入れ替えていけば、理論的には全身を入れ替えても、イデアとの齟齬による障害は、起こらない。それを無理に使われた。脳とヘイローと一部の臓器、それ以外を入れ替えた結果、私のイデアと、娘のリプレースメントとで、齟齬が生じて、身体中に障害が起こっている。イデアクライシスという奴だ。私は、そう遠くない内に、死ぬ」
チェンジリングは外科的な手術なのではなく、瞬間的に、まるで最初からそうであったかのように、身体の一部を入れ替えられる。例えば強力な天使の腕や足をまるで武器や防具を入れ替えるように、だ。
チェンジリングの優れた点はイデアの書き換えも同時に行われる点で、イデアスコアも引っ張られる。強い身体を得られれば、イデアスコアも上がる。
ただし、天使のパーツにはデメリットもあり、身体の構成率が一定を超えたり、自身のイデアスコアからあまりにも乖離しすぎている強力なパーツを組み込むと、天使落下症候群に掛かり、対処をしなければ時間経過で人間的には死亡、天使に種族変更だ。
では、天使のパーツが使われた訳でもないのに、なぜ、ロビンは死ぬのか?
今回問題なのは、その逆ということだった。
弱いリプレースメントに高いスコアのイデアを入れられた結果、リプレースメントが耐えられていない。だから遠からず死ぬと。
それにテセウスの船の問題もある。船の部品を一部ずつ交換していって、やがてすべての部品を入れ替えれば、それは元の船と呼べるのかどうか?ケルベロスヘッズの回答は、それがどれくらいの割合で一度で交換されたかによる、だ。
一部ごとなら元の船、正確な割合は判明していないが、過半を超えたら別の船になる。ロビンは別の船に乗っている、と判定されていた。イデアクライシスと呼ばれる症状で、プレイヤーだと施術時に止められるために、まず陥ることはない。
「回避する方法は?」
「簡単なことだ。私の本来の、リプレースメントに、戻れば良い」
「ん?それって死ねば戻れるんじゃないの?してるんでしょ?リプレースメント契約?」
「天使を襲って大丈夫か?と、君は聞いたな。答えよう。大丈夫じゃない。私はリプレースメント契約をしていない。犯罪組織のリーダーになる者の、これは宿命だ。多額の賞金を掛けられると、リプレースメント契約では、実質復活できない。死ねば天使になるしかなくなる」
「え?」
「天使に掛けられた賞金は、借金と同義だ。私がリプレースメント契約で、蘇るには賞金額と、自身のリプレースメント費用とを、負担しなくてはならない」
「は?なにそれ?」
「天使から高額の賞金を掛けられると、もはや死ぬことすらできない。デッドマンズハンド規模の組織では、私ひとりを生き返らせるのに、賞金分の費用をプールはできない。だから死なないように、無理矢理にでも、私は強くなった。例え、自ら武力を行使しなくても、リーダーは弱くはいられない。そして、この街では、ゲヘナさえあれば、才能や努力を必要とせずに、強くなれる」
通常のキャラクターであれば、自身のリプレースメント費用を賄えなくなると、天使に借金をして蘇ることになり、それが一定期間を経て返せなければ同額の賞金を掛けられ、その状態で死亡すると天使に転生させられる。
そして借金とは別に、犯罪的行為や社会的脅威による賞金も掛けられると、死亡時にそれが上乗せされる。現実の犯罪における保釈金、というか賠償金みたいなものというか、大昔の免罪符が近いだろうか。今の現実世界では有り得ない罪を金で贖える方法が存在している。
多分、これはプレイヤーに対する措置がNPCにも適用されているからだろう。賞金は天使からではなく、掛けられた本人が払うことも出来るのだ。
借金による賞金は、借金が帳消しになった時点で取り消される。だが、罪によるそれは生きてる間に帳消しに出来ない。
ロビンは死ぬと自身のリプレースメント費用+賞金額を払わなければ蘇ることができない。蘇ることが出来なければ天使になるしかない。
やっと借金と賞金、そして契約による復活のシステムが理解できた。
自身のイデアスコア=リプレースメント費用であり、そして所持金が、あるいは事前に天使にプールしておいたゲヘナが、リプレースメント費用+借金+賞金に届かないと天使に転生するってことか。
PKerとの会話を思い出しつつも納得する。
あいつらはPKを続けて天使から賞金を掛けられただけだったんだろう。それも額からして初心者だけしか狙っていなかった。
そして、逆にPKされた時のためのリプレースメント契約か。PKされてゲヘナを奪われても復活できるように、天使に最初からリプレースメント費用をプールしていたのだろう。だから好き勝手していたと。
「強くなった、はずだった。それが外部の傭兵に襲われて、この様だ」
高スコアのイデアのリプレースメント、おそらく話に出ていたチェンジリングで強化していたロビンの元々のリプレースメントは4,000万には届かなくても、かなり高額だったはず。
もしかすると、高レベルのプレイヤーかな?それに襲われて、切り刻まれ、身体を入れ替えられた、と。うーん、グロいな。
「なるほどね。事情は分かった。それで依頼内容は?街からの脱出?」
「いいや、違う。いつかこうなる事は、分かっていた。多くの組織が辿ってきた道だ。だから、私は用意した。抜け道を。余裕がある時に、予備のリプレースメントを、用意しておいた。過去のイデアを元にしているから、多少の障害は出る。それでも、今のこのリプレースメント、ほどではない」
「そこで元の身体に戻るまでの護衛ってことか……」
「報酬は前金で3,000,000GHN。成功報酬で5,000,000GHN出そう」
「……自分の賞金額が分かってる?今、目の前の首を落とせば5倍手に入るんだけど」
「そうだな。だが、今出せる、手持ちの精一杯がこれだ。 だから最初に伝えた。他に情報を出そう、と」
情報か……そういえば武器商人なんだっけ?
時に金で手に入らないもの、それは情報だ。誰もが知ればタダ同然、誰も知らなければ値千金。現状、始まったばかりのサービス内容を知る他のプレイヤーはいないだろう。つまり、今はNPCからでなければ得られないはず。
「カドメイア、って単語に聞き覚えは?」
「いいや、ないな。探し人か?」
「私の故郷の名前。そこで昔、私が使ってた武器とかアイテムとかが、こっちに流れてきてたら、私はそれが欲しい」
「約束しよう。いいや、契約だ。例え、私に何があろうとも、カドメイアに関する情報を君に届けよう」
「……よし。分かった。私の名前は八月朔日。引き受ける」
目の前の少女が笑う。
なぜかひどく寂しげだった。
「ありがとう」




