第11話 キャットウォーク
適当に狩りをしながらスキルの確認しつつ、たまにめちゃくちゃ初心者っぽい人を助けたりして、最後にパイロンに不用品をまとめて売り払ってもちょっと時間に余裕があったので、ホテルに戻って一度ログアウトした。
現実時間でも5時間近くになる。
水分補給して、軽く食事とストレッチ、それから再度ログインしたところで、ちょうど良い時間だった。
その店はなんでこんなに細い先に?って言いたくなるくらい狭い路地の先にあった。古びた倉庫みたいな店だった。
中を覗き込むと机やら椅子やら棚やらが並んでいる。使い込まれたような飴色の家具ばかりだった。どうやら新品ではなく、アンティークの家具屋さんらしい。
「ごめんください」
中に入って声を掛けつつ、何気なく見た机の値段に驚いた。
9,800,000GHN?
え?桁間違ってない?さっきの賞金首3人合わせての倍以上?マジか。
私これ知ってる。
適当な椅子に勝手に座ったりしたら危険が危ないデンジャーだ。
そっと机から、そして他の家具からも距離を置いて背筋を伸ばして立った。
間違っても店の中で転んだりできない。
と、いつの間にやら足元に真っ黒な猫がいた。
こちらを見上げて一声鳴いた。
あれ?この猫ってあの時の?
カニの巣窟に入る前、そして殺される直前に見た猫と全く同じに見えた。
青目のスマートな猫だった。ボンベイって言うんだっけ?こういう品種。
まさか、この猫が?ここまで獣寄りの妖精もいるので?
「えぇっと、あなたが店主?」
「ふふっ、違います」
声は足元の猫からではなく、店の奥の階段の上からだった。
顔よりも先に階段を降りるその足に目が行く。艶のあるコーヒー色の細く長く優美な曲線。膝から下がアンティークの家具に見る猫脚と呼ばれるそれだった。
長いスリットの入った赤いドレスに白い肌、スレンダーな体型。背はそれほど高くない。オレンジのゆるやかなウェーブした髪で左目が隠れていて片目しか見えないのに見る人間を惹きつける金色の目。
なんか、えらい雰囲気のある人が出てきたな。
「はじめまして。えぇっと、ツン、違った。ガイルさんの紹介で来た八月朔日です」
「ええ、聞いています。私が店主のポエットで、その子はエドガー。よろしくお願いします」
かがみ込んで撫でようとしたらそっぽ向いてポエットへと歩いていく。ポエットは近づいてきたエドガーを抱き上げた。
「えぇっと、なんか高価な家具ばっかりなんですけど、その子、大丈夫なんです?傷つけたりとか……」
「大丈夫です。すごく頭の良い子ですし、私の言うことは必ず聞いてくれます」
どうやら店の中で爪研ぎも高そうな絨毯で嘔吐も粗相もしないらしい。良いな。私もそんな子欲しい。
「ガイルが珍しく人を紹介したいなんて言うので、どんな人でしょうって楽しみにしてましたけど、驚きでした。八月朔日さんなら問題ないでしょう。早速本題に入りましょうか。お部屋をお探しと聞いています」
ん?驚きとは?問題って?
と思ったものの、どういう人かも分からないのでとりあえず本題へ入る。
「はい。実はこっちに来たばかりでして、とりあえずホテルは取っているんですけど、どこか良い部屋は借りれないかと探しています。その、どの辺が治安が良いとか、どういう場所にどういうトラブルがあるかとか、何の知識もないので、お力を貸していただけると助かります」
「なるほど。この街は複雑ですからね。1ブロック違えばそこを仕切る組織の方針でルールも変わります。天使も時と場合により当てにならないこともありますしね。当然、私はハングドマンズに所属していますので、紹介できる部屋は私どもの把握できるこの辺りに限定されますが、それでもよろしいですか?」
ハングドマンズがどういう組織なのかは知らないけれど、少なくともパイロンのおじさんはマトモだった。さっき襲ってきたPKerよりは全然紳士的だ。口はスキュラと一緒でアレだけど。
なにより何かしらのイベントの予感もあるし、このまま話に乗った方が楽しそうだった。
「問題ありません。その、まだ来たばかりなのであまりお高い部屋でも困りますが」
追加のお小遣いもあったので、手持ちはかなり余裕がある。だからといって、好き勝手して良いかと言うと、まだ始めたばっかりでよく分からない。スキュラもタダで武器だのアーマーだのを作ってくれる訳じゃないし、どこでどんな出費があるか分からないのだから、固定で掛かってくる費用はなるべく抑えた方が良いに決まっている。
何よりこんな値段の家具を売る店だ。迂闊にゴージャスでファビュラスな部屋を紹介されても困る。
「分かりました。実は私はこの店の運営の他にセーフハウスの管理と貸し出しを行っております」
「セーフハウス?」
「トラブルに見舞われた方やしばらく周囲と距離を置きたい方、端的に賞金稼ぎに追われている方、そういった方々が安全に過ごすための隠れ家です」
「つまり私に紹介できるというのは……」
「いえ、さすがにセーフハウスはセキュリティに気を配っておりますので、日常的にお住まいになるには少々割高でして、そのままご紹介するには向いておりません。ですが、1件、手放そうと思っておりました部屋があります。こちらでしたらセーフハウスとしてのセキュリティをある程度外せばちょうど良いくらいでお貸しできます。ですが少々問題がありまして」
「問題?」
「ええ。その部屋を契約したクライアントの契約期間が1週間前に切れておりまして、本来すぐにご紹介できたのですが現在もその部屋に居座っております」
話が見えてきたぞ。つまりお使いクエスト発生だ。
「なるほど。つまりそのクライアントとやらが出ていけば何も問題がない訳ですね。良ければ私が話を聞きに行っても?」
にっこりとポエットが笑う。
「さすがですね。契約上、期日を過ぎて出て行かれない場合には生死を問わずに退去していただくことになっています。ちょうど人を向かわせないといけないところでした」
ぶっ殺しても構いません、と。
穏やかに笑って言うけど、この調子では実際、居心地が良い隠れ家から出て行きたくないと言って、物言わずの姿になって出て行った元顧客は多いのかもしれない。
「分かりました。少しばかり腕には自信がありますのでお任せください」
「ええ、そうでしょうとも。あの魔窟にひとりでお向かいになる方はなかなかおりませんからね」
「え?」
エドガーを撫でながらポエットは言う。
エドガーは撫でられながら私をじっと見ていた。
スキルか、それとも何かしらそういう技術があるのか。
あの時の猫はやはりエドガーだったのだろう。ツンデレおじさんから話を聞いて、身辺調査代わりに尾けてきていたのか。
それが終わって有用有益な人間だと判断したから会うことにしたのだろう。
あのおじさんといい、この人といい、というかこの街自体が覗き見趣味があるのだろうか。
今時どんな片田舎でもそこらじゅうに防犯カメラはあって当たり前だ。リアルがそうなので、さらに進んだ世界がセキュリティ皆無というのも妙な話だけど、ちょっと見られすぎでは?
「……覗き見とはあまり良い趣味とは言えないのでは?」
「そうですね。お詫びいたします。失礼いたしました。ただ、申し訳ございません。実はある筋から見たいと言われまして、そちらに動画を共有してしまいました」
共有?ハングドマンズ内でかな、と思ってたら同時に何やらメッセージが来た。ゲーム外からの通知は切っているにも関わらず、これはゲーム内からではなく、ゲーム外から、というか運営からだった。リアルの私宛ではなく、ゲーム内の八月朔日に直接届いた。多分、リアルの方だけだと見ない人がいるから両方に送ってきているのかもしれない。
要約するとゲーム開始時に同意したPR動画にカニとの戦闘を使いたいとの連絡だった。あぁ、こういう感じで来るんだ。正直、本当に来るとは思っていなかったのでびっくりした。
公開前にきちんとこちらに確認してから公開するとのことだったので、とりあえずOKで返しておく。契約やら実際の収益に関する内容はリアル側のアドレスに届くらしい。ちょっと怖い反面、どうなるんだろうという興味が勝った。
「あー、そうみたいですね。えぇっと、分かりました。そちらは問題ありません。それでその問題の部屋はどちらに?」
「そうしましたら連絡先をいただけますか?送ります」
送ってもらった住所はここからそう離れた場所ではなかった。
さらに正式な依頼として、2,000,000GHN出すと言われた。例のPKerの賞金額から考えると、そんなにヤバい相手ではないという指標になったので、簡単に引き受けて、すぐに向かうことを伝える。
「それじゃあお願いします。そうしましたらエドガーを連れて行ってもらえますか?」
「え?」
思わずエドガーを見ると、よろしくと言わんばかりに一声鳴いた。
こうしてお目付け役と一緒に、ミッション「セーフハウス清掃依頼」をスタートした。




