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フォックスレイン→ケルベロスヘッズ  作者: ぎじえ・いり


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第2話 フォックスレイン1

 街の夜景が一望できる高台。

 そこにある石畳の広場の手すりに両腕を乗せて街並みを見下ろす。

 ラスボスの攻略に挑戦した、クランを横断した最優プレイヤーばかりで構成された「ラストダンサー隊」の全滅については既にほぼ全てのプレイヤーが知っているはずだろう。

 それにも関わらず街には多くのプレイヤーが街灯の下を動き回っていた。

 まだ例の赤い雨は降り続けている。

 ああ、まだみんな諦めていないんだな、と思って少しばかりほっとした。

 フォックスレインのサービス終了発表から3ヶ月の間は何もゲーム内に動きはなかった。

 このまま静かに幕を閉じるのかな?

 誰もがそう思い始めた頃、ついに入ったシステムアップデート。

 最初の変化は天気だった。

 雨。

 雨。

 雨。

 来る日も来る日も雨が降るようになった。

 空を厚く重い雲が垂れ込めている時も、雲ひとつない晴天でも。

 フォックスレインにおける雨は凶兆だ。

 災厄たる怪物が人里へと降りてくる。

 今まで例外なくレイドボスが現れる時には必ず長い雨が降った。

 その雨がやまなかった。

 討滅したはずの1体のレイドボスが復活し、また1体、また1体と復活していき、やがてはすべてのレイドボスが蘇った。

 さらには川が氾濫し、山々は崩れ、いくつもの街が消えていく。

 ワールドマップの縮小によりその世界に住む人々はどんどんと狭い範囲へと、雨と怪物に追い込まれていく。

 本来初心者エリアには出なかった高レベルの怪物が当たり前のように現れた。

 武器防具の補修や修理に必要な鉱物採集が各所で起こった洪水や山崩れでできなくなった。

 橋が落ち、街から街への移動すらも難しいエリアも多かった。

 明らかにゲームとしての難易度が上がり、サ終発表前後で始めた初心者プレイヤーから非難の声が上がっても、日を追うごとに難易度は上がっていった。

 人が生きていける場所が、環境が、怪物にとっての狩場へと変わっていく。

 NPCノンプレイヤーキャラクターは口々に世界の終わりを口にし始め、それに抗うようにプレイヤーは残った街を守り、洪水や地崩れの影響のない街へと逃げていくNPCの護衛をしつつ、現れたレイドボスを打ち滅ぼした。

 それでも雨はやまない。

 倒しても倒しても怪物は復活した。

 街はひとつひとつ消えていった。

 世界の終わり。

 ああ、運営はこの世界を滅ぼすことで、このゲームを終わらせることにしたのか。

 報われないバッドエンドを予想して離れていったプレイヤーも多かった。

 それでも私は毎日ログインし続けた。

 消えていった思い入れのある街はひとつ、ふたつではない。

 私は幸運なことに現実リアルでこれまで震災や台風といった災害の被害にあったことはないけれども、この状況は嫌でもそれを連想させた。

 ゲームという娯楽、趣味ではなく、今、自身の身に起きている災害そのものに思えた。この世界の崩壊をなんとか止めたいと真実願っていた。

 そしてサービス終了まで残り3ヶ月を切った頃に最後のアップデートが入ると、赤い雨が降った。

 最初はバグを疑った。

 赤い雨なんて今までに一度も降ったことはない。

 それが時折、雲ひとつない晴天の時に降る。

 あまりにも鮮やかな赤い雨、その発生源を追うように見上げようとして、遠く彼方に城が見えるのに誰もが気が付く。

 赤い雨が降る時だけ現れる、赤々と空に浮かぶがごとく、高く巨大な蜃気楼の城。

 プレイヤーの誰もが確信した。

 あそこに元凶が、つまりは最後のボスがいる、と。


「お、ハチニキネキじゃん」


 声に振り向くと、そこには現実ではあり得ない巨大なツバ広の三角帽子に丸メガネ、体の細い線が出る学生服風というにはフリルが目立つ、その上にローブを羽織った女性アバターが近づいてくる。三角帽子のツバにはでかでかと「愚か」の2文字があった。見間違えようのないフレンドだ。


「ニキネキ言うな、やらかしさん」

「やらかし言うなし」


 いつもの慣れたやり取りだった。

 「オロロカ オロカ」というPN(プレイヤーネーム)のフレンドのひとりだ。

 オカオカとかロロロとか変な呼ばれ方をされることの多い変な奴。

 本気か冗談か、私のことをネカマだと思っているらしく、会ったその日の最初には必ず兄貴姉貴=ニキネキと呼んでくる。


「あれはプロ剣も悪かったし、匿名僧侶さんだって回復順序ミスってたじゃんか」

「いや、みんなあそこでオカオカが破壊光線レジストしてくれるって思ってたでしょ」

「いやいやいや、リキャスト時間考えてよ、絶対無理ゲーじゃんかそれは」


 まあ、そうだったんだろうな、とは思っていた。オカオカとは今までにも何度も組んだことがある。大丈夫か、って安心しかけて、あれ?足りなくない?とは思った。

 オカオカも私も普段はソロで、たまに気の合うプレイヤーとだけ組んでいたけど、イベントランキングでまあまあ名前は知られていたので、その腕を買われてラストダンサー隊に参加していた。

 決行はサービス終了も迫った最後の土曜日の夜。

 学生も社会人も無職もプロゲーマーも、ラストダンサー隊のみんなが揃って集まれるラストチャンス。

 最終セーブポイントたるこの街から、あのラスダンの城までは長く、城に入ってからも時間が掛かる。

 ここでダメなら再トライのチャンスはないという最後の最後。

 難なく城まで、そしてラスボスまで辿り着いて、そこから攻略は順調に進んでいたと思えた。

 鬼門とされていた第3形態のギミックもある程度判明していたし、後は単純に火力の問題では?とラストダンサー隊の誰もが考えた。

 それが第3形態の終盤で急にリズムがおかしくなって、気がついたらレイドパーティーは全滅していた。結局、今回もまた誰ひとりとして第4形態を見たプレイヤーはいなかった。


「あのメンツで無理なら、まあ無理だったんじゃない?」

「ふーん、それマ?本気?」

「いや、どう考えても最大戦力、最大火力の理論値でしょ。他に誰探してくんのよ」

「メンツはね。確かに理論値さね。ハチさん、あの時手の内ケチってなかったって言える?本当にクリアしようとしてた?」

「なんのことかな?」


 視線をおおげさに外して、わざとらしく返す。確かに私はケチっていたというか、いつくかの武器を使わなかった。

 この世界崩壊一歩手前になってから長い時間が経った。潤沢に持っていた素材もいつの間にか、これが壊れたら直せない、あるいは直そうと思ったら移動だけでもかなりの時間を掛けて素材採集に出ないといけなくなる、そんな状況になっていた。

 私だけじゃなく、ほぼすべてのプレイヤーが同じように、時間や課金では手に入らない素材は、ほぼほぼ枯渇しきっている。

 もうナハトボルグの修復に必要な素材は採取エリア自体がない。カボチャの大鎌の素材はドロップするモンスターがこのラスダンに一番近い街からはかなり遠い。今の状況では正直往復する間に使う武器の耐久値が削れて、今度はそっちが壊れたり、直したりすることを考えたら……考えたくない。

 でも、そうしたレア武器を使わなかった理由はそこじゃない。


「ノイエ真改は、ハチさんのメインだけど、奥の手じゃないじゃん」

「そういうオカオカはどうなの?本気だった?」

「それな。プレイングはマジでしたとも。でも正直ねー、あのメンツだったからこそ、みんな誰かにおんぶにだっこだったよね」


 二度と手に入らず、そして状況が状況だけに直すことができない、あるいは難しい装備。一点物のユニーク武器。そういった物を使っている人もいた。そして温存……というか仕舞い込んだ人もいた。

 最初は恐らく最終形態であろう第4形態を警戒してだと思っていた。

 48人のパーティーで本当に全力、全ブッパしていたのは10人程度で残りは全員明らかに手の内をケチっていた。

 誰かが使うだろう。

 あるいはこのメンツなら使わなくても火力は十分。

 そんな声なき声が聞こえた気がしたのは第2形態から第3形態に移行した頃。

 実際に火力はこの時点までは足りていた。

 私もついそう判断したし、それで選ぶ武器の質が変わった。

 私だけじゃなく、各人が本当のベストを選ばなくなり、それを明確には指摘しないまま明らかに変わったプレイングの質。

 ゲーマーならば誰しもが耳にして、発症したことのあるラストエリクサー症候群だ。

 その症状が誰の目にも明らかになった瞬間、パーティーは全滅した。

 今日で終わりにする。絶対にクリアする。

 そう事前にみんなで口にした言葉を何人が信じ、疑わなかったのか。

 アレはどうした?に対する答えが、とっくに壊れてもう無いよ、だった時、それを疑わずに信じた人間は何人いたのか。

 実力、装備的には確かに最優メンバーばかりを集めた結果、名前は知っていても初めて一緒に戦うメンツがいたり、どう考えてもコミュニケーションは足りず、最終的には本当の仲間にはなれなかった。ドリームチームに拘らずにもっと集まりやすいメンツにすれば良かったのに、満足に集まれないまま結局、連携の確認、練習を全員でできたのは本番直前。

 攻略は失敗。

 それがラストダンサー隊の結末だった。

 そして誰ももう一度やろうとは言わなかった。

 その結果だけは多くのプレイヤーに事実として拡散されたけど、その過程についてはラストダンサー隊の誰もが口にはしなかった。

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