第10話 アルマスタジアム1
スキュラから「それなら作れる」と返答を貰って、うきうきとした足取りでライラプス社を出た。
完成には2、3日くれ、とのことだった。
となると、耐久値も復活させてもらったストロベリーシェイクに頑張ってもらわなければ。ということで、パイロンにポーションを買いに行った。
「さっきぶり。とりあえずポーション5本頂戴」
「……さっきの今でその量要求してくるってことは、まさかお前、ホントに行ったのか?」
「なかなかに楽しかったよ。戦果もあったし」
「あそこを本気で観光地か何かだと思ったのか?正気か?」
「正気も正気、元気、本気ってね」
「元気って書いて別の読み方しそうだな」
そう言いながら奥へとニトロンポーションを取りに行く。
うん、スキュラと一緒でアホと言いたいらしい。
確かにあそこは十分にフルダイブゲームに慣れていて、軽技の類がスキルなしでも出来ること、もしくはあの暴力に耐えられるステータスのどちらかがないと即死案件だった。
私にとっては初期装備でも、ゲーム的には結構上のランクっぽいストロベリーシェイクがあったというのも助かった。
ポーションを受け取ってゲヘナを払う。
「まあ、ちょうどいいっちゃあちょうどいい。仲間に連絡がついた。夜なら空いてるから、店を閉めた後くらいの時間に来てくれだとよ」
「了解。店の名前は?」
「店の名前はキャットウォーク、店主にガイルの紹介だって言えば分かる。アドレスは今送った」
「ありがとう。確認するね」
メッセージボックスをジェスチャーで開けると、確かにキャットウォークの住所が届いていた。
距離的にはそう離れていない。
さて、店の閉店時間は夜の8時だ。それまで時間を潰す必要がある。
今は3時を過ぎたところ。
どうしようか、と思案していると、プレイヤーらしき名前持ちのアバターがじろじろと私を見ながら通り過ぎた。
そろそろヒラエスでゲームを始めたプレイヤーが増えてきているのかもしれない。
少なくともフォックスレインのプレイヤーではなさそうだったひとりがじろじろと見ていたのは私の胸だった。
うーん、ジャケットも大袖もロストしちゃったからな。
脱ぐと強くなるのは古来からの忍者の伝統なので仕方ないとはいえ、この格好でうろうろすると無用なトラブルがありそうだ。
この辺でショップは……3件か。
防具屋、というかアーマーショップというのが2件、残りの1件は服屋だ。
ファッションもキャラメイク、性能の内だ。
アーマーは今、スキュラに頼んでいるので服屋の方へと向かうことにした。
特に例のロープは扉になかったので、普通のお店らしい。星も3.1と普通だ。
イデアスコアは特に高くない分、安いと感じたので身代わり用も込みで5着買っておく。その中からグレイトーンのロングコートを羽織って店を出た。
順番的にはまったく逆どころか、あの穴は最終的にレベルカンストしてから行く所っぽいので、いきなりラスダンに行ったようなものだけれど、この辺にもうひとつあるというダンジョンに向かうことにした。
投げ壊す用の武器の補充だ。
着いた場所はスタジアムだった。
野球とかサッカーとかの試合だったり、コンサートとかしたりするようなアレだ。
ゲートをくぐって中へと進んでいくと普通に結構な数のプレイヤーがいる。
中には野良のパーティーメンバーを集めている人もいた。
余程仲の良い相手か、何かしらの理由がなければ基本ソロなので目を合わせないようにして通り過ぎる。
と、視線を感じた。
バーティー募集の人たちじゃない。
じっとこちらを見ているふたり組が先にいる。
何が目を引いたのか、ってこのバイザーか?
確かに同じようなアクセサリーを装備している人はいない。
単なるナンパなら良い。それもリアルの出会い目的ではなく、男アバターばっかりで遊んでるより女アバターがいた方が雰囲気的に楽しいとかなら、少しくらい付き合っても構わない。絵面が男ばっかりで、戦闘中に野太い声ばかり響いていると、たまに素に返って華やぎが欲しくなるのは割とあるあるだ。こういう時、中の人の性別とかはどうでも良く、外見と声が女ならオールOKになるのはもう文化だろう。なんならショタでも良し。ネカマ、ネナベという言葉自体は残っているけど、今では単なるプレイスタイルの問題であって、リアルで会う目的がなければ誰もが今は寛容だ。
問題はPKerだ。
見た目的にはそこまでお金の掛かってそうな装備はしていない。
ただし、全くの初心者って感じでもなさそうな雰囲気がある。
新しくゲームを始めた人間なら、たとえ私のような他ゲームからのコンバートだとしても、挙動がどこか観光客じみた感じになる。
何見ても楽しそうな雰囲気だ。
あれは違う。明らかにアバターを選り好みしている。嫌な感じだ。
そそくさと通り過ぎようとして行く手を遮られた。
「おねえさん、ひとり?」
「いや、約束があるんで」
嘘ではない。スキュラとも約束してるし、キャットウォークの店主とも約束してる。私の素っ気ない態度に、ふたりは顔を見合わせて笑う。
あぁ、ホント嫌な感じ。
獲物はコイツで決まり、みたいな声が聞こえた気がした。
「まあまあ、心配しないでよ。ここら辺、初めてでしょ?ここはちょっと強いモンスターも出るからさ、ひとりだと危ないよ」
ヘソだしマッシュヘアがさも親切心で言ってるような笑顔を浮かべる。
「そうそう。俺たちも始めてまだそんなでもないけどさ、ここくらいなら守れるよ。一緒にやらない?」
イカつい金髪ロン毛が続ける。
もう理由をつけて断るのも面倒くさい。
いいや、無視しよう。
何も言わずに通り抜けると、後ろから笑い声が聞こえた。
感じ悪。
後をついてはこなかった。
だから安心という訳ではない。
人の流れに従って先へと進む。
何かみんな、首から白いアイテムを下げているのはなんだろうか?もしかして入るのに何かアイテムがいる?いや、付けてない人もいる。その違いは?
調べるよりも先に明かりが途切れて薄暗い通路を進んでいくと、明るい出口が見える。やっぱり入るのに必要なアイテムではなかったらしい。それなら良いか。
気分を変えよう。
通路を抜けると広がるのは青空とまばらに木が生えた草原だ。
しかし広いな。
実際の地図上で見た広さよりも広かった。
それもそのはずで、ここは空間が歪んでいる。
新世界爆弾の影響でこちらの世界と別の世界が相互浸透を起こした結果、今なお別の世界と混ざり合っている場所が存在する。エンゲージポイントって奴だ。多くのダンジョンはこのエンゲージポイントで、そこでは混ざり合ってしまって理性をなくした怪物が徘徊している。
見上げた先の、輝きを感じる鮮烈な青空は見ているだけで気持ちが良くなる。
街では純粋な青空は見えないという話だ。
今見ている空は別の世界の空なのかもしれない。
そう思って何気なく、「空 青」で調べたら、面白い結果が出た。
成層圏よりもはるか上空にはエーテル層という大気層があり、そこには現実にはない元素、エーテルで満たされている。エーテルは光がなくとも常に輝き、天使はこれに志向性を持たせて回転させることで、ヘイローを作り出しているとか。
そしてエーテル層にはヘイローと類似の技術で作り出された天使が築いたネットワーク網=エーテルライン(アラクネストもその一部だ)があり、人間や妖精の肉体が滅ぶと、ヘイローの働きで肉体はエーテルに分解され、エーテルラインとのパスを作成して接続する。ヘイローはこのエーテルラインを通って新たなリプレースメントへと転送、そうして復活する。
ただし妖精が現れてからはアーエールラインと呼ばれる天使が把握できないネットワークも形成され、結果としてエーテルの輝きは損なわれ、晴天でもやや鈍色の空模様になってしまったのだとか。
……なんか、思い当たることがある。クラーケンはアラクネストを通じて私のイデアを記録、管理しているみたいなこと言ってなかったっけ?あれって、つまりアラクネストに独自のアーエールラインを築いていて、そこから送っているのでは?
街の空がなんかスッキリした青にならないのは、私たちのせいか……なんか気分が若干落ちたな。いやいや、悪いのは私じゃない。この世の悪を煮詰めた女狐が悪い。
腕を伸ばし、背伸びすると近くで口を開けて周りを見ていたお姉さんが、分かる、と言わんばかりに笑った。空の気持ち良さでつい、ってよりも、ラスボスの気持ち悪さを振り払うつもりだったので、お姉さんの勘違いだ。
もちろん、説明したりせず、こちらも笑みを返して幾筋もある草をかき分けた跡、獣道っぽいそれのひとつを選んで進んだ。




