第9話 リザルト
あのカニがそこら中を叩いてビームを撃って、暴れ回って、耳を塞ぎたくなるほどに響いていた反響音、それが嘘みたいな静けさに包まれている。
駆け寄って落としたドロップ品に頬擦りしたいところだけれども、生憎と今の私には足がない。
ええ、ええ。喜んで這いずりますとも。
青白く輝くドロップ品に近づこうとして、何かが聞こえた気がした。
ん?
もしかしてネズミ?
ちょっと今はネズミでもカラスでも相手にしたくないんだけど、と澄ました耳に届いたのはやけに重たげな音だ。
激しく聞き覚えがある。
え?本気?
もう再出現したの?
あんなボスクラスの敵がそんなすぐに?
困惑してる間にも音はだんだんと大きくなってくる。
「ちょ、うそ、まってまってまって。今拾う!拾いますから!それまで待って!」
慌てて手にした端からインベントリへと転送していく。
ずしんずしんと響く音。
それはどう聞いても数が多い。
え?
あれってもしかしてボスでもなんでもなく?
ただのワンダリングモンスターなの?
あの強さで?
さっきのやつが1体だったのはたまたま?
初回ボーナス?
いやいやいや、あとひとつ!
あとひとつだから!
暗室殺視の効果で異様なまでに暗くなった狭い視界に、無数の足音が迫ってくる。
両足を失って這いずる私に迫るクリーチャー。
最後のひとつを仕舞い終えた後に見えたのは一匹の猫だった。
なんで猫?
デジャブ?
そういえばここに入る前に見かけたような……?
猫がひと声鳴くと、それを合図にしたように青白い燐光が見えた気がした。
衝撃と共にHPが全損して、アバターが全く動かせなくなる。
そして蘇生猶予であるわずかな時間が過ぎると完全な死亡判定が下りて、私はケルベロスヘッズにおける、初めての死を経験した。
「だからホラー演出!」
私は綺麗に整えられた部屋の中、ホームポイントのホテルのベッドで目を覚ました。
なんかこのゲームを始めてから、やたらとホラーっぽい演出が多い気がする。
特に唐突すぎた最後の猫はなんだったんだろう?
どこの巨匠映画監督の演出?それもVR以前の、相当昔のだ。
ってか、なんでカニの洞穴に猫?
訝しみながらもステータスを開くとリプレースメントの適合率が62%に下がっていた。
あぁ。
やっぱりデスペナルティか。
ってか、誰がリプレースメントを運んだんだろう?
スキュラがやっていたら、きっと鼻で笑っていたのに違いない。
いや、爆笑していたかも。
こいつ、もう死にやがったって。
ええい、それでもタダで死んだ訳じゃない。
ストレージを確認すると、きちんとセンチュリオンキャンサーのドロップ品があった。
センチュリオンキャンサーの戦鋏、硬鎧甲殻、歩脚、砲喉、そして星炉心臓。
思わず笑った。
イデアスコアがいずれも3桁だ。
これを持っていけば、さすがに私を笑い飛ばすことはできないだろう。
何よりもステータスだ。
見れば13ポイント割り振れるようになっていた。
とりあえずステータスの詳細が分からないので、なんとなくヤマカンで必要そうなところを上げておいた。 念の為で3ポイントは上げずに残しておく。これでレベル56相当ということなのだろうか?
Skeleton7/10→9/10
Ogre5/10→7/10
Vampire4/10→5/10
Gazer7/10→8/10
Slime3/10→4/10
Daemon3/10
Golem3/10→4/10
Mimic6/10→8/10
Vixen8/10
レベリング効率としてはかなりのものでは?あそこでめちゃくちゃ稼いじゃう?
いや、違う。そうだ。
あいつら群れてるんだった。
次入った瞬間、わらわら来られたら一瞬で終わる。
ビームなんてどうなるんだろう?
そこら中で乱反射したら地獄絵図だ。
……とりあえず、あそこにはもうちょっと装備とステータスが上がってからにしよう。
一回倒して満足したので、攻略調べてからでも良いし。
ちょっとソロじゃ厳しそうだなぁ。
なんだかんだで3時間は戦ってたらしい。
現実時間の1時間半。これくらいなら全然まだまだ短い範疇だ。
スキルの方も確認すると、新しく覚えたり、進化したのか名前が変わっているものもあった。
これも適当な相手を探してチェックしよう。
カニみたいな重い相手じゃなくて良い。
とりあえずスキュラの所に行こう。材料あれば何か作ってくれるって話だった。
ライラプス社に着いたら入り口の受付嬢らしきお姉さん(普通の人間に見えるけど、目がヤギのそれだった。漢字の一みたいな瞳孔はなんか絶妙に怖い)にスキュラがいるか尋ねると、どうやらいるらしく武器防具を渡された部屋に通された。
「お前なぁ、来るんなら先に連絡入れろよな。こっちにも予定があるんだから」
そこまで言ってからニヤリと笑う。
「ってか、お前、早速死んだんだって?うわ、まさか分かってなかった?今のお前はド底辺の雑魚なのに、調子に乗って高額賞金首でも狙っちゃった?お前みたいなの何て言うか知ってる?身の程知らずって言うんだぜ。もしかしてわざわざオレに告白しにきたのか?ははっ、私は、ふっ、アホですって」
途中から堪えきれなくなって、笑い声を漏らしながら私をバカにしてきた。
ああ、そうでしょうとも。そうなるとは分かっていたさ。
ならばコレを見るが良い。
「ストップ、そこまで。コレを見ても笑えるかな?」
「ぶはっはあはは。あー、笑える。あん?なんだって?」
笑いすぎて私の言葉をほぼ聞いていないので、問答無用でストレージから物を出した。
センチュリオンキャンサーの戦鋏、あの馬鹿でかいハサミを会議室にあるみたいな飾り気のない長机に音を立てて置く。
その瞬間、ピタリと笑い声がやんだ。
「は?お前、それ。はぁ?いや、無理だろ。こんなものどうやって」
「もちろん、買った訳でも盗んだ訳でもないよ。ほら、これとこれも」
さらに長机からはみ出す大きさの硬鎧甲殻を壁に立てかけ、そして歩脚を長机に立てかけるように出す。
「お前、馬鹿なのか?よりにもよってなんで鋼鉄喰らいの魔巣窟になんて行こうと思うんだ?」
鋼鉄喰らいというのは言うまでもなくカニだろう。
「いや、なんか近くにあるって聞いたから」
「距離の問題かよ。馬鹿か。いや、知ってたよ。馬鹿だった」
「ほらほら、何か作ってくれるんでしょ?とりあえず大袖壊しちゃったから、それをよろしく。こっちじゃ鎧って着ないの?見かけないけど。ジャケットもダメにしちゃったからそれも欲しいし」
「ああ、もう、分かった分かった。アーマーを一式作っとく。戦鋏は?どうするんだ?」
「うーん……これって刀剣に出来るの?刃をつけたりとかさ?」
「出来るが、これ、どっちかっていうと斬撃じゃなくて破砕の方が向いてるぞ。お前、あんまり重いの振り回せないだろ」
うーん、まあ、そうだよなぁ。ゲーム的に翻訳すると作ってもストレングスのステータス足りてないぞって言われてるんだろうなぁ。
スケルトンは9なんだけどなぁ。オーガ7でも足りてないのか……ってか、もしかしてレベルキャップがあるから現状最大10なだけで、解放したら10以上になりそうなこと、かつカニがレベル100越えしてた可能性も考えるとオーガ10でも足りない可能性がある。
いつかは使えるかもしれないけど、直近で使えない武器作ってもなぁ。
今の所、欲しい武器は長物だ。大太刀とか、長巻とか大鎌とか。
しかし、ハサミをそれにすると私には向いていないと。
となると近接かな。
「何にせよこれで作るならソリッドじゃなくてリキッドだな」
「そうなの?めちゃくちゃ硬かったんだけど」
「防具としてならソリッドでも良いけどよ、武器ならリキッドの方が攻撃力は上がるな」
そうか。そうだ、めちゃくちゃ光ってたもんなぁ。
今は鈍い灰色で、まったく光っていない。
光らせる内燃器官的なものがあったのだろう。
あぁ、そういえば。心臓と砲喉なるものもあったな。
と、そこで閃いた。
あいつ、ビーム吐いてたじゃん。
砲喉というのはあのフジツボのことだろう。
つまり、これってビーム出せるんじゃ?
それなら方向性としてはむしろこっちの方が良い。
「ねえ、スキュラさん?私、こういうのも手に入れてるんだけどさあ」




