第8話 センチュリオンキャンサー2
私からは距離を詰めず、あえて相手に一手目を譲る。
フォックスレインでは見なかった種類の敵だ。
どう動くのか分からなかった。
タカアシガニは横以外にも動けるんだっけ?
カニは横にしか歩けない、というのはイメージでしかない。
そんな予備知識があったおかげだろうか。
いや、偶然だろう。
ほんの一瞬だ。
何かお腹側が開いた?と気にした瞬間には爆発音。次の瞬間には目前にカニがいた。
転移?
いや、違う。
脚を使うことなく飛んできたのだ。
角のようだと思ったそれは実際にはロケットエンジンのノズルだった。
まるで戦闘機のようにそこから何かを噴射して飛んできたのだ。
すでにカニはその手を広げている。
ということは待っているのは熱烈なハグか!?
体当たりするには長すぎる足が邪魔なのだろう。ガリガリと地面を削って目前で急停止したカニのハサミだけに注視してタイミングを読む。
パニくったり焦ったりしたら即死だ。
はい、今!
両足を思いっきり広げて顔を突き出すようにしてかがむ。
瞬間、通り過ぎる風圧に重すぎる斬撃を連想する。
それは左から右に。
片手?
ってことはもう片方は?
ハサミのある腕の可動域はどうやらカニとは違うらしい。
右ハサミは高々と挙げられていた。
打ち下ろし。
しまった、かがむのではなく、飛び込むのが正解だったか。
この体勢からではパリィするのは難しいだろう。
頭上高くから死へ誘う一撃が降る。
あぁ、まさか何もできずに?
フルダイブゲームでの諦めは死を意味する。
何かしようと考えなければアバターは動かない。
より正確に意志しなければ、動きには反映されない。
まさか、ふざけるな。
こんなシーン何度もあった。
それを生き延びてきたからフォックスレインでランカーにまでなったのだ。
「空蝉」
口にした瞬間、視界が変わる。
目にしたのは私の着ていたジャケットが切り裂かれるところだった。
危な。
身代わりの術によって防具を犠牲にして助かった。
スキル構成ちゃんと確認していて良かった。
ほぼすべてのゲームに登場する忍者系の職業なら絶対にあるスキルだ。
何かを身代わりにMP消費して発動、ダメージゼロで切り抜ける。
転移先は指定できるので、3歩ほど後ろにした。
とりあえずハサミの振り方は分かった。
基本的にバカでか二刀流を相手にすると思って良い。
振り下ろしは私のジャケットを切り裂くだけじゃなく、地面を割り砕いていた。
重い。
パリィするなら完璧なタイミングじゃないと、貫通ダメージで一撃死しかねない。
右手を空けてジェスチャーでストレージから赤錆を呼び出す。
即座に羊飼いから王へで目に向けて投擲。
それを追うように走り寄って振り下ろしたハサミに向かって斬撃を放つ。
硬っ!
浅い傷から見える鈍色の霧はごくごく僅かで、とてもスキルを使っても斬り飛ばせる代物ではない。
これ、レベルキャップ解放してから挑む敵では?
当然、目にまともに当たった赤錆も砕け散っただけで、目にはひびひとつ入ってない。霧出てた?
目は弱点じゃないと。
ガチャガチャと歩脚が動く。
再び詰められた間合いから青白い斬撃が迫る。
速いって。
その大きさ、ガチャガチャとした動きとは裏腹にジェットで飛んでこなくても十分に速い。
バックステップで余裕を持って早めに退がったつもりが、危うい距離を斬撃が過ぎ去る。
こいつ、間合いを詰めるのが細かい。
止まって振り回す訳じゃなく、振り回してる最中でも間合いを詰めてくる。
バク転を3回入れて距離を開ける。
今度はグラスフックを呼び出して口に向けて投擲。
スキルなしなので、威力は知れたものだ。
キンという何の金属に当たったので?っていう音を立てて、左右に動く顎に当たって跳ね返った。
中距離以上から、あの口の中にねじ込むには余程の精度がいる、と。
さて、こういう全身金属の移動要塞みたいな敵を潰すにはどうしたら良いか?
そう、ロボットもののお決まりパターン、関節を狙え!ってやつだ。
しかし、それでも現在の私の腕力+武器攻撃力で抜ける気が……とか思っていたら、カニは間合いを詰めては来ず、何やら踏ん張るような姿勢を取って?
あ、これ、絶対、はい来た!
今度はカニ本体ではなく、先ほど狙った口が大きく開いてそこからレーザーが飛んできた。あると思ってたよ遠距離攻撃。横っ飛びに回避。
掃射はできないようで、タイミングさえ分かれば回避は簡単、と言いたいけど思ったよりもレーザーが速くてギリギリだった。
ぐ、もうちょいステータスが高ければ……いや、せめてリプレースメントの適合率が100%になるのくらいは待っても良かったかもしれない。
ヤバいと思った瞬間にはもう動いているくらいが安全マージン含めてちょうど良いかもしれない。
その後も相手の動きを確認しつつ、明らかに隙だと分かる時だけ攻撃して、それ以外は回避に専念して分かったのは、距離を離すとレーザー……かと思ったけど、これ水圧カッターだな、とにかくレーザーを撃ってくるか、ジェットでカッ飛んでくるかの二択、どっちもリキャストがあるようで、一度使えば次は確定で使わなかった方が来る。なので、レーザー回避からの距離取ってカッ飛びからのハサミ2連を躱してハサミに攻撃、部位破壊を狙ってを繰り返す。
繰り返す。
……繰り返す。
無理くない?
全然斬り飛ばせる気がしない。
選択肢として背中に飛び乗っての攻撃もありだけど、初見クリアを目指すならパターンにない新行動で事故って即死のリスクは避けた。
あの耐久力なら、普通に壁に私もろとも突っ込んでミンチに、なんてことも十分に有り得る。
弱点をつかなくてもダメージは入っているし、部位破壊できるなら相手のメインウェポンを奪った方がやりやすい。
しかしとにかく常時気が抜けない。
カッ飛びがなくても移動が早くてスタミナを切らさないようにしながらとにかく動かないとすぐに捕まる。
下手に本体甲羅下に飛び込もうものなら歩脚に巻き込まれ事故で大ダメージを食らう。一撃もらった時に死んだかと思った。逆に言えば歩脚なら一撃は耐えられる。回復薬がストレージに入っていて助かった。ありがとうスキュラ。
回復薬はスティムミストという小さなスプレー缶みたいな物だった。これを首筋に打ち込むと体内に中の霧が入って再生力を一時的に超強化。体感3秒くらいで全快した。腕が欠損してたら使えなくない?って事前に調べたら叩き壊して出てきた霧を吸い込むのでもいけるらしい。ただしその場合、欠損は状態異常なので治らない。微ダメージはMP同様に時間経過でも回復するけど、相手がほぼ脚付き戦車からもらうダメージは基本、大ダメしかない。
横に回り込んでも旋回が超早くて大した隙はない。
硬くて速くて隙がほぼなくて攻撃力がバカ高い。
レーザーに当たっても死ぬし、ハサミで斬られても死ぬ。
もはやすべての挙動が死ねと言い続けてきているに等しい。
あれ?なんで私生きているんだろう?
不思議に思いつつも躱す、躱す、躱す!
レーザーが放たれる一瞬を狙って口の中にグラスフックを放り込む。
羊飼いから王へがリキャスト短くて助かる。
何度か口の中に届く前にレーザーにバラバラにされたりしつつも、一番狙いやすいタイミングのそこを狙って投げ込むと、グラスフックが売り切れる直前についに攻撃に成功した。
レーザーが来ない。
体を震わせるような見たことないモーションをしてこちらをじっと見る。
なるほど、成功するとキャンセルして隙が出来ると。
距離あって今から詰めても届きませんけどね。出来た隙はスタミナの回復に専念する。
少なくともコイツを相手にするならストロベリーシェイクよりもさらに長い獲物が必要だ。
本体を狙って間合いを詰めるとガチャガチャ動かれるだけで歩脚の巻き込まれ事故の可能性が高すぎる。
それがあるからとりあえず振り下ろし後の硬直でそのハサミを狙うのが一番の安全策だし、ハサミが片方でもなくなれば、一撃躱すだけで良いから正面である程度足を止めて切りあえる……んだけど、それが遠い。
斬撃系のスキルも当然持っているけど、一度試してからは使っていない。フォックスレインであった倍率が3倍くらいある奥義系でもない限り乗せたところでって感じだ。リキャストもあるので、ここぞに取っておく。
私が弱すぎる。かつてフォックスレイン終了後にも感じた育てたアバターから別ゲームでのレベル1アバターで始めた時のステータス不足による頼りなさ、動けなさを思い出した。何もかもが足りないと感じて続かなかったゲームたち。ひとつのゲームをやりこむことで起こる弊害だ。
まあ、引き継いだだけあって、あそこまで酷くはない。コイツを倒せば相当レベルは上がるはず。信じて回避を繰り返す。
気になるのはタイムリミットだ。
すでにストロベリーシェイクのニトロンポーションの入ったシリンダーを2回交換した。残りはあと1本。これがなくなればただの棍棒で重戦車に立ち向かわなければならなくなる。
原始人プレイは嫌だ!と思ったその時、カニの挙動が変わった。




