第8話 センチュリオンキャンサー1
鉄塔のツンデレおじさんに聞いたのは、この辺りの狩場だ。
要は経験値稼ぎのできるフィールドである。
ちなみにさっきのカラスは経験値は1羽あたりたったの10だった。ほぼ何も経験していないに等しい。
教わったのは2ヶ所だった。
1ヶ所目はさっきのカラスに残りのチュートリアル御三家のネズミ、そして案山子が出るらしい。これはホントの初心者用フィールドらしくて、案山子がちょっと強いけど、ネズミはカラスと変わらずで行く意味はほぼない。
文句を言ったら観光ってのは安全にするもんだろとか、してやったり顔で言われて鬱陶しかった。
そしてもう1ヶ所はお勧めしないと言われた。
こっちはベテランでも普通に死ぬ、と。
ここに行くくらいなら、適当な賞金首でも狙った方がマシだと言われた。
メイデンストリート内には他にはこういう所謂ダンジョンというのはないらしい。
隣のマーダースロープに行けば、割と良いダンジョンがあるぞ、と言われたけど、コンシェルジェに会うのにどうせ戻ってくるならここら辺にいたい。
となれば選択肢はひとつ。そのハードモードなのかヘルモードなのか、ルーキーがうかつに入るもんじゃないというそのダンジョンに向かうことにした。
そこは60階建のやたら高いビルの脇に佇むようにある、ひっそりとした公園、その奥に口を開けていた。
そこだけ地面が崩落したみたいに不自然に開いた穴だ。
中を覗くと結構な深さがあり、飛び降りれば落下ダメージ必至だ。
鉄パイプで組まれた階段があったので、それを使って降りていく。
感覚的には建物3階分くらいを降りたところで底に着いた。
人気がないのか私の他には誰もいない。
いや、一匹の黒猫がいて、こちらをじっと伺うように見ていた。
見回すとみっつほど横穴が開いている。
その中のひとつの穴、その入り口脇に何か書いてある。
いくな
しぬ
なるほど。
簡潔だ。
下手にいろいろ言葉を重ねられるよりゾッとする感じがある。
ここにしか書いていないということは、この先にはレイドボスクラスがいるのかもしれない。
さすがの私でもいきなりここに入ったりはしない。
初見プレイを楽しみたいので、おじさんに聞いてから特にアラクネストで下調べはしなかった。
残りのふたつから適当にひとつを選んで中へと進む。
高さは5メートルないくらいか。結構な長物を振り回しても大丈夫そうだ。
ケーブルが通っていて、一定間隔でランプがあるから薄暗くはあるものの真っ暗ではない。
アマチュアナイフを手に先へと進んでいく。
リプレースメントの適合率をチェックすると76%まできていた。体感的には何も変わった感じはない。やや動きにラグというか、ちょっとダルさを感じるのは久しぶりのフルダイブだから?
と、何か物音が聞こえた気がした。
軽い、チャラチャラとした音だ。
構えるよりも先に暗がりからサッカーボールほどの塊が飛び出してきた。
軽くかがむようにして、かわし様にナイフで斬りつける。
深々と刺さり、裂いた感覚。
これはクリティカルかな。
完全にカウンターで入っているせいか、素の攻撃力のせいか、1ヒットで霧となって消えた。銃と違って刀剣は肉体ステータスが反映されるから楽だ。
よくよく観察できなかったけど、あれがネズミだろう。
ネズミの体にカマキリの鎌と羽をつけたようなモンスターだ。
正式名称はボーパルフッカー。レア固体で毒持ちがいるのと、高確率で首を狙ってきて一撃が入ってしまうとクリティカルでレベル10以下なら即死してしまうので、カラスよりは対処が難しい……らしいけど、フルダイブゲームに慣れててさらにレベルも十分だと特にするべきコメントもないという感じだった。
ドロップしたのはグラスフック、ネズミについていたカマキリの鎌だった。意味は草刈り鎌……確かに虫の脚に似た形状にしては重く、金属みたいな硬さ、鋭さがある。握った感じは骨みたいな印象でどことなく禍々しい。
イデアスコアはカラスの赤錆と変わらない。
投擲用だな。
アマチュアナイフが割と気に入ったので、ネズミもレアドロの方なら結構良い物を落とすかもしれない。が、箱に残りし希望は使えない。
それは本番の時に使いたい。というかリキャストがまだ残っている。
スキルは基本的にMP消費じゃなく、一度使えば待ち時間が必要になる。所謂リキャスト待ちだ。
リアルラック、というか謎ステータスの想定LUC、ミミックが比較的高いので、それに期待しよう。
その後も何度かネズミに襲われて草刈り鎌を拾っては進んでいく。
落ちないな。
とか思っている内にランプが、というかケーブル自体がなくなった。
当然、その先は真っ暗だ。
ここからは暗視対策が必要になる。
これはおじさんに聞いていた。
簡単なのは暗視スコープを買うことだ。
さすが何でもありのジャンルだな、と感心した。
もちろん、携行ランプや魔法で照らすのでも良い。
私が選んだのは第三の選択だ。
「冥道の松明」
呟くと真っ暗な洞窟が元来たランプで照らされている側以上に明るく見通せた。
暗い側も明るい側もどちらも見える。
このスキルはデメリットもなく、スキルを切らなければゲーム内時間で6時間持続する。
フォックスレイン時代は基本的に盗賊の上位だった忍者系でビルドしていたし、基本単独でプレイしていたから、探索、探知系のスキルも基本自前で揃えていた。
なのでこの辺りのスキルもきちんと引き継がれているのはありがたい。
ランプがなくなってからネズミが出なくなったので、足元の地形にだけ注意を払いながら進んでいく。
そこに辿り着くまでにそう長い時間はかからなかった。
広い空間だった。
まるで闘技場のようだ。
ところどころに細いものから太いものまで様々な石柱が生えていた。
そこに何かが割れ砕ける音が響いている。
間違いなく何かがいる。
ことさらに音を立てないように注意しながら音のする方へと近づいていく。
そこにいたのはカニだった。
大きさがトラックぐらいは軽くある、巨大なカニだ。
でっか。
長い歩脚はタカアシガニに似ている。
もちろんここは海底などではない。
陸地にタカアシガニがいるはずがない。
まごうことなきモンスターだ。
それを示すように甲羅にはいくつもの角じみた突起が生え、幾筋もの青白い燐光が、そしてハサミや歩脚の先は一際強く燐光を放っていた。
ほぼほぼ間違いなく、あれは触れただけでダメージ出るんだろうなぁ。
なによりも恐ろしく見えるのはハサミだ。
実際のタカアシガニと違って、シオマネキかな?ってくらい左右両方のハサミが馬鹿でかい。ほぼほぼ本体の甲羅と変わらないくらいある。
なんていうか大きさと相まって生物というよりは兵器そのものに見えた。
ん?
ってか、あんなのどっかで見たことあるような?
フォックスレインで、ではない。
そう、確かロボゲーか何かで……。
片目を閉じ、右手の指で輪を作ってカニを覗き見る。
センチュリオンキャンサー?どこかで見たことがあるような気がした見た目とは裏腹に名前に聞き覚えはなかった。
カニは1本の大きな石柱をハサミでゴリゴリと挟んでいて、やがてばきりと石柱は割れ折れた。そして折った石柱を口元へと運んでいく。
随分とワイルドな食事だ。
さて、どう考えてもナイフで立ち向かう相手ではないだろう。
ナイフをしまい、満を持してメイン武器であるストロベリーシェイクを出した。
カニに対してこちらは横側やや後方での石柱の影の位置どりだ。
お食事中だけあって、動きは手元口元以外にない。
正直、どういう挙動するのか読めない相手に不意打ちするのは不安がある。
走り寄って途中で気づかれて良く分からない挙動されるなら、正面から観察しながら戦った方が良いかもしれない。
「お食事中、すいませんねっと」
音を立てて剣をあえて引き摺りながら、ゆっくりと歩いて近づいていく。
声に気がついたのか、カニはその場でガチャガチャと足を動かしてこちらを向いた。
そこで気がついた。
目がカニのそれではない。
まるで蜘蛛だ。
正面に大きなふたつの目。
そしてその傍にも一対の目がある。
まるでレンズのような巨大で真っ青な目だ。
それが私をじっと見据えていた。
「さ、いざ尋常に」
両手で剣を構える。
刃の赤い光ごしに見るカニは私を敵と認識したのか、ハサミで挟んでいた石柱を落とすと両手を大きく広げた。
獣なら威嚇するように叫び声を上げたところだろう。
カニにはそもそも発声期間がないのかもしれない。
ずしんと石柱が落ちる音、それが戦闘開始の合図だった。




