第5話 トランストレージ2
しかし、ナハトボルグとか、慣れ親しんだ武器が返ってくるんじゃないかって期待もあった。それが全くないとは。
「向こうの武器とかはこっちに流れてきてたりしないの?」
「あの夜剣とかか?」
自分がそれで斬られたのを思い出したのか、スキュラの表情が歪んだ。
「そう。そういうの」
「それがあるのかは知らん。ただ、カドメイアの武器もいくつかは流れてきているらしい。ここにはねーがな」
「あるんだ」
「今ここにはねー」
「手に入れられないの?」
「あん?そうだな、ここじゃ大抵はゲヘナ次第だ。欲しけりゃゲヘナを積むんだな」
……金か。まさか課金要素か?
今はないっていうのは、今は実装されていないって意味かもしれない。
「そう。分かった。スキュラ……さんも、何か情報あったら教えてよ。ゲヘナは払うからさ」
「せいぜい貯めておくんだな。……それと、ここじゃあリプレースメント以外にも武器防具の類も研究している。なんか良い材料とかあったらゲヘナと一緒に持ってくるんだな。気が向いたらなんか造ってやる」
ちょっと考える間があってから教えてくれた。
これはレベルと一緒でいきなりフォックスレインの最強武器はやれんけど、こっちで頑張ってたら解放するから、って意味かもしれない。
フォックスレインでもそうだったけど、キュリオス製のゲームはNPCの言葉の意味をゲーム的に自分で翻訳する必要がある。これが分からないとストーリー的にもシステム的にも色々と取りこぼすことがある。
例えばラスボスの最終形態の攻略法とか。
ネットに落ちてる情報を当てにすることもできるけど、それだと最前線は走れない。他のプレイヤーの走った後をなぞるだけだ。
運命は自分で解き明かさないと、と思ってどこぞのラスボスが笑う声が聞こえた気がした。
「え?マジで?」
「マジだよ。ほら、今は何も持ってねーだろ。さっさとどっか行きな」
「その言葉忘れないでね」
「面倒くせーな。オレをバカ扱いするな。行け行け」
「はいはい。ありがとう。それじゃ」
犬猫でも追い払うみたいに手を振るスキュラを置いて部屋を出た。試しに他の部屋の扉を触ってみたけど、どこも施錠されていた。
データ的に伽藍堂なのか、何もないからさっさと出ていけということなのか。もうこの建物には何もないらしい。
階段を見つけて降りて、しばらくうろうろして株式会社フォックスレイン(仮)本社から外に向かう。
そういえばあのふたりは何らかの組織名を名乗っているのだろうか?別れたばかりで戻ってわざわざ聞くほどのことでもないし、何かのついでで良いだろうと戻りかけて思い直す。連絡先も知っているからメッセージなり通話なりもいつでもできるから面倒くさそうなふたりに今すぐ連絡するほどではない。
そう思ってエントランスにあった受付、そこにいた見覚えのない受付嬢の後ろにエンブレムと社名があった。これもまた見覚えがあった。
ライラプス・インコーポレイテッド。
まあ、それしかないよな。
思わず笑んで、手動の扉を押し開け、私はケルベロスヘッズ、その街の地面を踏んだ。
ケルベロスヘッズ、そこはどこか東京に似ていた。
いや、この街はいくつかのエリアに分かれていて、今いる場所がそう見えるだけなのか。現実的ではないのはそこらのビルには草というにはあまりにも太い蔓植物がからみついていたり、ビルよりも高い樹木がそびえていたりすることだ。
よくあるゾンビものなんかの荒廃した都市のようにも見えなくないが、それと違うのはどのビルの窓にもきちんとガラスが嵌め込まれているし、壁や道がひび割れていたりもしない。
近未来エルフ都市、そんな言葉が浮かんだ。
見上げた狭い空には晴天というには、やや鈍色の空。曇っている訳ではない。穏やかさを感じる割に、どこか輝きに欠けるそれは、この世界で最も晴れている状態だという。
通りには普通に車やバイクが走っている。現実よりは交通量は少ない。
プレイヤーでも取得可能らしいのだが、ライセンスは現実の免許以上に条件が難しいらしく、取得したプレイヤーがタクシー業でそれなりに稼げるくらいにまだプレイヤーの間に普遍的に広まってはいないらしい。
歩道を歩いているのはNPCが多いのか頭の上には名前が浮かんでいない。ヒラエスが実装されたばかりだからだろう。容姿には一定の特徴があった。体の一部が別の生物のそれや、なんらかの有機物に置き換わっていた。髪の一部が植物になっていたり、耳が動物のそれだったり、肌に鱗が生えていたり。
何もない空中を2回、人差し指でボタンを押すように振ると、何もないはずのそこに感触があった。ステータスやインフォメーションを呼び出すジェスチャーだ。
呼び出した地図には通りの名前が出ていた。
メイデン通り
妖精種族が多く住まうエリアのひとつ、カフカエリアの一角だ。
なるほど。最初のスポーンは当然妖精たちの街からか。
カフカというのは有名なある日、虫になった人間の話のタイトルが元ネタだろう。
インフォメーションで確認すると、現状、推奨ミッションとして、
本拠地を探せ!
が表示されている。
これをやらないと、死ねばさっきの場所に逆戻り。
本拠地を決めると、トランストレージが移るのと同時に|死んでからの再スタート《リポップ》地点もそちらに移動される。さっきまで話してたタコブネ女に「あん?お前、もう死んだの?ざぁこ」と煽られるのは目に見えている。私には別にそれはご褒美ではないので(これをご褒美と称して、とりあえずやりそうなかつてのフレンドの眠たげな顔が浮かんだ)これは避けたい。
他にもログアウト地点としての役割もある。
リアルの肉体が存在する以上、ずっと、いつまでもここにはいられない。食事も必要だし、排泄も、それに肉体を動かし、そしてきちんと寝なければならない。
ゲーム内での時間の進みはリアルの2倍だ。リアルの12時間でこちらの1日になる。フォックスレインの頃から変わらない仕様で、こちらに1日いたらログアウトを促すようにやたらとNPCから「おや、疲れた顔をしているね」って言われるようになって、次は警告の絶対に消せないメッセージが出て、最終的には強制ログアウトだ。
夢を見ているようなフルダイブゲームであっても、それは睡眠とは違う。
寝ろ。リアルの体を動かせ。
これはフルダイブゲームを長く続けるための鉄則だ。
病院のベッドにはフルダイブ環境は持ち込めないのだから。
ログアウトしている間、アバターをその辺の路上に立たせとく訳にもいかないから、そのログアウト中のアバターの預け先という訳だ。
本社前の階段に座ってざっと本拠地について検索してみると、ホテルに泊まるか、部屋を賃貸契約するか、あるいは家なり部屋なりを買うかが選択肢だった。
思った通り現状の所持ゲヘナはなかなかで、ホテルを選ばなくても借りたければ余裕で部屋は借りられる。部屋を買うには条件を選ばなければ選択肢はあった。ただしどう考えても最安であるそれは事故物件というか、事故が起こる物件としか思えなかった。部屋自体が汚かったし、ぶっちゃけ周辺情報の写真の治安が悪そうだった。
うーん、物件を買うならそれなりの治安の良さは欲しいし、何かしらの気に入る要素、部屋そのものもそうだし、周辺環境にもおこだわりも出したい。
とりあえず色々見て回りたいし戦闘もこなしたいから、物件探しに時間を掛けるのはこの辺がどうなっているのか、どんな勢力がいるのか、色々なことが分かってから。ということで星3〜4評価のホテルをアラクネストで探す。
良さそうな空いている所が近くで1泊10,400GHNで見つけられたので、そこにした。
歩いて向かい、サイドバイサイドという名前を探すとすぐに見つかった。
中に入って受付の猫耳のお姉さんに3日分で部屋を頼む。
7階立ての5階に通された。外観もそうだったが、中も普通のビジネスホテルといった感じだった。意味もなく冷蔵庫を開けると、水が2本入っていたので、1本を開けて飲み、1本をストレージに入れた。このゲームには空腹や脱水のような、飲食に関するバッドステータスはないので、プレイヤー自身の気分の問題だ。飲食物によってはステータスにバフがかかるものはもちろんある。特に水に関しては何もなかった。それでもなんとなくすっきりした気分になるのは、現実を引きずっているだけだろう。
スキュラに連絡して部屋番号も伝えると、【本拠地を探せ!】達成の表示が自動的に現れた。
時計を確認すると、ゲームを始めてからちょうど1時間くらいだった。
ベッドに横たわり、目を瞑る。
さて、これから何をするべきか?
ひとまずは武器屋だろう。
現状の装備がどの程度のランクなのか、比較して確認したい。
それにストロベリーシェイク用のニトロンポーションの予備もいる。
銃もメインで使うかどうかは置いておいて、性能評価もしてみたい。
それが終わったら適当に戦闘できる場所を探して、自分自身の性能評価だ。
スキルもひと通り試したい。
後はホテルじゃない本拠地も探そう。現状の有り金では賃貸一択だ。
アラクネストでも探せるけど、現実の部屋探しと一緒で何か同じような部屋がずらっと並んでたり、そもそもそこで生活する訳じゃない以上、優先させるべき事柄が現実とは異なっていて、何を基準にするべきかもまだ分からない。
最悪、倉庫みたいにベッドひとつ、ストレージ置き場ひとつでもなにひとつ困らないだろう。そう分かっていても、何となくこだわりたい気持ちが出てしまうのは、これも現実を引きずっているだけだ。
前に3ヶ月間だけ、自分の全く知らない土地に赴任させられた時を思い出す。
家具付きの部屋にワンコインショップで揃えた生活雑貨、趣味のものなど一切置いていない部屋で暮らした感想は、監獄かな?だった。
実際の監獄と比べてしまうのはそことは無縁で何も知らないからだけれども、本当にただ仕事をして帰って寝るだけみたいな生活は自分自身をすり減らしている感覚があった。
私はミニマリストでは断じてない。
そう、部屋には無駄が必要なのだ。
目を開けてベッドから起き上がる。
ログアウトするにはまだ早い。まだまだ楽しまなくては。
※改稿=空の描写を追加。




