第8話 村外れの宿屋
村の名物であるエルダーツリーを見た後、プラムはクライシスを自分の家に招待したいと言い出した。
ゴーレムから助けてくれたお礼がしたいそうだ。
それで一行は、プラムの宿屋に向かうことに決めたのだった。
「僕んちだけどさ、ここからだとちょっと遠いんだよね。少しだけ歩くんだけど、いーい?」
「ええ、構いませんよ」
「そっか! じゃあ案内するね」
そう言うと、プラムは元気よくステップを踏みながら、前を歩き始めた。
それから、1時間ほど歩いたのち……。
村外れの切り立った断崖の側に、ようやくそれらしい建物が見えてきた。
「もうっ、ぜんぜん少しじゃ無いじゃん!」
歩き続けてへとへとになったペペロンチーノは、おもわず不平を漏らす。
ここからでも村のエルダーツリーは見えるため、実際の距離はそこまで離れていないはずだ。
しかし村の中心部から離れて進むにつれて、道はだんだんと山道のように険しく荒くなっていった。
それで、思ったよりも時間がかかったのだ。
「こんなに村から離れていては、生活も不便ではないのですか?」
プラムは言った。
「うんうん。慣れればどうってことないよ! まあ、宿に泊ってくれる冒険者さんからは、ダンジョンが遠くてめんどくさいっていう苦情も多いけどさ……」
「そうなんですね」
そしてクライシス達は、プラムの家に案内された。
プラムの家には、土作りの平屋が二つあった。
彼が姉と暮らしている母屋。そして、宿の客室として冒険者に貸し出している離れ屋だ。
「でもさ、サービスは他の宿にも負けないよ」
「フフ、とても楽しみです」
「うんっ。とにかく姉ちゃんのご飯はとっても美味いんだ。逆にいえば、それくらいしか取り柄がないんだけどさ」
そう言うと、プラムは母屋の扉をくぐり抜けた。
「ただいま姉ちゃん! 聞いてよッ 今日ぼく、スゴク強い冒険者の人と会ってさー!」
だが、プラムが家の中に入るやいなや、戸の内側からすーっと白い腕が伸びてきた。
あっという間にその手に捕らえられ、彼は家の奥の方へと引きずり込まれてしまう。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ……!」 (ぁーぁーぁー~)
そしてすぐに、何か柔らかいものを叩きつけるような音がくりかえし聞こえ始めた。
─ぱこーんッ、ぱこーんッ…
「この音なに??」
それがどうしても気になったため、クライシス達はそっと家の中を覗きこむ。
「ど、どうしましたか?」
するとそこでは、ズボンを半分下ろされ四つん這いにされていたプラムが、彼の姉と思わしき女性から尻を叩かれ折檻されていた。
「あれだけダメって言ったのに、またダンジョンなんかに行ったのね!」
「痛いよ姉ちゃんっ ゴメンってば」
「もう許さないわよ。分かるまでたっぷりお仕置きしてあげるんだから!」
「ひゃぃン!!! ゴ、ゴメンて。もう行かないからさ……」
「そんなこと言って(パンっ) どうせ明日になったらまた行く気なんでしょ」
「……へへ、バレた?」
「このっ (パン!)」
「いってーー!」
大きく手を振り上げ、プラムの尻に目掛けて容赦ないスパンキングを食らわす姉。
だがそのとき、ようやく彼女は、自分たちを物陰から見ていたクライシスたちの存在に気が付いた。
「あ……あれれ? もしかして、お客さんですか?」
「ハハ…… まあ、そのようです」
他人の家庭内で起こる特有かつ非常にディープなコミュニケーションを目撃し、クライシスは兜の中で思わず苦笑いを浮かべた。
一方でペペロンチーノはというと、プラムが尻を叩かれる様子を、ぱっちりした目をさらに大きく見開きながら興味津々に眺めていたのだった。
そんな二人の視線に気づくと、流石に姉も恥ずかしさで顔を紅潮させていた。
その後プラムは、姉に自分が連れてきた冒険者たちを紹介した。
「なんだか弟が迷惑をかけちゃったみたい。 私はアン、よろしくね」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
そう言ってクライシスは、アンから差し出された手を握り返した。
「ねえ、もし良かったらうちの宿屋に泊まっていきません? 大したことは出来ないけど、クライシスさん達に弟がお世話になったお礼がしたいの」
「なるほど。しかし生憎ですが、今は手持ちの資金がやや寂しい状態でして……」
「うーん。あなた達って、冒険者よね?」
「はい」
「……そうね、みるからに貧乏そうな恰好をしてるものね。 まあ、弟も助けてもらった事だしぃ。特別にタダでいいわ!」
「本当ですか? それではお言葉に甘えさせていただきます」
その後、クライシス達は、客室として使われている離れ屋の方へと案内された。
「ゴメン、ひと部屋しかないんだ。 でも二人なら仲良さそうだし。大丈夫だよね?」
プラムは何故だかニヤニヤと笑みを浮かべている。
「ええ、別に構いませんよ。プラム、案内ありがとう」
「へへ。姉ちゃんのご飯が出来たらまた呼びに来るよ!」
離れ屋も母屋と同じく土や泥など出来ている平屋だ。
だが、中に置いてある家具の種類は木製や石製など多岐にわたり、村の外から取り寄せた品が多くあることが窺えた。
それらが雑多に存在する空間の真ん中に、白い敷布団が二枚。床の上にぴっちり隣り合わせで並べられていた。
プラムが去ってクライシスと二人きりになると、ペペロンチーノはそれらを見下ろしながら、楽しい夜の妄想にふけっていた。
(も…もしかして、クライシス様と同じ部屋で寝るの!? はわわ。私の心臓もつのかなぁー。今からドキドキだよぉ)
「……ペペさん。やっと二人きりになれましたね」
「ひ、ひゃぃッ!」
─ま、まさか。クライシス様の方から誘ってくるなんて!! でも私、まだ心の準備がっ……─
ペペロンチーノの胸の鼓動は、いっそう速く高鳴り始めた。
だがその時のクライシスは、ペペロンチーノの甘い期待などとは全く関係のないことを考えていたのだ。
「完全な密室というわけではありませんが、ここなら誰かに盗み聞きされる心配も少なそうです。さて、我々の今後の方針についての真面目な話でもしましょうか」
「…………はぃ」
ペペロンチーノは肩を落とした。
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