第9話 走音
クライシスとペペロンチーノは、玄関から離れ屋の中に入ると、一段高く作られた床の上に腰を下ろした。
整理するべき荷物など何も持っていなかった。
なので二人は、そのまま布団に入ってイチャイチャ……なんてこともなく。
冒険者たちの謀略により、自分たちが向こう側の世界へと追放されてしまった現状についての真面目な話を始めた。
「まずは、今までに起こったことを正確に整理しましょうか」
「はい、お願いします!」
「ええ。──事の発端は昨日。ワタシ様はギルドからの依頼を完了し、トーンタウンに立ち寄りました。そこで、チン・ゲンサイと彼の仲間とおぼわしき多数の冒険者の手によって襲撃され、気が付けば見知らぬダンジョンの中に転移させられていた。そして……」
「ハイハイ! そのあとダンジョンで、私を召喚してくださったんですよねっ」
突然クライシスの話に割り込み、ペペロンチーノはそう言った。
「はい、その通りです。収納魔法の中の予備の装備を確保するためにね」
「あわわっ、すみませーん。結局、大した装備は入ってなくてお役には立てなかったんですよね。アハハ……」
自分の失敗談でばつの悪くなった彼女は、途端に声を潜める。
「いいえ、そんなことありませんよ。ペペさんが居なかったら、あの洞窟型ダンジョンからも無事に出られたか分かりませんでしたから」
「えへへー そ、そうですかぁー?? えへへ」
クライシスから褒められると、ペペロンチーノは後ろ手で頭を搔きながら、ニヤニヤと笑みを浮かべた。
そんな風にくるくると態度を豹変させる彼女を見ると、クライシスは呆れて小さくため息をついていた。
「あー、でもですけどっ。それはやっぱり言い過ぎだと思いますよ! ほらだって、マスターは炸裂する火種みたいな攻撃魔法も使えるじゃないですか。うーん、マスターならお一人でも大丈夫なんじゃ?」
戦士系ジョブの狂戦士は本来魔法が不得手だ。しかしクライシスは、特別にあらゆる魔法を操ることが出来たのだ。
だがそれを聞くと、クライシスはかぶりを振ってこう答えた。
「ワタシ様の本職は狂戦士であり魔法術師ではありません。なので狂戦士の知力ステータスでは、大した威力の攻撃は出来ないんです」
「ああ、そっか……」
「それに装備も限られている現状では、魔法を生み出すマナもかなり不足していますし。つまり攻撃魔法も、何度もくり返し使えるような便利なものではないのですよ」
クライシスが普段身につけていた漆黒のフルプレートアーマーには、マナの絶対量を増やす魔法効果が付与されていた。
そのおかげで普段は戦闘時に6や7つ以上もの強力な補助魔法を、常時重ね掛けで唱えることができたが、今はすべて失われている。
「そっかー。じゃあ、装備が戻るまでは、私がマスターをお守りするってことですね!」
「ええ、頼みますよ?ぺぺさん」
「はい!お任せください!」
そういって、ペペロンチーノは元気よく頷いた。
その後も二人は情報の整理をつづけた。
「転移で飛ばされた洞窟型ダンジョンから出ると、そこは今まで見たことがなかった真紅の森でした。生命探知の魔法を使い、反応のあった方向に向かうと、そこでゴーレムに追いかけられていた少年を発見。ゴーレムを討伐したあと、我々はこのザクロ村の事を聞きました。そして……」
「ハイハイ!ちょっと待ってください!」
「……はあ、ぺぺさん。こういちいち中断されては、真面目な話もいつまでも終われませんよ?」
「す、すみません。でも気になって! ……あの、さっきおっしゃってたチン・ゲンサイって人なんですが」
(ッ……!)
それを聞くと、クライシスは眉をひそめた。
彼も、それはずっと悩みだったからだ。
「どうしてなんです?? 詳しくは分かりませんが、たぶんお友達だったじゃないんですか? あの人と一緒にダンジョンを攻略してる時のマスターは、とっても楽しそうでしたよ」
「ええ、そうかもしれません」
「だったらどうして!? そんな人が、どうしてマスターを裏切るような真似を…………」
「そんなこと、ワタシ様も知りたいですよ……ッ!」
クライシスは思わず感情を荒立たせる。
拳を強く握りしめ、苛立ちのままに腕を横に薙ぎ払った。
クライシスには、自分の筋力ステータスで拳を思い切り壁に打ち付けようものなら、一瞬で離れ屋が壊れてしまうことが分かっていた。なので彼は代わりに空を叩いたが、それでも土で作られた家は大きく揺れ動き、室内には突風が巻き起こった。
借金のせいだという理由も、自らの憶測に過ぎない。
それにゲンサイはそんな事で裏切るような男ではないはずだし、して欲しくはなかった。
─だけれども……それほどまでに彼の抱える事情というのは厳しいものだったのだろうか?─
どちらにせよ、今となっては知るすべもなく。
ただチンゲンサイのせいで、クライシスは全てを奪われたという事実だけが明確だった。
「ゴメンなさい。私、マスターの気持ちも考えずに……」
「いいんです。あなたに非はありませんから。さて、分析を続けましょう」
「はい! ──ああ、そういえば私。思い出したことがあるんです」
「ほう。それはなんですか?」
クライシスは興味深げに彼女の言葉に耳を傾ける。
「はい。マスターはさっき、転移魔法で飛ばされたとおっしゃったじゃないですか。たしか、チンゲンサイのパーティーメンバーにも、珍しい転移魔法の使い手が一人居たような気がしますっ。 名前はたしか……」
するとペペロンチーノがその転移魔法術師の名を思い出すよりも先に、詳細を知るクライシスはこう答えた。
「ガゼル・ホップス」
「そう、そんな名前でした! きっとそいつが、マスターを飛ばした犯人ですよ。どうです?何か手がかりになりませんか?」
「ええ……。ですが奴は二年ほど前に民間人相手に暴行騒ぎを起こし、ゲンサイのダンジョン探索パーティーから追放されていました」
「そうなんですか?」
クライシスは頷く。
「それに、奴程度のレベルでは、ワタシ様ほどの魔法抵抗を高めた狂戦士をこんな遠くの土地まで転移させられることは出来ないはず。あれは関係ないかもしれないですね」
転移魔法は使い手も少ないが、扱いもかなり難しい代物である。
転移先の座標情報を正確に頭に入れる必要があり、たとえ熟練者でも、街を幾つかまたいで移動するのがやっとなのだ。
なので、インジェスを越えた先にある向こう側の世界へ人間を飛ばすなどというのは、普通に考えれば不可能に近いことだった。
だがそれを、クライシスはさきほど体感した。
「もしかしたら、ガゼル・ホップス以外に、誰か強力な魔法使いがゲンサイに協力している可能性がありえますね……」
「他の冒険者ですか?」
「もしくは指名手配の呪術師かも。あのトーンタウンでの襲撃は、かなり綿密に計画が練られていたようですから。助っ人を何人も用意していた可能性はあります」
「なるほどっ。流石クライシス様!(はわわ、知的で素敵っ。流石クライシス様…!)」
ペペロンチーノは胸に手を当てながら、目のまえで次々と思考を巡らせるクライシスの聡明さに惚れ惚れとしていた。
「とにかく、差し当たっての問題は我々に装備が全くないということです。このままではファイアドラゴンだって倒せませんッ。ああっ、なんて屈辱なんでしょう」
いつもの漆黒のフルプレートを着ていれば、普通のドラゴンなど何体いようと敵ではない。
クライシスは自分の弱さを嘆いた。
「私もマスターの拠点でダラダラしてる時にいきなり呼び出されましたから。残念ながら本格的な戦闘用装備なんて持ってきてないんです」
「そうですか。でもおかしいですね?ペペさんにはワタシ様がいないときでも、訓練に励むよう言っておいたはずですが…………」
「ギクッ そ、それは~」
「まあいいです。とりあえず今の我々が考えるべきことは三つです」
「マスターを追放した不届き者への復讐でしょうか?」
「それもそうですが、その前にまずは装備を取り戻さなければ。あと向こう側の世界からグレイテストランドに戻る事が出来なければ復讐も始められません。そして一番気をつけねばならないのが……」
「ハイハイ!」
「……はい、ペペさん」
元気な返事を聞いたクライシスは、やや脱力気味に彼女の名前を指名した。
「マスター。逆召喚を使って拠点に戻れば、全て解決するんじゃないでしょうか?」
「なに? ふむ……」
彼女のそれは、思った以上に建設的な答えであった。
クライシスが多くのS級装備などを保管している秘密拠点は、決して他人が立ち入れないようにダンジョンの中に隠されてある。
魔法結界で厳重に守られており、そもそも出入り口すら存在しない。
出入りの方法はただ一つ。ペペロンチーノとの主従契約と同じ強固な血の契約を利用した、逆召喚の術式のみだ。
「それは、非常に良い考えかもしれませんね! うんッ、それならいけますよ!」
「でしょっ えへへっ、もしかして私って天才かもっ!」
「流石ですよペペロンチーノ。よくやりました!」
「はわわっ マスターからこんなに褒めてもらえるの初めてかもーっ」
「フフフッ ……で。もちろん、鍵はあるのですよね?」
「……ほぇ? マスターがもってるんじゃあー ……アレぇ?…………」
「………………………………」
クライシスの荷物は、転移の時に全て奪われているのだ。
特別な魔法ゆえ、簡単には鍵を他人に利用される恐れがないことだけは幸いだった。
術式の刻まれた予備の鍵も拠点には置いてあったが……、ペペロンチーノにその用意は無かった。
しばらくの間、ペペロンチーノ達はどんよりと落ち込んでいた。
「マスター…… 私たちってもう、グレイテストランドには戻れないんですか?」
活動拠点に戻る唯一の鍵も失い、あげくここは向こう側の世界だ。
インジェスを超えるしか方法はないように思えたが、それは不可能というものだ。
ペペロンチーノは、とても不安そうな顔でクライシスのことを見つめていた。
すると、クライシスはこう言った。
「流石のワタシ様でも、転移魔法は使えません。しかし、もし強力な転移のスクロールと大量のマナがあれば、理論上ではグレイテストランドに戻ることが出来ると思いますよ」
「本当ですか!? なんだ。スクロールを手に入れるだけでいいなら、意外と早く帰れそうですね!」
「ええ。ただ……」
──クライシスの知るチン・ゲンサイという冒険者なら、こんな甘いやり方はしないはずだった。
普段はどこかぬけていて、酒と女に弱いどこにでもいる調子のよい男である。
だがしかし、ダンジョンの中など命をかけた場面になれば、奴は誰よりも、狂戦士クライシス自身よりも用意周到であり容赦のない非情な戦士と化すのだ。
彼のそんなところを、クライシスは一目置いていた。
「ゲンサイは本気だと言っていた。そうまで言った男が、こんな抜け道のあるような甘いやり方は絶対にしない!」
「失礼ですが、それは考えすぎじゃないでしょうか? あのゲンサイさんが、そこまで頭の回るようには見えませんでしたけど」
「フ、そう見えますよね。ワタシ様もそう思います。 ……ですが、これが三つ目です。例えば、もしゲンサイが今この瞬間にも我々に刺客を差し向けていたとする。刺客の実力がワタシ様と同程度だった場合、C級以下の装備しかない我々は、一体どうなってしまうと思いますか?」
「それは……」
そのとき、離れ屋の外から急激に何者かが近づいてくる気配を感じた。
「二人とも!姉ちゃんがご飯できたってさー!」
「もうッ 驚かさないでよ!!!」




