第8話 村外れの宿屋
その日は、プラムの家の宿屋でベッドを貸してもらえることになった。
彼の家のある所はザクロ村の中心部からはだいぶ離れており、人けのなく静かな場所だった。
村を囲むギードヌの柵がすぐそばにあり、宿屋の真後ろは恐ろしい断崖絶壁になっていた。
「ダンジョンからは少し遠いけどね。サービスは他の宿にも負けないよ」
「そうなんですね。とても楽しみです」
「うんっ。姉ちゃんのご飯はとっても美味いんだ。まあ、それくらいしか取り柄がないんだけどさ」
そう言うとプラムは、自分の家の入口を元気にくぐり抜けた。
「ただいま姉ちゃん! 聞いてよッ ぼく凄く強い冒険者の人と会ってさー!」
だがプラムが家の中に入るやいなや、中からすっと細い腕が伸びてきたと思うと、あっと言う間に彼を家の奥の方へと引きずり込んでいってしまった。
そしてすぐに、何かを柔らかいものを叩きつけるような音が何度も聞こえ始めたのだ。
それが気になってクライシスたちがそっと家の中を覗くと、そこではズボンを半分下ろされたプラムが、彼の姉と思われる女性に何度も尻を叩かれながら折檻されていた。
「あれだけダメって言ったのに、またダンジョンなんかに行ったのね!」
「痛いよ姉ちゃんっ ゴメンってば」
「もう許さないわよ。分かるまでたっぷりお仕置きしてあげるんだから!」
「ひゃぃン!!! ゴ、ゴメンて。もう行かないからさ……」
「そんなこと言って(パンっ) どうせ明日になったらまた行く気なんでしょ」
「……へへ、バレた?」
「このっ (パン!)」
「いってーー!」
するとその時、ようやくプラムの姉は、自分たちを横から見ていたクライシスたちの存在に気が付いた。
「あ……あれれ? もしかして、お客さんですか?」
「ハハ…… まあ、そのようです」
他人の家庭内で起こる特有かつ非常にディープなコミュニケーションを目撃してしまったクライシスは、兜の中で思わず苦笑いを浮かべた。
一方ペペロンチーノは、プラムが尻を叩かれる様子を興味深そうにじっと眺めていた。
そんな視線に気づいた姉も、恥ずかしさのあまり顔を紅潮させていた。
その後プラムは、姉に自分が連れてきた冒険者たちのことを紹介した。
「なんだか弟が迷惑をかけちゃったみたい。 私はアン、よろしくね」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
そう言ってクライシスは、アンの方から差し出された手を握り返した。
「もし良かったらうちの宿屋に泊まっていきません? 大したことは出来ないけど、クライシスさん達に弟のお礼がしたいの」
「なるほど。しかし生憎ですが、今は手持ちの資金がやや寂しい状態でして……」
「うーん。あなた達って、冒険者よね?」
「はい」
「……そうね、みるからに貧乏そうな恰好をしてるものね。 まあ弟も助けてもらった事だし、特別にタダでいいわ!」
「本当ですか? それではお言葉に甘えさせたいただきます」
その後クライシス達は、プラムの家のすぐ近くで客室として使われている離れ屋へと案内された。
「ゴメン、ひと部屋しかないんだ。 でも、二人なら大丈夫だよね?」
プラムは何故かニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「ええ、別に構いませんよ。プラム、案内ありがとう」
「へへ。姉ちゃんのご飯が出来たらまた呼びに来るよ!」
離れ屋も、村にある他の家々と同じく土や泥など出来ているようだったが、中にある家具類は木製や石製など、村の外から取り寄せた品が多くあることが窺えた。
それらが雑多に存在する空間の真ん中に、白い敷布団が二枚。床の上にぴっちり隣り合わせで並べられていた。
プラムが去った後、ペペロンチーノはそれらを見下ろしながら、楽しい夜の妄想にふけっていた。
(も…もしかして、クライシス様と同じ部屋で寝るの!? はわわ。私の心臓もつのかなぁー。今からドキドキだよぉ)
「……ペペさん。やっと二人きりになれましたね」
「ひ、ひゃぃッ!」
─ま、まさか。クライシス様の方から誘ってくるなんて!! でも私、まだ心の準備がっ……─
ペペロンチーノの胸の鼓動は、いっそう早いビートを刻んだ。
だがその時クライシスは、ペペロンチーノの甘い期待などとは全く関係のないことを考えていたのだ。
「完全な密室というわけではありませんが、ここなら誰かに盗み聞きされる心配も少なそうです。さて、我々の今後の方針についての真面目な話でもしましょうか」
「…………はぃ」
ペペロンチーノは肩を落とした。
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