第77話 崩洛の火‐狂炎‐
ここに、魔神は顕現した。
オーパーツを取り込みマナに覚醒したのだ。
プロティエルはその力を何倍にも増幅させていた。
死の以前と比べても、その体躯は筋肉と共に六倍ほどの体積にも膨れ上がっている。
『ひれ伏せ人間よ。我が名は無極万象なりし不二、プロティエル・アバゼルドア・エリスクアである!』
その声はまるで言霊のように、意識の内側まで浸透する力強さがあった。
全身からは絶えず後光のようにオーラを放出しており、その表情には全能感がみなぎっている。
かつて奴は、自分には名前など重要ではないなどと言っていた。
にもかかわらず、進化した自分に相応しい大仰な名前を付けていた。
魔神となったことで、プロティエルは中身も全く別の生き物へと進化していたのだ。
空中にいるExtプロティエルは、おもむろに視線を落とす。
『どれ…』
その煌々と輝く瞳を見た瞬間、クライシスはまるで金縛りのように身体が硬直するのが分かった。
魔法やスキルの類ではない。圧倒的な存在を前に、限界まで心が怯えていたのだ。
『クックック なんと哀れな存在よ』
震えて動けなくなったクライシスに対し、Extプロティエルは微笑を浮べた。
そしてマナを手にしたことで、初めて使えるようになった魔法の詠唱を試みる。
『光、あれ』
その瞬間、プロティエルの指先に極大の火炎球が出現する。
その行為は新しいおもちゃの実験のようなものだった。
そして自分たちが被験体だった…。プロティエルにはもう、見逃す気などサラサラないらしい。
そのことに気づくと、クレイドルは最後の力を振り絞った。
恐怖で動けずにいるクライシスを玉座の裏へと放りなげる。
「ッ父上!?」
「…こうなったら、お前だけでも生きろ……」
「ま、待ってく…」
クレイドル王は遠隔操作で秘密の部屋の転移魔法陣を作動させる。
その瞬間、クライシスの姿はその場から消えさった。
そしてダメ押しに、アーツで玉座ごと魔法陣を破壊し、プロティエルが魔力で無理やり結界空間の中に侵入する僅かな可能性さえも消し去った。
『……フフフ、流石ですよ陛下。これが最後の王の姿というわけですか』
「ただで死ぬつもりはない。 ……いくぞッ! 破壊力上昇!!!」
──色の無い部屋に閉じ込められた後、クライシスは必死にそこから出る方法を画策していた。
「はぁッ、クソ!! どうしてッ、どうすればっ!!」
どのような魔法信号を送っても、魔法陣はもう何の反応も示さない。
部屋の外へとつながる出口が消えて無くなってしまっていたので、この空間は完全に隔離されていた。
クライシスは秘密の部屋の中にある魔法陣を一から解析することにした。そして部屋の外に新しく魔法陣の出口を作り直す。
クライシスに転異魔法の心得は無かった。
それゆえ地道で時間はかかるが、これしか方法はないと悟ったのだ。
本来なら一週間はかかるといわれる転移魔法の解析作業。それをクライシスはわずか五時間で終わらせた。
彼はそこからも急速で魔法陣の生成作業に取りかかっていた。
壁一面のすりガラスの向こうには、今も滅びゆく祖国が映っている。
炎に包まれる城下。ここからでも異形の怪物たちがいくつも跋扈している様子が見えるが、それらと兵士が戦っている様子はない。
そこはまさに地獄絵図だった。
ほんの今朝までだ。その場所では賑やかなパレードが行われていたはずなのだ。
そして民を守る王としての責務を、この胸に誓ったはずだったのに…………。
クライシスは砕けるような勢いで歯を噛みしめた。
あまりの悔恨で今にもおかしくなってしまいそうだったが、それでも今は自分の為すべきことをすべきと言い聞かせ、黙々と作業を進めた。
さらにその五時間後。ようやく全ての行程を終えると、クライシスは自らの生成した転移魔法陣を発動させた。
転移先に指定した場所は、クレセントと何度も仕合稽古をしたあの中庭だった。
本来ならば、ここは青々とした芝生の広がる美しい庭だった。
しかし、ここに在るのは肉の焼き焦げる匂いと、辺りに散乱した村人たちの死骸だけだった。
「どうしてっこんな……」
空は赤黒く、辺りには妙な霧が立ち込めている。
霊峰を望む神秘の地とまでいわれたハイブラスターの大地は、まるでこの世のものではないような悍ましきモノにとって代わっていた。
クライシスはその場で膝から崩れ落ちる。
こんな光景を見せつけられては、もうこの国に生きてる人間など一人もいないのではないかと思えた。
「クソッ クソ!!!」
彼は何度も拳を地面に打ち付けた。
だがどんなに大声で叫んでも、王子の元へは誰も来てはくれなかった。
目のまえに広がる死の光景。これを引き起こした原因の一端はきっと自分にある。
城で何年も共に過ごしていたにもかかからず、その正体に気づけなかった己の節穴のせいなのだ。
奴の策略にはまり、国の宝をあっけなく奪われた自分の迂闊さのせいなのだ。
そして、己の弱さのせいなのだ。
しかしそのように後悔に涙していたその時、彼は中庭の前を通り過ぎる人影を見た。
「まっ、待ってくれ! お願いだ。待って…!」
クライシスは立ち上がると、必死にその人影を追いかける。
こちらの呼びかけには一切反応しようとせず、その朧ろな影はクライシスを先を突き進む。
彼は息を切らしながらその影の後を追った。
そうしてたどり着いた先は、戦場の舞台となった広場だった。
その場所でクライシスは、動いている多くの人間たちの姿を見たのだ。
「あっ よかった……」
戦闘と魔法解析の連続で肉体はすっかり消耗しきっていた。
だがこうして遠くの方に、まだ生き残っている者たちを見た時、心が僅かに蘇るのを感じた。
─まだ民が残っている。王国はまだ死んでいないんだ─
わずかな希望を糧に、クライシスは彼らの元へと進んでいく。
国とは人だ。ならばこれから少しずつ、立ち上がっていくことが出来るかもしれない…!
そうして近づく度に、かすんでいた視界がだんだんと明らかになっていった。
しかもよく耳を澄ませると、楽しそうな宴の声まで聞こえてくる。
戦いの終わりを祝っているのだろうか。
彼らは中央で焚き木を囲んで、踊りと食事を楽しんでいるようである。
尻の穴から頭まで、長い棒で貫かれた姿焼き。それらは主に兵士のものだった。
新鮮な若い雌肉の活け造り。不要な手足は切ってあり、それらは踊りにも多く活用されていた。
その宴の正体が分かった途端、思わずクライシスの呼吸は止まる。
楽しそうな声の中に、この世のものではない多くの絶叫が混ざっていた。
街を飾る無数の灯りの中に、刻まれた肉片が混ざっていた。
血の赤か空の赤か炎の赤か分からない……。
ここは本当に自分たちの城なのか、それも分からない。
「どうしてっ…。 どうしてっ!!!」
なにも分からない。
彼は今すぐ逃げ出したかった。
だがそして、後ずさりする彼の足に何かが触れる。
嫌な予感はあった。
しかし、恐る恐る足元を確認する。
そこにあったのは、胴体から泣き別れた女王の人頭だった。
「ス……」
この出来事は、まだ青年だったクライシスが狂気へと転ずるには十分すぎた。
次の瞬間、彼は発狂していた──。
「うぁあああああああ!!!!!!」
ガゼル・ホップスは炎に身を焼かれながら自身も深い狂気に侵されていた。
するとそこに、黒炎の鎧を纏った狂戦士クライシスが現れる。
「ワタシ様には、どうしても許せない事があるのです。あの日、何も出来なかった愚かな私。そして…」
クライシスは指をパチンと鳴らす。
するとクライシスを包む黒炎と同じ炎が、ガゼルにも乗り移った。
「お前のような、どうにもならない無理解の悪だ」
「ああっあああ! あああぁぁっっ!!」
黒炎は痛みを与える。ガゼルは地面の上で、肉体が少しずつ蒸発する感覚にもがき苦しんだ。
しかしどれだけの致命量の火傷を負っても、一向に彼が死ぬことは出来なかった。
するとクライシスは宴会をしている魔人たちの方を指さしてこう言い聞かせる。
「ほら、ごらん? なんて楽しそうなんだろうね。私の民はあんな風に無邪気に殺されたんだ。残虐に楽しんで殺された。果たして、こんなことが許されると思うかい?」
「うあああぅッ!あぁぁあああ!!!!」
「ふむふむ、そうか……」
その直後、ガゼルの腹を極大剣ブラックエクスブレイドが貫く。
「しっかり人間の言葉でしゃべろよォ。この、鬼畜がーーッ」
「ぐあぁああああああっ!!!!」
クライシスは極大剣の柄に手をかけると、そのまま剣をぐりぐりと回し押し込む。
突き刺さった剣は傷を広げ続け、ガゼルの体からはあり得ない量の血が吹き出した。
しかしその苦しみでも、彼は死ぬことが出来なかった。
さらに狂炎は、容赦なくその身を焼き焦がす。
「ぐぅっ はぁぁつ! ツ…… な、なぜだ」
「…はい?」
「な、なぜ。俺さまは、炎に焼かれている?! ぐがああっ。たしか…、魔人にはッ、魔法は効かないんじゃ…!」
「フフ、たしかにこれは補助魔法だが、炎は物理攻撃なのです」
クライシスが狂戦士スキルから編み出した二つの形態魔法。
蹂躙形態が純粋な力に特化した補助魔法だとすれば、狂炎形態は狂戦士が扱える狂気を濃縮した性能を持っていたのだ。
「知性のない魔物や精神耐性のある敵に狂気攻撃は効き目がありません。しかしそういう馬鹿には、炎上という別の分かりやすい痛みに変えて与えればいいのです。狂気の苦しみをね」
そういうとクライシスは自分の周りにある黒炎を自在に操ってみせた。
出したり消したりはもちろん、お手玉のように動かしたり出力を変えることも出来た。
「これらは炎の見た目をしていますが、いわばSTRを参照した狂気の塊。つまり、言葉で言っても分からない相手を躾けるための鞭みたいなものです。でも仕方ないですよね?あなたが悪いんですから」
「くっ…!うああはあぁ……はぁぁっ」
「ちなみに、この狂炎形態でも一応ワタシ様のSTRは4260あります。その意味は分かりますね?」
そう言うと狂戦士クライシスは、ガゼルの元を後にする。
「本当なら、ワタシ様の気の済むまであなたを焼き続けたいところですが…… 残念ながら価値上昇の効果はあと一分しか続かないのです。なので、あと七日だけで許してあげましょう。……感謝してくださいね」
それを聞くと、ガゼル・ホップスは絶望した。




