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第78話 ロザリオと鞘

 一分後、狂炎形態(オルギアフォーム)は完全に解除され、ガゼルに付いた黒炎も消えて無くなっていた。

 だが約七日の間、精神が狂気に焼き尽くされた感覚は、全身に染みのように残って消えることが無かった。


 あるはずの無い炎に怯え、その火を消そうと身体中をかきむしる。

 絶えず皮の中身が失われるような脱力感に苛まれ、その度に発狂した。


 壮絶な苦しみにのたうち回る。

 この終わらない地獄から抜けだすために、ガゼルは犠牲霊魂(スケープゴート)さえ無効化していた。

 だがそれでも、目のまえに迫る絶対の狂気はそんな恐怖さえ凌駕してしまうのだ。


 ──ザシュッ!


 一分の躊躇なく、白銀の極大剣が振り下ろされる。

 瞬間、ガゼルの右腕が根本から勢いよく吹き飛んだ。


「ぐぁガあああっ?!?!!!」


 突如舞い込んだ別種の痛みに、激しく嗚咽する。

 しかし暴れ狂うガゼルを尻目に、狂戦士は地面の上に落ちた自分のSS級オーパーツを平然と拾いあげた。


「……ワタシ様の装備は、返してもらいました。あなたのステータスではもう、長距離の転移魔法を使えなくなったと思います」


「ぐぅ、くぅぅ…!!」


「これでー、逃げられなくなりましたね?」


「うぅっ! ひィいいぃぃ……」


 待っているのは残酷な死だ。

 恐怖で体が激しく震えた。それでも地面を這いずり、目の前の狂気から逃げようとする。


 そこに、無慈悲な強蹴が襲い掛かる。

 狂化が切れたとはいえ、STR999の力は一瞬で内蔵をぐちゃぐちゃにかき混ぜた。

 ガゼルの体は、大きく吹っ飛ばされる。


「カハッ、ぐがぁぁぁっ」


 ガゼルはつい先ほどまで、村人たちに獣をけしかけ、それらが殺される様を見て愉悦していたのだ。


 だがそんな残忍な侵略者は、今ではナメクジのように土の上を醜く這いずり回ることしか出来なかった。


 炎の幻影と後方から迫る狂気の天災(バーサークバーサーク)の存在に、彼は尋常でない恐怖を抱いていた。

 それでもクライシスの歩みが少しでも緩まることは無かった。


 クライシスは地面の上のガゼルを片足で強く押さえつける。

 そして極大剣を回転させるように動かし、残ったもう一本の腕も吹き飛ばした。


「ぐぎゃああああああっっぁああああああああッッッ!!!!!!!」


 ガゼル・ホップスは血涙を流す。

 それを見て満足を得たクライシスはこう言った。


「お前のような悪は許せない。きっと貴様らは、何度でも過ちを犯す。だからこそ徹底的に潰さなくてはならないんだ!」


 無意識のうちに、クライシスの持つ森羅に抱かれし、(ラピス・ラクテウス・)聖乳の石(シルヴァティクス)から放たれる魔力の量は劇的に上昇していた。

 赤い稲妻のようなオーラに混ざり、クライシスの内包する狂気を呼び起こしたような禍々しいマナが剣を覆いつくす。


「や、やめて……っ」


「今までにお前にそう言ってきた罪なき人々にも、お前は助けを与えたのか?」


「助けて…」


「フ、笑わせんな」


 クライシスはその一撃に、奴が最大限の苦しみに侵されて死ぬようなエンチャントを込めた。

 怨恨にまみれた闇のオーラを纏った刃が一直線に振り下ろされる……。


 だが突然、彼の背に何かが勢いよくぶつかってきたのだ。


「……ッ クライシスさまっ!」


 それは息を切らしたペペロンチーノだった。

 彼女はクライシスに投げ飛ばされると、その後すぐにこちらに向かって来ていた。

 形態魔法の反動の酷さを誰よりも分かっていたのだ。


 ペペロンチーノは後ろから、極大剣を持つクライシスの腕を掴んだ。


「……何してるんですか。ペペロンチーノ。早く放してください」


「ダメです! だって、こんな憎しみに満ちた悲しい魔力…。きっと良くないことが起こるに決まってます」


「いえ、大丈夫ですよ。だってこれは正当な報復なのですから」


「……え… マスター?」


「彼は悪です。なので正義は私にある。このクソを痛めつけることも正しい行いなのですよ。フフフフ」


 そういうと、クライシスは空いた足でガゼルを思いきり蹴り飛ばした。

 傍から見てもそれは実に楽しそうだった。

 ペペロンチーノが驚いている隙に、クライシスは掴まれた腕を軽く振りほどく。

 そして再びゆっくりと、逃げまどうガゼルを追いつめていった。


 しかしペペロンチーノも諦めていなかった。

 何度も何度も振りほどかれたが、その度に彼女はクライシスの背中にしがみついては、狂進をやめさせようとする。


「やっぱり……、今のマスターは間違ってるっ! こんなこと、もうやめてください!」


(退けッ 邪魔ヲスルナ!!!)


 果てしなく強い狂気が、内なる憎しみと復讐の使命を増長させていた。

 怒りでより強大となった力は、漆黒の鎧となって全身を包みこむ。


 その余りにも強い力のせいで、やがて狂戦士クライシスには触れることは愚か、近づくことさえ出来なくなった。

 ペペロンチーノも必死にその名を呼ぶが、理性の飛んだ彼の耳にはもはや届くことは無い。


 そしてついに、極大剣には破滅の光が灯る。


極大剣奥義(オリジナルアーツ):ゼノメニアスルイン!」


 呪詛の入り混じった漆黒の狂剣だった。

 クライシスは咎人に向かって、憎悪を込めた極大剣を勢いよく振り下ろす。


「お前が一人目だ。では死ねっ」


 だがその瞬間、眼前に一つの影が走る。

 クライシスは誤ってそれを斬った。


「あっ…」


「ッ!!!!!!!まさか!!!」


 出来るだけ苦しんで死ぬよう最大限の狂気を込めた一撃。

 それは、ガゼルを庇ったペペロンチーノに直撃していた。


「……ク、クライシスさ…ま」


「ぺぺッ!!!」


 そして彼女は意識を失うように、力なくその場に倒れる。

 クライシスは急いで駆け寄り、彼女の身体を支えた。


「ペペロンチーノっ しっかりしてください! ペペロンチーノ!!!」


 だが自分で言っていても、それが無理だということは分かっていた。

 狂気を纏った斬撃は不運にもペペロンチーノの体の中心を捉えていたのだ。


 その傷からは、生気がどんどん抜け出しているようだ。


「ああ…ワタシ様はなんてことを」


 憎しみに囚われ、あふれ出る力に飲まれた。

 その事に気づき、後悔する。


 だが時すでに遅し。

 大切な者の手を取るが、その肌には以前のような薄桃色の血色は無かったのだ。


 しかしペペロンチーノは優しく微笑みを浮かべる。


「よかったぁ。元に戻られたんですね…」


「ぺぺっ! ……くッ。…すまない…………本当に」


「いいんです。だって、大好きなマスターを守ることが出来たんですから……!」


 そして彼女はブラッドスキルを発動させる。

 血の十字架は楔となりて、やがて狂気する咎人に穏やかな眠りの時間をもたらす。


 それはまるで、地面に突き刺さった墓標のようでもあった。



 ~The End, For Now.

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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