第75話 崩洛の火‐答え‐
恐怖を植え付けられていた。
傷を負った兵士たちは互いに庇い合いながら戦わねばならなかった。
そんな中、一人が敵に捕まると、その者は角の生えた人間たちに滅多打ちにされ、挙句に慰み物とされた。
その光景に兵士達は震えたのだ。
内側の城壁塔では、そんな惨状をみながらも、王は配下の者たちと共に必死に軍の指揮を取っていた。
そこに、取り乱した兵士が駆けこんでくる。
「た、たすけてぇーー! ……ぐわっ!」
──プシュっ、ン
王は逃げてきた兵士が爆散し、石だたみの上で血だまりと化す瞬間を目撃した。
そしてその後ろから兵士の跡を追って、単眼の魔人が姿を現す。
『クレイドル・フォン・ハイブラスターだナ?』
「うむ…… 魔人の刺客か」
『死ネ』
すると単眼の魔人は、ケープのような衣の下から数本の刀を見せた。
「王よ! お逃げくださいッ!」
「お前たちっ」
側に控えていた兵士達が、身を挺して暗殺者の前に飛び出す。しかし一瞬の煌めきと共に刃腕が左右に揺らめくと、彼らを小間切れにしてしまった。
それを見た王は、無言で剣を抜く。
だがその時、塔の上に移動し援護射撃をしていたクライシスが、騒ぎを聞きつけ下に降りてきた。
そしてその場面をみると、激昂し即座に詠唱破棄で魔法を放つ。
「父上に何をするッ! 連鎖する滅裂の暴雷電!」
強烈な光を放つ二本の白銀の槍が、空気を震わす雷鳴と共に単眼の魔人の頭上へ振り落とされた。
詠唱破棄で威力は下がっているといえど、上級魔法の二重詠唱であり、大抵の魔物であれば木端微塵に出来る。
しかしその魔人には、火傷の痕すらついていなかった。
それを見ると、クレイドル王も思わず驚きの表情を浮かべた。
「なんだと!? 我が息子の魔法でも無傷だと!この化け物はそんなに強いのか」
「いえ、たぶん違います……」
「なにっ それはどういうことだ?」
「先ほどから方法を試しているのですが、奴らには私の魔法がほとんど効かないようなのです」
「そうなると…… 魔人種の持つ特徴ということか?」
そういうとクレイドル王は、懐から精緻な金細工の施されたルーペを取り出した。
これは魔眼鏡と呼ばれるオーパーツで、一度だけ鑑定眼のようにステータスの魔法を一瞬で発動させることが出来るのだ。
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死の影エルモディアス
(ステータス)
HP8290
STR997
INT0
DEF541
MDF21500
AGE385
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全体のステータスも上位の魔物くらい高い。だが真に驚くべきはその圧倒的な魔法耐性だった。
これでは、クライシスの放つどんな魔法も効くはずは無かった。
また、その逆にINTがゼロなのは、元来魔人にはマナが存在しないからなのであった。
『見た、ナ……?』
「父上ッ! 早くお逃げください!!」
だがその一瞬で、既にエルモディアスは距離を詰めていた。
奴の持つ全ての刀が、同時に王の首元へと振り下ろされる。
だがその寸前、一筋の剣閃が走る。
「片手剣奥義:ヒケンアサギリ」
薄紅色の光を纏った斬撃が、魔人の背を横一文字に切り払う。
『ぐはっ そんな、馬鹿な……!』
ダメージに耐えられず、魔人エルモディアスは力つきその場で倒れた。
今ほど執事クレセントの放ったアーツは、不意打ちによって威力が倍増する性質があった。
九死に一生を得た王は執事長の働きを労おうとする。
しかし突然、クレセントはその場で跪くと、こう進言した。
「王よ、至急申し上げたき儀がございます」
「よい。申してみよ」
「はっ。……では、恐れながら申し上げます。これから王国はあの化け物どもに蹂躙されつくし、滅びの運命を辿ることになるでしょう。兵士達は心身ともに限界を迎えており、このままでは万に一つも勝ち目はありません」
「うむ。それで? 貴様は何が言いたいのだ」
「はっ。亡国の危機に瀕した今こそ、王家に伝わる秘宝の力を解放すべきかと具申いたします。それしか、打開の道はないかと」
しばらくの間、王は険しい顔を浮かべたまま黙っていた。
確かに虹彩の観測者には、強力な事象改変の力がある。それを使えば魔人どもを弱くすることも、兵士たちを無敵に近くすることも出来るだろう。
しかし、もし蓄えたマナを解放すれば、今後の防国の力が失われる可能性や王国からオーパーツが失われる可能性すらあったのだ。
だがやがて、王は決断を下す。
「……よしっ。結界の部屋に封印を解きに行く。クレセントよ、ついて来い!」
「はっ。仰せのままに!」
クレイドルは王国の存続可能性よりも、今ある民の命を選んだのだった。
そして二人は城壁塔から、城の内部へと続く隠し通路へと進む。
「息子よ。私が居ない間、兵たちの指揮を頼むぞ?」
「お待ちください父上! 魔人に魔法が効かないのならば、この戦場で私に出来ることなどほとんどありません。軍の指揮をするにしても、戦闘経験の豊富なクレセントの方が的確だと思うのです」
「……それは、一理あるかもしれん。しかし、王族であるお前の命令によって、兵たちが士気を高めるというのもまた事実なのだ」
「ですがッ……! どうか…お願いしますッ。城への護衛は、私に行かせてください!」
クライシスは彼自身が言った通り、自分が魔人に対し無力であることを知っていたのだ。
自分が残れば、戦場で多くの兵を死なせることを分かっていた。
そんなクライシスの言葉を聞くと、王はクレセントに意見を求めた。
「お前はどう思う?」
すると彼は言った。
「はい。坊ちゃまのご意思のままに……」
それを聞くと、クレイドル王は頷いた。
そして広場の戦場を執事クレセントに託すと、クライシスと共に秘密の部屋へと向かったのだ。
秘密の部屋と続く転移魔法陣は、玉座の裏にある。
しかし玉座の間は塔とは反対側にあり、隠し通路のショートカットを使ってもまだ距離があった。
なので二人は細い隠し通路から城の廊下に出ると、すぐさま補助魔法を唱え、身体能力を極大まで高めた。
「急ぐぞっ。この瞬間にも、民の命が失われているという事を胸に刻め!」
「はい…ッ 機動性補助!」
猛スピードで城の中を駆け抜ける王と王子。
この速さなら一分もかからずに玉座の間へとたどり着けるだろう。
だがこの時、クライシスは微かな異変を感じていた。
─全員、もう避難しているのだろうか? どうして誰も残っていないんだ?─
人らしい気配が全くといって感じられなかった。まるですべてを遮断されていた秘密の部屋の中のように、そこには自分たちの息遣い以外には何も聞こえなかった。
といっても、走る事に注力していたため感覚が鈍っていた可能性もあり、その時はまだそれも予感でしかなかった。
しかし玉座の間に近づくとき、それは確信へと変わる。
「っ、止まれ!!」
あと少しでたどり着くという所で、突然クレイドルが制止をかけた。
「ど、どうしたんですか?いきなり」
「……待ち伏せのようだ。どういうわけだか分からんがな」
「え?」
すると突然、鼻をつくような鉄の匂いが漂ってきたかと思うと、通路沿いの別れ道に隠れていた十数人もの角魔人が二人の前に姿を現したのだ。
目の前の魔人たちは比較的人間に近しい姿をしていた。だがそれは人間の醜悪かつ邪悪な部分に関してだった。
『へへへ…… 見ツかっチゃっター』
『王様ァ、さっさとくたばりやがれくださ~い』
それぞれが体の一部が変化したような禍々しい曲刀をだらりと構え、下卑た表情を浮かべながらこちらに迫ってくる。
「くそっ、どうなってるんだ!外の兵たちはいったい何をしている!!」
訳が分からない状況に、賢王でさえも苛立ちを露わにする。
クライシスは一瞬、外で戦っている王国兵士たちが負けてしまったのかと危惧したが、そんなわけは無かった。
繰り返すが、まだクライシス達が塔を出てから一分程度の時間しか経っていなかったのである。
恐ろしいことだが、自分たちは隠し通路を通って最速でやって来たにもかかわらず、さらにそれを上回る速度で先回りされていたのだ!
─……ありえるのか?そんなことが─
「考えている時間はない。押しとおるぞ!」
「わ、分かりました」
そういうと、二人は同時に剣を抜く。
クライシスには高い魔法の素質があるが、魔法剣士としての習熟度は王よりもずっと劣っていた。
剣技に優れた王は上級アーツを使って大ダメージを与え、たった数回の攻撃で角魔人たちを倒すことが出来ていたが、クライシスにはまだそれほどの威力のあるアーツを使うことは出来なかった。
「顕現せよ! 火属性付与」
効果が薄いとは分かっていた。それでも仕方なく炎を付与した魔法剣で角魔人たちを相手取る。
『グガガ…!』
しかし、炎は思っていたよりも効果があった。魔人の体に焦げ目を残し、少しずつだがダメージを与えられているようなのだ。
「父上!さっきの奴らと違って、こいつらには魔法が効くようです!」
「ああっ。どうやらこの黒い人型は、ずっと雑魚のようだな」
だがそのことが分かっても、今のクライシスに出来ることは無かった。
彼のマナは先ほどまでの上級魔法の連発でほとんど残っていなかったのだ。
せめてオーバーゼロにならないようにと、攻撃魔法を少しずつ使いながら父王の戦いを援護する。
そして何十体もの魔人を倒した後、二人はようやく玉座の間の扉をくぐりぬける。
だがそこにも、十体以上の角魔人が待ち伏せていたのだった。
「はぁ、はぁ… ど、どうして……」
すると、クレイドルは言った。
「クライシス、この場は私に任せろ。合図したら魔法結界の中に飛び込むのだ」
「そ、それは出来ません!!! こんな数の敵の前で、王である父上を置いて行くなど…」
「黙れッ。コイツらには強力なアーツしか効果が無いのだっ。逃げ道を確保しなけらばならんが、未熟なお前では意味がない。いいか、お前が取りに行くのだ!」
「し、しかし……。まだ私は、証から完全には認められてはおりませんッ! 無事に部屋から持ち出せるかどうかも…」
「信じろ。信じるのだ。お前も王家の一員なのだから、必ず祖霊の遺志が答えてくれるはずだ! ではいくぞ!!!」
「父上ーッ!」
そしてクレイドル王は、剣にオーラを纏わせながら魔人の集団へと飛び込んでいった。
父が魔人たちと戦い始めてしまうと、クライシスは彼の意思とは関係なく、秘密の部屋にオーパーツを取りに行かねばならなくなった。
儀式を途中で抜けてしまったクライシスには、これが上手くいくような自信がなかったのだ。
オーパーツが王でもない自分の意思に応えてくれるかどうかも不安だった。
だがしかし、彼が転移魔法陣を起動し部屋へと入ると、すぐにとても意外なことがあった。
そこにはすでに虹彩の観測者が、まるでクライシスを待っていたかのように空白の玉座の上で顕現していたのだ。
クライシスは虹の輝きを放つ結晶体へと近づいた。このオーパーツには、特別に意思があるという。
父王の言葉を借りれば、彼女がこたえてくれたとしか言いようがなかった。
なぜか込み上げてくるものを感じ、クライシスはそっと自身の瞳に触れる。
その後クライシスは玉座の上の虹彩の観測者を抱えると、転移魔法陣を通って急いで部屋の外へと出た。
「父上! 王家の証を手に入れました!」
角魔人との激しい激戦を物語るように、玉座の間は鮮血にまみれていた。
しかし父の姿は見当たらず、クライシスは辺りを見回しながら歩いた。
するとふと、自分の足に柔らかい肉塊の当たる感触があった。
「……ああ、坊ちゃま」




