第74話 崩洛の火‐異径‐
クレイドル王の優れた指揮のもと、戦略的に魔物の軍勢をつぶしていく。
だがそれは、敵側も同じだった。
トゥーレッグ・レプタイルには2メートルもの巨大な頭蓋があるが、そのうち考える脳みそはわずかしかない。己の食欲のままに得物を貪るだけだ。
だが実際には複数個体での挟み撃ちや、他の魔物もバースト能力で多種族を強化したりなどの特異な行動を見せたのだ。ドラゴンに至っては、まるで軍の魔法部隊のように一斉に火炎放射を行ってくる場面もあった。
その様子は明らかに異常だった。
─どこかにいるはずだ。これだけの魔物を統率しうるほどの強力なイチ個体が─
そう睨んだクレイドル王は、戦闘中の兵士にも警戒を怠らぬようにと告げた。
──だがやがて、戦いは王国側の勝利に終わった。
魔物同士の連携よりも、訓練を積んだ兵士達の連携の方が精度で上回っていたのだ。
またクライシスが上級魔法の掃射で、魔物の撃破に大きく貢献できたのも理由だった。
大勢が決すると、残った魔物は一斉に城壁の外へと逃げだしていく。
それを見ると兵士たちは雄たけびのような勝どきを上げた。
「勝ったゾォーーッ!!!」
「オオーッ!!!!」
戦いの中でほとんどの兵士が怪我を負ったが、死者は一人も出なかった。
敵の戦力を考えればこれは大勝したともいえる。
だが王はそれでも油断することなく、厳しく叱責するような口調で浮かれる兵士たちにこう命じた。
「奴らを追う必要はないぞ!急いで全体の被害の確認だ。それとさらなる襲撃に備え、防衛の強化にかかるのだ」
「は、はい!」
王の命令を受け、兵士たちは中庭に避難した住民の安否確認に行ったり、城下のあちこちに散らばり魔物除けの結界の強化作業に取り掛かる。
また城内にいた女中などの非戦闘員は、怪我をした兵士の治療や動けなくなった者を城の中へ運び込んだりしていた。
多くのマナを消耗し、クライシスもまた疲労していた。
広範囲で威力も高い魔法の連続使用は、いくら魔法の麒麟児と呼ばれたクライシスであっても、それなりに堪えるものがあった。
「坊ちゃま。お怪我はありませんか?」
「……ああ。これくらい平気さ」
そう言いながらクライシスは振り向く。
元グレイテストランドの冒険者であるクレセントは、あれだけ激しい戦闘の中でも傷一つ負っていないようだ。
「決して無理はなさらないでください。貴方様はこの国の未来を背負って立つお方なのですから、万が一があってはなりません」
「いや、そうも言ってられないさ。戦闘は終わったが、兵たちがあんなに頑張っているんだ。私も民や王国のために力を尽くさねばならないよ」
「フォ。流石クライシス様でございます。実に立派なお心がけです」
「マナが回復したら、私も結界の修復作業に加わるつもりだ」
「……いいえっ、それはやめた方がいいかと」
「なに? それはどうしてだ」
するとクレセントは、サッとクレイドル王の方に視線を送ってからこう答えた。
「坊ちゃま。まだ戦闘は終わっていないのですよ」
クレセントもまた、魔物たちを指揮する何者かの存在に気づいていたのだ。
王は言った。
「奴らめ、戦い方が余りに洗練され過ぎていて不可思議であったが、兵たちの話を聞く限りだとそもそもの現れ方もおかしいようだ」
「おかしい、とは?」
「ああ。息子よ。ダンジョンの魔物が溢れて民に被害が出ないように、日ごろ兵士達が森を見回っていることはお前も知っているだろう」
「ええ、もちろんです」
「うむ、スタンビートの対策はあったはずなのだ。にもかかわらず、あれらの魔物はこの城の周りだけに突如として現れたというではないか。……これは推測だが、何者かが意図的にこのオル・ファファールを狙って攻め落としに来た。そうとは思わないか?」
「しかし父上。襲ってきた魔物はすべてステータスの高い上位の魔物でした。どんなに優れたテイマーでも、あれだけの数を同時に使役することなどできません。不可能です!」
「うむ。しかし、S級以上のオーパーツの特殊な権能があれば可能かもしれん。あるいは……」
だが王がそう言いかけたその時、広場に散らばった魔物の死体の後始末をしていた兵士が、ふとその手を止めた。
両断された魔物の死体の首筋に、見覚えのない黒い痣を見つけたのだ。
「おい、これ見てみろよ」
「なんだコレ。……紋章?」
それは場所は違えど、どの魔物にも刻印されているようだった。
──そして次の瞬間、城下の前に再び敵の軍勢が姿を現したのだ。
今度のそれも異形の怪物ではあったが、それらがただの魔物ではないことは、その場にいた全員がすぐに直観できた。
基本的には人間のような外見だったが、それらはおぞましい違和感に溢れていた……。
胴と手足のバランスがおかしい細長い人間。
下腹部に大きな舌のある頭のない巨人。
血涙を流す瞳の無い修女の悪魔。
巨大な処刑鎌を持った寄生虫の人間。
満面の笑みを浮べた腐食し続ける胎児。
頭が無数の蛇の人間、顔だけ人間で体が蛇の男。
そして薄気味悪く笑う、角の生えた人間たち。
怪物たちと目が合うと、勇猛である兵士たちも怯え、泣き叫んだ。
「うぁああぁぁッ!!! なんなんだー!アレはッッ!」
「ひ、ひぇぇ! 助けてくれーっ」
とても生存競争などには必要とは思えない、不気味すぎる身体の構造をしていた。
その怪物たちは人間たちに対し最もクリティカルに、根源的な死や恐怖を呼び起こさせたのだ。
『──なるほどなるほど。これはこれは、あの方の仰った通りではないかっ』
その時、化け物たちを率いていた怪人は、はっきりと人語を介しそう言った。
その者の見てくれも、流行病にかかった病人のような緑であり、見る者に吐き気を催させた。
『吾輩は、魔人デモゴルンガムである! 父なるマルムと嘆きの母レイクラフトの御名において、この国を滅ぼしにきた!』
「し、信じられん。魔人だと?!?」
『さあ、いけ!下級魔人ども。人間どもを蹂躙しろッ!』
そして、異形の怪物軍──魔人との戦いが始まった。
魔物との戦いで怪我を負った兵士たちにも、奴らは嬉々として襲い掛かった。
「や、やめろぉぉーーッ!!」
『ワ ッ ハ ッ ハ …』
『きュひひひっ』
恐怖を植え付けられていた。
薄気味悪い細腕に一度でも捉えられれば、抵抗虚しく生きたまま半身を引き裂かれた。
呪詛などを操る魔人もあり、内側からの腐食やどろどろに溶かされる兵士もいた。
だがほとんどの死体は、原型が分かるギリギリの形が残るように散らかされてあった。
それら地面に散らばった肉塊は、腐り続ける赤子や蛇男の餌になったのだ。
恐怖を植え付けられていた。




