第72話 崩洛の火‐誓い‐
ディルゲイドが調査に旅立ってから7日後。王子の誕生日を祝うため、オル・ファファールには国中から大勢の人々が集まっていた。
クライシス王子は騎兵隊と共に行進し、勇壮なパレードで城下を練り歩く。
「クライシス様ー! おめでとうございますー!」
「キャー、王子様!こっち向いてー!!」
「へへっ、坊ちゃま。いい鹿肉が手に入りましたぜ?祝いの宴を楽しみにしといてくださいね」
そのような人々の暖かい歓声を受け、王子も馬上から笑顔で手を振り返す。
「皆さん、ありがとうございます」
誕生日を祝う宴は毎年行われている。だがこのようなパレードを行うのは成人の儀の時だけだ。
これは民衆に対し、王国の次の王になる者の姿を見てもらい、認めてもらうという意味があった為だ。
城下には、例年よりも多くの人々が集まっていた。
クライシスは馬上から、経路沿いに集まる一人一人の顔を覗く。
そして、自分のために大勢が集まってくれたことを嬉しく思いながらも、かれらを守り導いていくという責任の重さを強く認識するのだった。
(……これが、私の役目なんだ)
若きクライシスが、王として責務を自覚し始めたと分かると、彼と並んで行進していた父王クレイドルは優しい微笑みを浮かべていた。
パレードが終わると、次は王城の中でいよいよ継承の儀が執り行われる。
それは代々秘密の部屋で行われることとなっており、非常に厳重な管理があったためクライシスはまだその場所さえ知らなかった。
継承の証は強力なオーパーツであり、その力を抑え込むのには特別な結界で囲まれた魔法の部屋が必要なのだそうだ。
儀式の時間が間近に迫り、クライシスは王家に伝わる魔法剣士の正装に着替える。
青を貴重にした王族らしい優美な服装だ。
そのまま自室で待っていると、執事長のクレセントが彼のことを迎えにやってきた。
「坊ちゃま、時間でございます」
「ああ…… 行くよ」
そう言うとベットから起き上がり、服の襟を整えながら扉へ向かった。
だがその途中でふと足を止める。
「どうかなさいましたか?」
「……私の気のせいだろうか。ロルル村からは誰も来てくれなかったようなんだ。ラフォル村の友人ザックスもだ。いつもなら、どの村からも村長か他の誰かが来てくれるはずなのに……」
パレードの最中、顔見知りの姿がほとんど見られなかったクライシスは、そのことが気にかかっていた。
また彼はまだ気づいていなかったが、他にも6つ以上の村から誰も人が来ていなかった。
そんな心配を他所に、クライシスの蟠りの原因を知ったクレセントは安堵した。
「フォ。そういうことでしたか」
「クレセント……。私は何か、彼らの気に障るようなことでも、してしまったのだろうか」
「いいえ、そのようなことなど断じてございません。皆、貴方様を慕っておりますよ」
「だけど……」
「今年は降雪も早く、異常気象が続きましたし。きっとその対応に追われているのではないでしょうか?」
「うん……」
そう言われると、クライシスは一定の納得を示した。
まだ腑に落ちない点はあった。だがこれ以上ここで悩んでいても解決することは何もない。
今するべきことは儀式に臨み、王権の証を継承することであると分かっていた。
「行きましょうクライシス様。秘密の部屋は王家の者しか立ち入ることが出来ません。なので、部屋の出入り口までご案内したく存じます」
「分かった。じゃあ案内してくれ」
そういうとクライシスは、執事長の後をついて行った。
玉座の間に隠されていた転移の魔法陣。それを通った先には、色彩というものが全く存在していなかった。
部屋には蝋燭のような灯りがなく、西方の壁に貼られた一面のすりガラスだけが唯一陽光を取り入れていた。だがそこにも色はなかった。
通常の方法では入ることのできない、魔法結界によって隔離された空間。
それは代々王家に伝わるオーパーツを永続的に保管するための工夫であった。
そして部屋の奥には、誰も座っていない小さな玉座があった。
しかし魔法に通じていたクライシスには、その場所から大きな力と共に何らかの存在を感じることが出来たのだ。
「なんだ、あれは……」
「来たか。我が息子よ」
振り返ると、そこには現王である父と彼の母が待っていた。
「クライシス、準備は出来ているか?」
「はい。でも、私は何をすれば…」
「まずは玉座の前に膝まずくのだ。あれは、いわばこの国の象徴。お前はこれから民を導く王として、自らを国に捧げる誓いを立てねばならない」
それは騎士の叙勲に近いものがあった。
だが誓いを立てるのは主君ではなく国家そのもの。そして特別な空間で行われる儀式は、より強力不可避な誓約を課したのだ。
クライシスが玉座の前に跪くと、父王クレイドルは彼の背後で誓約の文章を読み上げた。
「……汝、身命を賭し悪逆をくじき弱者を助けると誓うか」
「誓います」
「汝、私欲に走る事なく己の力を正しき行いのために使うと誓うか」
「誓います」
そのような問答がしばらく続いた後、突如変化が起きた。
クライシスの頭上に、神々しい光を放つ幾何学的な浮遊体が出現したのだ。
それこそ、彼が玉座から感じた力の正体だった。
「ふふふっ、驚いただろう。これがハイブラスター王家に伝わるSS級オーパーツ、虹彩の観測者だ!」
「父上。これが王の証なのですか」
「そうだ。オーパーツの強大な力によって王国は守られている。大きすぎる力だからこそ、誓約は必要なのだ」
父王はまだ、オーパーツの効果を教えてはくれなかった。
だが虹彩の観測者には、どうやら意思のようなものがあるらしい。
宣誓と共に顕現したのも、オーパーツ自身が使用者を見定めているからなのだ。
継承の儀式とは、次代の王候補をオーパーツ自身に認めてもらうために行うものだったのだ。
するとクレイドルは、再び誓約文章を読み上げ始めた。
「……汝、決して己の力に溺れないと…」
だがその直後、壁際で宣誓を見守っていた王妃がつんざくような悲鳴を上げながら倒れてしまったのだった。
王と王子の二人は儀式を中断すると、へたりと床の上に座り込む王妃の元へ急いで駆けつける。
「どうしたっ! 何があったのだ!!」
「あ、アレ……」
青ざめた様子で、窓の外を指さす王妃。
結界の影響によりそこから見える景色にも色はなかったが、先ほどまでパレードをしていた通りの辺りで、群衆が明らかなパニックを起こしているのが見て取れた。
外側の城門が壊され、建物のいくつかには火の手が上がっていた。




