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第71話 崩洛の火‐崩芽‐

 ──そこには緑豊かな森があった。

 霊峰を望む神秘の地。高々とそびえ立つハイランドクロマツの巨樹林はどこまでも続いていく。


 季節は深秋を迎えており、森の低木にはコケモモやクランベリーが実っていた。

 やがて来るはずの厳しい冬に備えるべく、動物たちも木のみを集めに森中をせわしなく駆け回る。


 ちょうど先週、この針葉樹の森にも初雪が降り積もった。

 降雪はわずかだったが、それは例年よりもすこぶる早い出来事だった。

 ハイランドクロマツの森にも、まんべんなく白い傘がかかる。

 だが一か所だけ、森の中に他とは異なる色があった。


 目立つ赤色のパステルカラーの屋根。

 くっきりと浮かび上がるその城の名は、オル・ファファール(希望の灯台)

 たとえ猛吹雪でもよく目にとまるこの尖塔は、魔物の助けを求めるハイブラスターの民が、城下に迷うことなく辿り着けるための目印なのであった。



 その頃、城の中庭では、若き王子が剣術指南役のバトラーと共に、日課である剣術の修練に励んでいた。

 かつては魔法書の虫だった幼い王子も、今では心も体も大きくなり、文武両道を備えた清廉な若者へと成長していた。


 だがそれほどに優れた王子でも、現役時代にグレイテストランドで冒険者をしていた執事長との模擬試合には一度だって勝てることが出来ずにいたのだ。


「くっ……!」


「フォっ。どうしましたか、クライシス坊ちゃま? 先程よりも、剣速が2ミリ秒も落ちておりますよ」


「わ、分かってるさ!」


 必死に剣を動かし続けるクライシス王子に対し、執事長ジョアン・クレセントは、澄まし顔を崩さないまま容赦なく上級奥義(アーツ)を叩きこみ続ける。

 一撃一撃が非常に重く、そして尋常でなく素早い。

 クライシスはどうにか目端で剣の動きを予測しながら、食らいつくように対応していた。


 以前にクレセントの一撃をもろに受けたことがあったクライシスは、もだえるような剣の痛みを知っていた。

 なので彼は剣を受けるときにもいちいち恐怖を感じていたし、この剣術指南がとても嫌いだった。


 しかし、彼が訓練をさぼったことは一度も無かった。

 ハイブラスター王家には、周囲にある15の町と村を魔物やその他の脅威から守るという重大な使命が存在する。

 そのためにも彼は剣術を究めることに意義があると理解していたのだ。


「王室剣技、グレイルサーガ!」


 ─キィン……!


 王家に代々伝わる絶対防御を用いて、クレセントの放った強力な奥義の無効化を試みる。

 だが修行中のクライシスの放った技はまだまだ未完成であり、完全に威力を殺し切ることは出来なかった。


「ぐっ」


「まだまだ研鑽が足りませぬぞ。その程度では、とてもお父上のような優れた魔法剣士にはなれません」


「くそっ!クレセント、もう一度だ!次こそは一本、取ってやるぞ」


「フォ。そのいきですぞ。この爺、喜んでお相手致しまする」


 そして、両者は再び激しく剣を切り結び始めた。



 中庭に入るには重い石の扉をくぐる必要がある。ここはもしもの時の住民の避難場所も兼ねていたため、このような防衛のための強固な造りがあったのだ。

 そして、扉を開くには特別な魔法の鍵を使わねばならなかったのだが、突如それがひとりでに開いた。

 ズズズッと音を立てながら、扉はゆっくり開かれる。


「……よぉっ。やってんなー」


「ディルゲイド!」


 向こう側に立っていた無精ひげの大男の姿を見ると、クライシスは嬉しそうに駆け寄っていった。

 その大男の背には、バカでかい極大剣が装備されていた。


「前よりは多少マシになったようだな。ま、それでもまだまだオレ様の足元には及ばないが」


「フ。そりゃあ、あなたと比べられたって困りますよ。聞きましたよ?この間もカホルの森で見つかったスタンピードの可能性のあるダンジョンを、たった一日で壊滅させたとか。そんな真似、私みたいな普通の人間にできるわけないじゃないですか」


「フン、何を言う。お前にはいずれ、オレ様の跡をついでもらわなくちゃ……」


 だがそこまで言いかけて、ディルゲイドはふいに言葉を切った。


「──そういやボウズ。お前に話がある」


「なんですか」


「ああ。実は、また魔物の様子がどうもおかしいらしいんだ。それでちょいと、調べに行かなきゃならない」


「カホルですか?」


「いや、最西の森フォーラルだ。だから戻ってくるのは少し遅くなるだろう」


「なら私もいきます。そこは王国の端ですが、人が住んでいる村も近くにある場所です。なにより、魔物の討伐は王家の使命ですから」


 その頃には、すでにクライシスは城の兵士と共に討伐遠征へと出かけたことがあり、何度か実践の経験も積んでいた。

 それに加えて天性の魔法の才能もあった。

 クライシスはハイブラスター王国にとって、重要な戦力となっていたのだ。


 だがディルゲイドは、それを聞くとかぶりを振った。


「…いや、今回はオレ様だけでいい。なにか、嫌な感じがするのだ……。思ったより危険かもしれん」


「貴方がそこまでいうの? でしたら、なおさらっ!!」


「なあクライシスよ。今のお前は果たして、そんなことをしてる暇があったのか? それとも王子様は剣で頭を叩かれすぎて、自分の誕生日のことも忘れてしまったのかな?」


「あ……」


 クレセントとの修行が原因というわけではなかったが、クライシスはその時まで本当に忘れていた。

 もうすぐ大事な成人の儀が行われるということを。そこで彼は、ついに正式な王位継承の証を得るのだった。


「で、でもっ!」


「バカ。でもも糸瓜もあるか。 ボウズにとってそれは、民を守る魔法剣士になるために大事なことではなかったのか?貴様は、父親のような偉大な王になりたいのだろう」


「えっ? そ、そうだけど……」


 ディルゲイドの言ったことはまさにそのとおりであったのだが、彼がまじめに道を諭すようなことを言ったのでとても驚いた。

 戦闘では尋常でなく強いが、それ以外の時には身なりも気にしないし、ずっと酒ばかり飲んでいるような男なのである。

 そもそもこの男は自分を狂戦士の後継にしたいのであり、ハイブラスターの王として魔法剣士のジョブになることには勝手に反対していたはずなのだ。


 クライシスはそんな彼の事を不思議に思った。

 するとそれを察したのか、ようやく彼は本命の話を切り出した。


「実はな……。この任務が終わったら、この地を去ろうと思っているのだ」


「えっと、それってどういう意味ですか? フォーラルの森に行くって話なら、もう理解しましたけど」


「そうじゃない。この国から出ていくということだ」


「は? また、何かの冗談ですよね。そうなんですよね?」


 だがそう言った彼の表情はまるで戦闘時のように真剣だった。

 それでからかっているのではないと分かり、クライシスは落胆した。


「そんな、今更出ていくなんて……」


「クライシスよ。お前と出会ったのは何年前のことだったかな」


「たしか、八年と六か月です」


「そうか。そんなに長くいたか……」


「どうして、どうして去らなければならないんですか? 父上もあなたを気に入ってるし、ずっとこの国にいればいいのにっ」


「仕方ないのだよ。オレ様は自らの死期を感じ取り、死ぬ前に力の後継者を探し求めてこの国にやってきた。たしかにお前には狂戦士になれる素質があった。だがその一方で、いくら待っても、オレ様が死ぬような兆候は一向に訪れない。つまりは、あの時のオレ様の勘が外れていたということなんだ。まだ死なないと分かれば、オレ様は他にやることがある。より大きな戦場に戦いに行かねばならないのだ」


「そんな……! 本当に行ってしまうんですか?」


「ああ。この国は居心地が良すぎた。むしろ長居しすぎたくらいだぜ」


 窓から部屋の中に忍び込んできたその時から、男は少年にとっての気軽な話し相手であり、強い戦士としての目標にもなっていた。

 男の方も少年の成長を長く見守ってきたため、二人は互いの分かれが名残惜しい気持ちがあった。


 しかし、ディルゲイドには最後まで弱さを見せたくないという気持ちがあったのだ。

 俯くクライシスの背中をドンと叩くと、豪快に笑いながらこう言った。


「ハッハッハ!そう落ち込むなって! そんなにめそめそしてると、いい王様になんかなれないぞ?」


「っ、でもディルゲイド!」


「もうすぐお前は成人だろう?つまり大人だ。オレ様はフォーラルに行くから、あいにく成人の儀には出られないが、帰ってきたら最後に一緒に酒でも組みかわそうじゃないか」


「……うんッ!」


 クライシスはこくりと頷いた。

 二人は約束の証に互いの手を強く握った。



 そして狂戦士ディルゲイド・クリーガーは、森の魔物の調査へと旅立っていった。


 だがその五日後、彼が訪れた辺境の村々のその全てで、まだ生きている人間を見つけることは出来なかったのだった。


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