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第68話 王家の紋章

「く、クソぉーーッ!!!!」


 ガゼル・ホップスは自身の魔力を極大まで高め、クライシスの殺気の呪縛から脱出した。

 そして飛行魔法を使用し、背後へ勢いよく飛び去っていく。


「…………」


 クライシスも太ももの筋肉に僅かに力を込めると、その場で高く跳躍しガゼルの後を追った。



 勇者の腰掛けから、目の前の民家の屋根の上に飛び乗る。

 するとその直後、前方から雷の魔弾が稲妻を迸らせながら迫ってきた。

 だがクライシスは単純な剣の抜刀で、それを弾き飛ばす。


(今のは、裂破の魔雷弾(サンダーボルト)の魔法か?)


 魔弾の飛翔してきた方向を見ると、その先にはやはりガゼルがいた。


 雷属性の元素攻撃魔法など、以前の奴には扱えなかったはず。

 しかもそれだけではなかった。

 ガゼルは上空から、矢継ぎ早やにあらゆる魔法攻撃を行ってきたのだ。


「ブレイザー!ツインウインザム!アイシクルボルト!ロックブラスト!トライデント!」


 現存するほぼ全元素属性の同時攻撃だ。それらが全て、二重発動かつ二倍の威力になっている。

 また、放射されたそれぞれの魔弾は属性が互いに反発し合うことで、何らかの魔力地場のようなおかしな現象さえ発生してしまっている。


 だがそのような強力な攻撃でもクライシスには一切通用しない。

 彼はそっと、前方に腕を伸ばす。


 ─パキーン……ッ…


 破魔の兜の特殊効果により、全ての攻撃魔法は無効化された。


「無駄です。ワタシ様には魔法は通用しないのだから」


 そう言いながら、クライシスは空にいるガゼルと自分の距離を測る。

 そして気づかれないように補助魔法の詠唱を開始した。


「……ク、今のは試しただけさ。挨拶みたいなもんだ」


「そうですか。ではもう気は済みましたか?ならさっさと降りてきて、その首を差し出して頂けると、非常に(ひっじょーーに)手間が掛からずラクなんですが」


 SS級装備でどれだけステータスを強化しようと、魔法使いが魔法無効化能力を持つクライシスに勝てる道理があるわけがない。

 そのことは奴も重々分かっているはずだ。

 しかし……


「45メートル」


「?!」


「それが、お前が瞬間的に刃を届けることの出来る最大距離だろ?」


「…………何故。貴様がそんなことを知ってるッ!!!」


「あはは。みんな知ってるさー。あの日、あそこにいた奴らなら全員な?」


「なん、だとッ?!??」


 それは、敵などには絶対に知られてはならない情報だった。

 剣士が自身の間合いを掌握されるというのは、すなわち間接的な死を意味する。間合いの外から攻撃され続ければ何も出来ることはないからだ。

 そんなクライシスにとっても致命的ともいえるほど重要な情報を知り得ていたのは、血の契約を結んだ召喚奴隷と、何度も互いに手あわせをした刎頚(ふんけい)の友くらいだった。


「他にも知ってるぜ? お前の破魔の兜はすべての魔法を完全に無効化できるわけじゃない、とか」


「……」


「たとえば、足元からの攻撃には滅法弱かったりなッ! 上級地魔法:アースクエイク!」


 口上の直後、クライシスの立っていた民家の真下から、鋭い針状の岩峰が勢いよく隆起してきた。

 クライシスはマントの端をかすらせながら、ギリギリでその攻撃を回避する。


 しかし避けた先でも、次々とアースクエイクが発動した。

 クライシスは隆起する岩槍を避け続けねばならなくなった。


「ハハハッ、逃げろ逃げろー」


「くっ……」


 通常のアースクエイクに比べてもかなりの規模だった。ダメージを食らえば、今のクライシスなら一撃で絶命に至るだろう。

 だが威力が大きい分、逆に魔力探知がしやすいという欠点もあった。


「我が心路を阻む者なし。機動性補助(マニューバーフォース)!」


 だんだんと岩槍に慣れてきたクライシスは、隆起する場所も予測できるようになった。

 そしてそれを足場として利用し、岩の間を飛び移りながら、上空のガゼルを追いかけ始めた。


「な、なんだコイツ!? 本当に化け物か?キモすぎんだよッ!!」


「決めた。ガゼル…お前は生け捕りにして、もっと色々聞き出してやるッ」


「ハッ、やれるものならやってみろや!」


 そういうと、ガゼルは召喚魔法を発動し、三体のハーピィを呼び出した。

 ハーピィたちは得物を混乱させる鳴き声を発しながら、足の爪を振りかざしてきた。

 だがクライシスは戦意狂渇を発動。

 三体のハーピィは気を失い、力なく落下した。


「クッソ!!!!」


 ガゼルはさらに速度を上げた。そしてさらに強力な召喚魔法の詠唱準備を始めた。


 先程から転移を使っていないことから、おそらく魔法陣がないと発動できないという点は、以前と変わっていないのだろう。

 だがガゼルのマナはまだ豊富にあるようで、クライシスは飛行魔法の速度に追いつくことが出来ずにいた。


 だがその時、進路の先でペペロンチーノが先回りしている事に気づいた。


「クライシス様!」


「奴を引きずり落とせ」


「仰せのままにっ」


 ペペロンチーノは鎖鞭を伸ばすと、上空を通ったガゼルの足首に巻き付けた。

 ガゼルの移動が停止する。


「えいっ!」


「うっ、やめ……」


 ペペロンチーノが思い切り鎖鞭を手繰り寄せると同時に、クライシスも一気に屋根を蹴って加速。

 そして最速の一撃を放つ!


「ラピッド… ヘリファルテ!!」


 ─ズバッ!


 一部の隙も無い完璧な一閃は、すり抜けざまにガゼルの胴を切り払った。

 斬口から勢いよく鮮血が吹き出す。

 サーベルにも、肉を切り裂いた確かな手ごたえがあった。


「ふん、他愛もないな」


「ぐあぁぁあああっ!!!  ………あああっ…… アハ……。アーハッハッハッハ!!!」


「!!??!?」


 驚愕。それは最強のクライシスに、久しくなかった感情だった。

 確実に致命傷を与えたはずの人間が、なんともない様子で生きているのだから。


「っ、どうして……!」


「ククク、危ないなー。てっきり死ぬかと思ったぜ」


「おかしいッ!!お前のそれは、どう考えたって不自然だ!!」


「クク、そうか。そんなに俺さまを殺せなかった事が不思議かぁ?」


 予想外の事態に慌てるクライシスを見て、ガゼルはやや愉悦を感じながらそう尋ねた。


「いや、今のは…… 召喚士系の上級ジョブスキル:犠牲霊魂(スケープゴート)…………」


「おお、流石席次様。よく物を知ってらっしゃる。今頃、向こうで犬クソが何匹か死んでんだろうよ」


「だが、しかし……っ」


 犠牲霊魂(スケープゴート)とは、召喚した魔物に自身の受けたダメージを肩代わりさせるスキルだ。

 だが本来これは、強い絆で結ばれたたった一体との契約によって成り立つ高難度スキルと言われている。

 それに、知能低下や感覚麻痺などのリスクもあり、席次でさえ誰も習得に至った者は居なかったのだ。


「……貴様のその力、籠手の能力だけではないな?」


「へえ、やっぱり気づいてたか」


 そういうと、ガゼルはローブの裾をまくる。

 そこにはクライシスのSS級装備、漆黒の籠手ガンズ・オールツヴァイが装着させられていた。


「お前が急激に強くなった理由はなんだ? 他にゲンサイから、何をもらった!?!」


 クライシスは必死の形相でそう問い詰める。

 それを聞くと、ガゼルは薄気味笑いを浮かべた。


「答えろ!!!!」


「……クックック。いいだろう。 俺さまはな、とても素晴らしい力を手に入れたのさ」


「素晴らしい力だと?」


「見ろっ!」


 するとガゼルは、おもむろに着ていたローブを脱ぎ捨てた。


 魔法術師とは思えない、内側から不自然に膨れ上がった大胸筋。血管なども大きく浮き出ており、遠くからでも聞こえるような激しい脈動を打っていた。

 そして、肌の所々にみられる黒ずみは、クライシスの記憶の中の悽愴を深く刺激した。


「まさかっ、それは……!?!」


 ガゼルの胸元には受刑者の烙印のごとく、特有の魔力によるある紋様が刻まれていた。

 それが奴に、人ならざる力を与えていたのだ。

 魔人の紋章である。

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