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第65話 カコグスト

「いやだッ。死にたくないよぉ!」


「助けてえーー!」


 影を纏いし影牙狼は、泣き叫びながら逃げまどう村人たちに容赦なく襲い掛かる。


 一人の足の遅い小太りの商人に、複数のシャドウボルクが飛び掛かった。

 狂暴な歯牙が、柔らかい丸腕に食い込む。側が裂け、血が吹き出し、肉が宙に舞い踊る。

 それを見た他の者の足が止まり、恐怖は三度連鎖する。


「あっははは……」


 血まみれになって滑稽なダンスを踊る群衆。

 その様子を、ガゼルは空から高笑いしながら見物していた。



 ──”カーバンクルの憩い場”の地下から外に出て、”勇者の腰掛け”に向かっていたダリアたち。

 遠くからでは朧気なノイズにしか捉えきれなかった喧噪も、近づく度に人々の(つんざ)くような慟哭や、辺りに散らばる無惨にも食いちぎられた肉片などの様子がはっきりと描写されていった。


「ヤっ、やめろォーーーッ!!!!」


 張り裂けるような悲憤の叫びを伴い、マルティは目の前で行われている暴虐の宴の只中へと飛び込んだ。

 シャドウボルクの爪牙によって、村人たちは次々と肉塊に引き裂かれていく。


「みんなッ 急いで逃げて!!」


 マルティは、目の前で行われる残虐な殺戮をなんとか防ごうと、果敢にもシャドウボルクに立ち向かって行く。

 しかしシャドウボルクのAGEはとても高く、マルティが止めようとする前に村人は殺されてしまう。

 一応、元から”勇者の腰掛け”の方にとどまっていた冒険者も一緒に戦っていた。だが、今ではかなりの数がやられてしまっていて、ほとんど残っていない。


 そしてふと横をみると、そこでは一匹のシャドウボルクが一人の幼い少女に目を付けていた。

 少女は周りの光景に愕然としており、呆然とした様子で地面にしゃがみ込んでしまっている。

 自分に近づいてくる魔物にも気づいていないようだった。


「くっ……!」


 得物に夢中なシャドウボルクは、まだこちらに気づいていない。

 マルティは地面に落ちていた冒険者の盾を拾うと、少女とシャドウボルクの間を目掛けて疾風のごとく駆けだした。


(お願い、神様ッ! ──どうか、後生っスから!)


 祈るような思いで盾を構えながら、少女と牙狼の間に無理やり割り込む。


 鉄の盾にシャドウボルクの爪が突き当たると、甲高い音を立て火花が飛び散った。


「ふぅっ…… ほら、ボケっとしてないで逃げる。さあ行って!」


「う、うん!」


 突然起こった攻防に驚きつつも、少女はそのまま宿屋の外に逃げていった。

 しかし、一安心したのもつかの間。シャドウボルクは突きつけられた盾をよじ登ると、今度はマルティへとその爪を剝いた。


「へあッ? しまったァー!??」


 うっかり油断していたマルティには受身を取る余裕もない。

 魔爪が顔面に振り下ろされ、彼女は思わず目を閉じた。


 だがその瞬間、飛び掛かってきたシャドウボルクの横腹に、ダリアの放ったオーバースラッシュが炸裂する。


「くらえッ、コノヤロー」


「キャィン!!!」


 不意打ちを喰らったシャドウボルクは、苦しげな悲鳴を上げ、数メートルほど吹っ飛ばされた。

 しかし、致命傷には至っていないようだった。

 緩慢だが舐めらかな動作で再び立ち上がると、その個体は歯をむき出しにし、唸り声を上げながらこちらを睨みつけてきた。


「マルティ、無事かっ?」


 ダリアは剣を構え前方を警戒しつつ、そう声をかける。


「……うへへ、ぜんぜん大したことないし…。余裕っスよ、こんなの」


「おい無茶するなよっ。コイツら……、けっこう手ごわそうだぜ」


「いや、ぜんぜん大丈夫いけるッスから……」



「──そうだよ!」


 そう言ったのは、少し遅れて駆け付けたラザルスだ。

 彼はやや前かがみでお腹をさすりながら、周りの魔物たちの様子をおそるおそる観察していた。


「ダンジョンにいたジャイアントスパイダーより数はずっと少ないけど、おそらく一個体の強さはコイツらの方が上だぞ?それに動きがすごく速いし、連携もしてて頭も良さそうだ」


「…………フン、だから何?」


「無理だっ。僕たちのレベルじゃ勝てっこない! このままじゃあ、僕たちも無駄死にするだけだよ!」


 そう、ラザルスは怯えていた。こうしている今も震えが止まらなかったのだ。


 それ故の弱音、だったのかもしれない。

 だが彼の戦力分析は、極めて冷静に行われていた。

 実際に、シャドウボルクに毒や糸攻撃はないが、その分、魔物としての身体能力はずっと高かったのだ。


「だから、ここは体勢を立て直して……」


 そう言いかけるのが分かると、マルティは彼のことをギリッと射るような瞳で睨みつけた。

 ラザルスは怯んで口をつぐむ。

 すると、マルティは叫びような激しい口調でこう言った。


「……たしかに。アタシたちじゃ、もうどうにもならないかも……。でも、クライシスさんならっ!こんなヤバい状況でも、決して魔物に背を向けたりしない。そうでしょ!」


「「ッッッ……!!!」」


 ここまで、狂戦士クライシスの戦い様を見てきた彼らには、その言葉はとても理解できるものだった。

 いったい何が、彼をそうさせるのかは分からなかった。

 しかし、その狂戦士は最強の力を持っているにも関わらず、常に自らが最前線に立ち、常に最も自分が傷つくように立ち回っていたのだった。


「クライシスさん、ならか…………」


 ラザルスたちの頭の中に、自分たちが間近で見てきた強い英雄の姿が思い浮かぶ。


 するとマルティは、先ほど地面に落とした鉄の盾を拾いあげた。


「アタシたちじゃ勝てっこないかもしれない。……でも、こうやって村の人たちを守りながら、逃げる時間稼ぎなら出来ると思うんス」


「……うん、そうだな。それなら僕たちにも出来る」


「ああ! 村の奴らが逃げ切れるだけの時間を稼ぐんだ!」


 三人は互いの顔を見合わせながら頷いた。

 そしてダリアとラザルスも、近くに転がっている冒険者の亡骸から手ごろな盾を確保すると、村人を襲うシャドウボルクへと立ち向かっていったのだった。



 ガゼル・ホップスは、そんな三人の様子も上空から眺め見ていた。


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