第63話 襲撃
ザクロ村の村長レフリー・バイゼルの所有する宿屋は、エルダーツリーの周りに二つある。
アンティークな見た目に拘った石材造りが特徴の一号店、勇者の腰掛け。そしてエプロンドレスを着た女性従業員による接客サービスが好評の二号店、カーバンクルの憩い場だ。
魔物の襲撃から生き伸びた残りの20人ほどの冒険者は、そのうちのカーバンクルの憩い場の方にある地下酒蔵室に集まっていた。
怪我をした仲間の治療をしている者などもいたが、多くの者はそれぞれ距離を置き、静かに待機していた。
「レフリー爺さん…… 村人の捜索に行ったきり、帰ってこないぞ?」
一人の冒険者が心配そうに出入り口を見つめている。
すると、壁際で腕を組んで寄りかかっていた重剣士職の男はこう言った。
「フ、殺されたんだよ。そうに決まってるさ」
「でもッ、あれでも若い頃は名うての冒険者だったって……」
「バカだな。外にはとんでもない化け物がウロウロしてるんだぜ。 普通の人間が勝てる相手じゃない」
「……っ うぅ……くそッ」
その重剣士の言葉を聞くと、周りにいた他の冒険者たちも皆くらい表情で俯いた。
冒険者たちの多くは、既に戦うことを諦めていたのだ。
謎のゲートから現れた変異種の群れ。そして、その恐ろしい魔物を操る魔法術師も、同様に化け物じみた魔力を持っていた。
英雄でもなければ、特別なオーパーツも持っていない。
平凡な田舎冒険者である自分たちには、当然、勝ち目などあるはずもなかった。
すると、とある弓使いの冒険者はこう言った。
「なあ。こうなったら、みんなで逃げてしまわないか?あの魔物どもを倒すのは難しいかもしれないが、ここにいる全員が協力すれば、この村からの脱出くらいわけないだろ」
だがその提案に、素直に首を振る事が出来る者は居なかった。
「いや無理だ。村の中にもまだ変異種は残っている…………一度見つかれば終わりだぞ? それに、残った村人たちはどうするんだ?まさか、置きざりにする気か?」
「……」
「オイッ!」
「仕方ねーだろっ! だったら死んでもいいってのかよ」
「それは……」
その言葉にも、素直に首を振る事が出来る者は居なかった。
「──決定だな。こんな村で死にたくない奴は全員、俺について来い!さっさと脱出するんだ」
冒険者の何人かは、不本意ながらも賛同の意を示していた。
だがその時、地下室の外から数人の冒険者が入って来たのが分かった。
「決定ッ! あんたら、正真正銘の大バカっスね!」
陰鬱とした空気の張り詰める中、登場するや否やそう強い口調で言ったのはマルティだった。
地下室にいた彼らは、マルティたちのような新人冒険者があの地上で生き残っていたのを知るとおおいに驚いていた。
ダリアはこう言った。
「戦ってもいないのに逃げるだと? お前らそれでも冒険者かよッ!」
「しかも、今コイツら!村の人たちの事を置いてくとか言ってたっスよ? ……は~あ、いつもはあんなに偉そうにしてる癖にー?根性なっ。情けないっスねー」
「そうだにか? 危なくなったら逃げるのは、別に当たり前のことなんじゃ……」
「お前は黙っとけ!」
「ブにゃっ!」
やってきた途端、いきなり騒々しく漫才芸を始めたマルティ達。地下にいた冒険者たちは終始唖然としていた。
だがある冒険者は、その珍妙な面子の中に一番最初に逃げ出したラズロ・パイルズが混ざっていることに気が付いた。
「おいラズロ。お前、どうして戻って来たんだ? まさかとは思うが、おかしな正義感に目覚めたとかいうつもりじゃないよな?」
「にゃはは。そんなわけないだに。でも、ダリア君たちはきっとそう。俺はそんなダリア君たちの手伝いをして、ダリア君たちのお仲間から、とっても良い物をもらうために戻って来たんだにっ」
「はぁ?意味わかんねー……」
すると、先ほど全員で脱出しようと提案していた弓使いは、ラズロの前に歩み寄ってきてこう言った。
「とにかくだ。お前が戻ってくれて助かったぜ!お前ほどの隠密スキルの使い手がいれば、俺たちもきっと逃げ切れるってもんだ。もちろん協力してくれるよな!」
「え~、それは困るよー。俺は手伝いをして……えっと、クライにゃす~だっかな?たぶんそのお人から褒美をもらわなくちゃいけないんだよ。だから逃げたいなら、君たちで勝手に逃げればいいと思うだに。でも、君たちにそれが出来るかは分からないけどねー」
「このッ……! ──いや、分かった。脱出の手助けをしてくれたら報酬を出す。それも、望む額を出す!!それでどうだ?」
「ホントだに?! うーん……どうしよっかなー」
報酬という言葉にまんまと惑わされ、ラズロには迷いが生じた。
その様子を見たラザルスは、すかさず彼に耳打ちをする。
「おい、いいのか。僕の聞いた話じゃ、クライシスさんは他所の国では席次と呼ばれる指折りの冒険者らしいんだ。だったら恩を売る相手は、しっかり選んだ方が賢明だと思うけどな?」
「にゃにっ!グレイテストランドの席次?!!ラザルス君、それは本当なの? うーん、うーん。じゃあ、報酬もそっちの方が多いのかなぁ。……やっぱり。ダリア君の手伝いをすることにするよ」
「ああ。それがいいさ」
そうして、結局ラズロはその冒険者の申し出を断ったのだった。
もう少しでラズロを抱きこめたはずが、交渉を邪魔されたことで男は苛立っていた。
そして眉間に大きな皺を浮べながら、マルティ達に言い寄ってきた。
「貴様らッ!一体なんのつもりだ! この村が置かれている危機的状況が分かってないのか?!」
「分かってる! でもだからって、村の人たちを見捨てていいわけないっス! なんとかしてみんな助けなきゃ」
「ふん、バカが。この切羽詰まった状況で、そんなことが出来るわけないだろ」
「でもッ! ……ねえ、みんなもこの村の人たちにはお世話になったでしょ?!なのに危なくなったら自分たちだけ逃げるんスか?そんなの人でなしっスよ!」
マルティはその場にいる冒険者たち全員にそう訴えかけた。
ある者たちには動揺が見られた。だがすぐに、目をそらしてしまう。
すると、弓使いの男はこう言った。
「──マルティ。お前はたしか、スライムも倒せない雑魚だったよな?そういう話をよく聞いたぜ」
「……っ!」
「言うだけなら簡単だろう。だが弱いお前はきっと、あそこにいる魔物たちがどれだけ恐ろしい相手なのか分かってないんだ。口だけの雑魚が誰にも相手にされないのは、お前自身もよく分かってるはずだよな!」
「そんな………っ、アタシはッ!!」
すぐさまマルティは反論しようとする。だがとっくに、彼女に対する弓使いの興味は消え失せていた。
「さあ、こんなカスどもは放っておいて。俺たちは村から脱出の準備だ!」
「お、おう……」
─ガタガタッ!
その時、騒々しい物音と共に、一人の冒険者が慌てた様子で地下室に駆けこんできた。
その者は、地上で見張りを任されていた盗賊職だった。
「どうした!」
「た、大変だ。あの脱法魔法術師、ついにこっちに気づいたみたいだ。地上の宿屋が狙われてる!」
「なんだと?! まさかここが攻撃されてるのか?」
「いや、そうじゃない……。狙われてるのは村人が避難している一号店、勇者の腰掛けの方だ!」




