Witches-3
黒の魔女が首を吊って死んでいた。青い縄は果ての無い世界の天に向かって無限に伸び、一足の革靴が僕の足元へ几帳面に揃えられている。
彼女を殺したのは僕だった。黒は決して僕を恨まない。確かに、その死に顔は穏やかに見えた。
その安穏が、今はただ悍ましく、宙ぶらりんの黒を横切って、僕は断頭台に身を捧げた。
そこでは黄の魔女が待っている。
彼女は責めるような眼で、首を垂れる僕を見下ろす。
「黒は死んだよ」
黄はそれだけ言って、沈黙さえ僕を責めている。
「全部お前のせいだ」
彼女は他の魔女たちがいるところでは喋らない。ここは黄のために用意された処刑場であった。そして、僕のための懺悔室でも。
目のチカチカするような黄の濁流が網膜を焼いた。
「詩的な表現に頼った世界観の押しつけ、辞書を引いただけの熟語の殴り書き。感性という言葉を後ろ盾に、自分を尊重してもらおうとして、いいご身分だよ。ちょっと人より書くのが上手くて、ちょっと人より知識があって……」
黄は、ハッと気づいたように目を瞠る。
「なるほど、俺にそう言わせて、自らの優越性を明らかにしようって魂胆か、気持ち悪い」
全てを見透かす魔女は、尚も言葉を繋げる。
「芸術を語る体を装って、実際は言い訳にしているだけ。文学や音楽の言葉を引用して、実際は取り繕っているだけ。自分が凡才であることを認めたがらず、プライドだけ無駄に高い。何もかもを金を稼ぐ道具にして、そのくせ自分より稼いでる奴らを揶揄して、いったい何がしたい?」
黄の魔女は汚物を指先で摘まむように、僕の髪を一本、引きちぎった。
「自分の過去を切り売りしてブランディングして、被害者面して同情誘って。世界で自分だけが可哀想な人間で、自分以外の人間の苦労話なんて聞く耳も持たない。なのにまるで相手のことを思いやっているように聴いているフリだけして、内心で馬鹿にする。お前みたいなやつを屑と……」
そしてまた、勝ち誇ったような顔をする。
「自分が屑だと公言することで、許されようとしてるんだろ。自分を卑下することで、客観視できているから褒めてくれと言っているんだろ。そして、それさえ俺に言わせることで、また、許されようとしてるんだろ?」
彼女は髪がなくなるまでそれを抜くことをやめないだろう。
ビリビリと痺れるような鈍痛が、頭皮に響いている。
「お前の小説に価値はない。自己満足という体裁で芸術らしさを醸しているだけで、本質は時間の浪費だよ。そこに現れるものを自己だと言い張って、なんだ、他者との差別化に躍起になってますよ、ってか?」
髪が抜かれる。
「死んだ方がいいとも言わないよ。そんなこと言って、もうずっと生きたまんまじゃないか。思い出ばっか美化して、やっぱり過去に縋りついたままなんの成長もしてない。綺麗事は嫌いだとか言って、綺麗事を言わないという綺麗事に逃げる」
髪が抜かれた。
「価値なんて人それぞれだとほざいて、結局自分の価値観を曲げることはない。誰かのために頑張っているなんて正論面して、優しさに酔っている。お前は自己愛に溺れた無能、承認欲求の手垢で薄汚れた傀儡だ」
髪は抜かれる。
「僕は自分のことが嫌いですとか、僕なんて生きている意味もないんですとか。本当は心にもないんだよ、連なった言葉の響きに、どこかで聞いたフレーズに、自分の脳味噌で表象の一つも考えないまま、あやかっているだけでさ」
髪は抜かれた。
「駄目なところも愛して欲しい、抜けているところがお茶目、都合のいい言説ばかり提唱しては盲信する。そんな筈がないのに、自分を正当化しないと落ち着けない。僕はこういう人間だから、っていう自己イメージに安心して、まるで努力の一つもしない」
髪を抜かれる。
「否定的なイメージを敢えて自分に当てはめて、弱いフリをする。守られたがりの真の弱者であるのに、そうさ僕は弱者なんだって開き直って、また、弱いフリをする。弱者を演じているうちは真の弱者でないと滑稽にも思い込んでいて、自らの誤りに気付くこともない」
髪を抜かれた。
「どうせお前は、次のシーンで俺を殺す。これは巡礼だから、そういう物語だから、とか言ってな。それで、今このシーンは主人公の内省に必要だったとか言い出す」
黄の魔女は、僕に反論の余地を与えない。何故なら、僕がそれを求めているから。
だから、これは彼女の優しさだった。でなければ、これを彼女の優しさであると記述する僕さえ許される筈はなかった。
それでも黄は僕を糾弾することをやめない。厳しくも揺るぎない黄――高潔の色。
魔女は全てを知っている。僕が彼女たちの全てを知っているように。
でも、僕は自分のことを知らない。自分が何を知っていて何を知らないのか、それさえ直ぐに分からなくなる。
ただ、僕は魔女の全てを知っていて、魔女は僕の全てを知っている。そう、全てを、だ。
僕にも、君にも、お前にも、あなたにも、それが明かされることはない。正確には、明かすことができない。
ただ、魔女は全てを知っていた。
黄の首が飛んだ。青い血が、焼けた網膜に降りかかった。
目を見開いたままの魔女は一頭身の身体で僕の前に転がって、嗤った。
「この世界に、お前の思い通りにいくことなんて一つもないよ」
首のない黄の魔女は愉快そうに僕を断頭台から解放し、こちらの意志なんて関係ないまま、世界が青に染められる。
夏は、深い。
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