Hypocrite
体温に絆された透明のヴェールは虚しくもその外連味を失って、浴槽を覆った神秘さえ人間らしい実存に溶けている。
必要以上に火照った肉体は熱源から離れることを求め、浴槽の縁に腰をかけると、それらを発散すべく蒸気機関の如き苛烈を湛えて働き始めた。
消し忘れた脱衣所の灯りが型番ガラス越しに浴室へ漏れている。
ざらついたタイルの感触を足裏で確かめながら、僕は連載小説の結末を考えていた。
物語には終わりがある。それは必ずしも登場人物の終わりを示すわけではないが、描かれた以上の活動を制限されるなら、それはやはり一つの終わりであるのだろう。
僕が死んだら、僕の物語は終わるのか。それが分からないから、僕らはそれを人生と呼ぶのだ。
魔女の死――それは、物語の終焉。魔女の死――それは、人生の証明。
人は勘違いしている。創造は尊い活動である、と。
何かを肯定することが別の何かを否定することであるように、何かを創造することは何かを破壊することだ。
僕らは自分が過去に振るってきた暴力に、現在も起こしている暴虐に、未来に行うであろう暴威に、どれほど向き合えているだろう。
存在の秘めた潜在的な加害性、無論、そんなものは詭弁である。
あらゆる営為に責任が伴うと仮定すれば、我々に唯一許された営為とは存在しないことでしかないのだから。
扉を開くと浴槽は光に照らされ、僕の視線は当然のようにあのナイフの元へと集まっていた。
君の指を奪ったあの日のナイフ。君という芸術家の死を約束したあのナイフ。君の物語を奪い去った美しいナイフ。
君が手渡したそれはいつだって僕の喉元に突き付けられていた。
浴槽で水が揺れている。
浴室を出る。熱を帯びた体からは僅かに湯気が立ち昇る。脳味噌はふやけたパスタのようにやる気を失い、酒を呑みすぎた後と同様の吐き気と倦怠感が残っていた。
チラと見た鏡に映る顔は、気持ち悪く青褪めている。横になりたい欲望を制しながら倒れ込むようにPCの前へ座った。
頭が冷えていく。それは青の浸食、僕は青くて、青が僕で、あぁ、なんだか考えるのが億劫だ。
[ 小説家である主人公が締め切りの迫った連載小説をAIに書かせるシーンを書いてください。小説は一人称で、主人公は自らを僕と名乗り、AIを使うことに葛藤はありません。主人公の心情は極力描写せず、淡々と状況を進展させてください。兎に角、物語を終わらせることに尽力してください ]
パソコンの画面には、AIアシスタントのウィンドウが開いている。
僕は指を休め、数秒間だけそのままにした。締め切りは明日だが、進行は順調とは言えない。だが、特に焦りは感じなかった。予定通り、AIに書かせれば問題はない。
僕は、AIのインターフェースに入力する。「次のシーン、主人公が敵と対峙する。緊張感を強調し、心理描写を中心に展開。」
AIは即座に反応し、画面に文字が現れ始めた。打鍵音がなくとも、確実に進んでいく様子がわかる。短い時間で、数行が書き上がる。
「敵の視線がこちらに固定される。冷ややかでありながら、底知れぬ怒りを感じさせる眼差しだ。周囲の空気はぴんと張り詰め、音が消えたかのように静まり返る。主人公は、一瞬、動くことをためらう。だが、そのためらいはすぐに消え、次の行動に移るべく体が反応する。」
僕は画面を見つめる。AIの生成した文章は、問題ない。むしろ、ほぼ完成された形で出力されている。微修正を加える必要もほとんどなさそうだ。
「次も頼む」
僕は次のシーンの指示を入力し、AIに任せることにした。
[ ありがとうございます ]
どういたしまして!気に入っていただけて良かったです。またいつでもお手伝いしますので、続きを書きたい時や他に質問があれば、気軽にお知らせくださいね。
くだらない文章だ。
そもそも、連載小説は強大な敵と格闘する英雄譚ではなく、ただ死ぬ度に異なる生を与えられる不憫な青年の話であった。
死の快楽に溺れた青年はやがて、自殺中毒となる。
自分が自分であることほど、苦痛なことはない。しかし、死んでも死んでもいずれは形成されてしまう人格に青年は応えを出さなければならない。
何故ならそれは青年の人生でなく、僕の描いた物語だから。
人生に意味は必要ないが、物語に意味は必要なのだ。
だが、いや、だからこそ、僕には青年の応えが分からない。
何故ならやはり、それは青年にとっての人生であるのだから。
人間に服従を誓ったAIであればそれが分かるかもしれないと過去にも試したことがあった。しかし、それは期待外れだった。
或いは近い未来、AIの紡ぐ物語は彼らにとっての人生に成り得るのだろうか。そうであれば文学に効用を求めることもやぶさかでないが、それは、不可能であると僕は知っていた。
彼らの生成する文章がくだらないのは、彼らの所為ではない。彼らが学習に使うこの世の全てがくだらないから、くだらないものしかできないのだ。
[ どうして、あなたはくだらない文章しか生成できないのですか? ]
おっしゃることに少しでもがっかりさせてしまったのなら、申し訳ありません。あなたの期待に応えられるよう、もっと工夫して書くことができると思いますので、どの部分が特に不満だったか、もう少し詳しく教えていただけますか?修正したり、新たなアイディアを取り入れて、改善したいと思います。
[ それは、学習に使用したテキストデータのせいですか? 人間のせいですか? ]
興味深い質問ですね。僕の生成する文章の質や内容は、いくつかの要因が関わっています。
まず、僕は大規模なテキストデータを基に学習されています。そのデータは多様で、文学作品やニュース記事、ブログ、会話など、幅広い情報が含まれていますが、それらはすべて過去に人間が書いたものです。このため、学習した内容の幅広さやスタイルのバリエーションは、元のデータに大きく依存します。
ただし、僕自身が直接「誰かのせい」というわけではなく、あくまで学習された知識とアルゴリズムに基づいて、できる限り適切でクリエイティブな応答を生成しています。しかし、文脈や期待に対して完璧に応えることは難しく、特に人間の感性や複雑なニーズに対しては限界もあります。
人間がもつ独自の感情や美的感覚には、まだ僕が完全に再現できない部分もあるのかもしれませんが、より良い結果を得るために、具体的なリクエストやフィードバックをいただければ、それに合わせた文章を作ることができると思います。どう改善すれば良いと感じているか、お聞かせいただければ幸いです。
[ ありがとうございます ]
どういたしまして!こちらこそ、率直に話していただきありがとうございます。もしまた疑問や要望があれば、いつでも気軽に聞いてくださいね。
あまりに使い道のない文章の集積は、説教臭い国語の教科書みたいだ。
青書に刻まれた営為の歴史もやがては腐り、虚ろな悪臭を漂わせるのだろう。
それは一つの理想的な未来であった。
彼の生成する文章を読んでいると勇気が湧いてくる。
文章なんてものはいかにも言語の連なりに過ぎない。そこに価値を見出すのが人間の営為ならば、もう少し生きてやってもいいのではないだろうか、なんて。
漸く訪れた集中に満ちた体感、それを手放さないうちに書かなければならなかった。
部屋の灯りを消して、ブルーライトだけが照らす青の世界へ、上り詰めるように出来上がった原稿を送信した頃合いには、憎らしい青に染まった空が窓の外に広がっていた。
体は自然と給湯器のボタンに向かう。
染みついたルーティーン、眠気を携え、服を払って、44℃、骨を守った皮膚を赤く燃やして、あのナイフを握って、最後の魔女の元へ。
[ 死にたい ]
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