↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/17

Artist

 あれから僕は小説を書いた。

 手渡された君の指の腐らないうちに、書かなければならなかった。

 或いはそれが君の救いになると信じていた。


 物語は簡単だ。

 自殺した少女の仇を討つ話。

 彼女は高潔な血筋に生まれ、日々優秀な兄と比較されては尊厳を破壊されてきた。

 主人公は彼女の自尊を奪った頑健な父親を殺す欲望に駆られ、その術を探る。

 少女は絵を描くことが好きで、各章は輝かしい思い出が様々な絵画に想起される形式で構成した。

 希望を託した綿密な計画の最終段階、自ら裁きを下すその直前に、主人公は手を止める。

 彼が最後に選んだのは、特別な主人公となり使命に殉死することでなく、ただ平凡な人間として生き続けること。

 

 簡単で、つまらない話だった。

 だからこそよかった。芸術とは単純で、簡素で、咆哮のような叫びであるのだから。

 文人を気取る真贋判別師モドキに媚びを売るだけの悟性があれば、然したる才能など必要なかった。


 物語なんてのは大抵嘘で、嘘の中に本当のことが混ざっている分タチが悪い。

 凝った設定や熱いストーリーテリングに価値を認める限り、僕らは無限から逃れられない。

 破壊することさえ破壊できないのなら、やはり、この世に生まれてきた意味などない。

 寸分の狂いもなく走る人生の秒針にメスを入れれば、それは物語となる。

 無論それは、総じて味気ないまやかしだ。

 

 表現することは匿名で誹謗中傷を繰り返すことと、どれほど違うだろう。

 芸術を語ることは無垢な他者を騙すことと、どれほど違うだろう。

 どれだけラヴ・ソングを歌ったって、きっと君に愛は届かない。

 いつか来ると信じた本番の為の疑似的な演習。

 人生の本番なんて瞬間を、人は知らぬ儘に死ぬのに。

 オルガズミックにサビを歌えたらそれで満足だ。僕らは用意された快楽のために生きているのだ。


 僕はあの日から君と会っていない。

 だから、自身の作品が雑誌に載った日に僕は一人あの山に登って、君の指を埋めた。

 手向けに、とびきり大きな石と太い枝を飾って。

 

 それは私の全体だと君はいった。その指が無ければ私は絵を描けないから、と。

 どこまでが君で、どこからが君でないのか。或いは僕以外の全てが君であるとしても、なんら、可笑しくはなかった。

 それは本当だろうか。或いは君がふと僕の目の前に現れて、表紙絵でも描いてくれやしないだろうか、なんて、暢気なことを考えていた。


 雨から逃げるように列車へ駆けこんだ春の日。

 自分の作品が称賛されているのに喜んだ夏の日。

 候補作に選考されたという連絡に涙ぐんだ秋の日。

 小説を書くことを楽しいと思った冬の日。

 

 あぁ、潔くもくだらない、あれは夏だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。