Artist
あれから僕は小説を書いた。
手渡された君の指の腐らないうちに、書かなければならなかった。
或いはそれが君の救いになると信じていた。
物語は簡単だ。
自殺した少女の仇を討つ話。
彼女は高潔な血筋に生まれ、日々優秀な兄と比較されては尊厳を破壊されてきた。
主人公は彼女の自尊を奪った頑健な父親を殺す欲望に駆られ、その術を探る。
少女は絵を描くことが好きで、各章は輝かしい思い出が様々な絵画に想起される形式で構成した。
希望を託した綿密な計画の最終段階、自ら裁きを下すその直前に、主人公は手を止める。
彼が最後に選んだのは、特別な主人公となり使命に殉死することでなく、ただ平凡な人間として生き続けること。
簡単で、つまらない話だった。
だからこそよかった。芸術とは単純で、簡素で、咆哮のような叫びであるのだから。
文人を気取る真贋判別師モドキに媚びを売るだけの悟性があれば、然したる才能など必要なかった。
物語なんてのは大抵嘘で、嘘の中に本当のことが混ざっている分タチが悪い。
凝った設定や熱いストーリーテリングに価値を認める限り、僕らは無限から逃れられない。
破壊することさえ破壊できないのなら、やはり、この世に生まれてきた意味などない。
寸分の狂いもなく走る人生の秒針にメスを入れれば、それは物語となる。
無論それは、総じて味気ないまやかしだ。
表現することは匿名で誹謗中傷を繰り返すことと、どれほど違うだろう。
芸術を語ることは無垢な他者を騙すことと、どれほど違うだろう。
どれだけラヴ・ソングを歌ったって、きっと君に愛は届かない。
いつか来ると信じた本番の為の疑似的な演習。
人生の本番なんて瞬間を、人は知らぬ儘に死ぬのに。
オルガズミックにサビを歌えたらそれで満足だ。僕らは用意された快楽のために生きているのだ。
僕はあの日から君と会っていない。
だから、自身の作品が雑誌に載った日に僕は一人あの山に登って、君の指を埋めた。
手向けに、とびきり大きな石と太い枝を飾って。
それは私の全体だと君はいった。その指が無ければ私は絵を描けないから、と。
どこまでが君で、どこからが君でないのか。或いは僕以外の全てが君であるとしても、なんら、可笑しくはなかった。
それは本当だろうか。或いは君がふと僕の目の前に現れて、表紙絵でも描いてくれやしないだろうか、なんて、暢気なことを考えていた。
雨から逃げるように列車へ駆けこんだ春の日。
自分の作品が称賛されているのに喜んだ夏の日。
候補作に選考されたという連絡に涙ぐんだ秋の日。
小説を書くことを楽しいと思った冬の日。
あぁ、潔くもくだらない、あれは夏だった。




