94話 忍者屋敷と包帯男
秋野に連れられ御庭番の拠点にお邪魔するため、商店街の裏通りを歩く。
先ほど俺が狙われたのは今日、商店街に来るという情報が漏れていて待ち伏せしていた可能性があるかららしい。なにそれ怖。
こんなことが毎日になってしまうと疑心暗鬼になってしまいそうだな。
なんとかならないものかね。
「あれ? ここって……」
案内されて着いた屋敷は陽キャ住職のいる寺の横だった。
何人かが屋根に上り雪下ろしをしているのが見える。
秋野が屋敷の門にリズミカルにノックをすると、内側から閂の外れる音がして扉が開いた。
「坂井様どうぞ。むさくるしいところですが」
門をくぐると二人の男が直立不動で俺を迎え入れた。
服の上からでも分かるぐらい筋骨隆々でいかにも強そうだ。
「ああ、ありがとう。門番の人も大変だな、こんな寒い日も出ずっぱりなんて」
「それが役目ですので、さぁ参りましょう」
「わかった、あ、でもちょっと待って」
不思議な顔をした秋野から離れ門番の二人に近付くと、さっき商店街で買ったベビーカステラが入った紙袋を手渡した。
「お勤めお疲れ様、ちょっと買いすぎてしまったからおすそ分けだ。何個か味見したけど餡子たっぷりでおいしかったから休憩時間にでも食べてね」
突然渡された紙袋と俺の顔を交互に見ては呆気に取られている二人を置いて、秋野に続き雪の積もる庭を抜けて屋敷へと向かう。
「……お気遣いありがとうございます。ですが、不要でございます。遠藤様より十分なお給金を頂いておりますので」
「うーん、寒い場所で待ち続ける辛さは俺も知ってるからさ。気持ち気持ち」
機械搬入の待機だったり、修理時間待ちで待つのには慣れてるが暑い寒いはまた心にくるからな。
差し入れぐらい渡したくなるさ。
「そうですか……」
困ったような表情を浮かべた秋野が開けた引き戸から玄関に入ると暖かな空気とともに、嗅ぎ慣れないお香の香りが漂ってきた。
思わず暖かさに頬を緩めると、玄関座敷に立てられた衝立の後ろから足音も立てず、以前見た時と同じ全身に包帯が巻かれた姿の頭領が現れた。
「これはこれは坂井様、ご無沙汰しております。なんでも商店街で刺客に狙われたとのこと、本日はこちらにてゆるりとお寛ぎ召されませ」
流石忍者、情報が早い。
携帯電話もない時代にこんなことされたらそりゃ相手のこと出し抜けるわな、一体どうやってんだろうか。
「ありがとう、秋野さんが居なければ危なかったよ」
そう言うと頭領の眉間に皺が寄った。
包帯の上からでも分かるくらいだ。
「まだ偽名を名乗っていたのか。咄嗟の時に命取りになる」
「確かにそうですわね、坂井様。私の真の名は一葉と申します。以後お見知りおきを」
「一葉さんか、改めてよろしくね。でも外では秋野さんと呼んだ方がいいでしょ?」
「ええ、もう少ししたら表からは身を隠すつもりですので、それまでは」
なんだかなぁ、そこらへんが引っかかるんだよな。
色々あるのはなんとなく分かるし、余計なお世話かもしれない。けど表で生きられるならそうすればいいのにな。
「こんなところで立ち話も何ですので、さぁさ奥へどうぞ」
二人に連れられ部屋に通されると既に火鉢の炭は熾されていた。
屋敷に入った時と同じお香の匂いがより強く感じられる。
外套を脱ぎ、衣紋掛けに引っかけると手で差し出された上座の座布団に座る。ふっかふかだ。
「先ほどから漂っているこの匂いはなにかのお香ですか?」
「ええ、代々伝わる少々鎮静作用のあるお香です。お嫌いでしたか?」
お茶を入れながら秋野がこちらを見た。
「いや、少し気になっただけだよ。嗅ぎ慣れない匂いだったものだから」
「……そうでしたか、であれば宜しいのですが」
お盆の上の茶托に湯気の出る緑茶の湯呑が置かれると頭を下げて礼を言い、一啜りした。
「ふぅ、やっと人心地着いたよ。ありがとう」
「それはよろしゅうございました」
包帯男が笑みをこぼした。
「そういえばさ、頭領に聞きたいことがあったんだ。もう遠藤から聞かれてることかもしれないけどいいかい?」
俺の言葉に頭領は笑っていた表情をゆっくりと戻す。
ゆるんだ部屋の空気も少し張りつめたような気がした。
「何なりと、今の我らがあるのは坂井様のお慈悲があればこそ」
重たいな、ほんと重たすぎ。
だけど一族を率いるってのはこういうことなのかねぇ。
「じゃあ、遠慮なく。以前に秋野さん……えー、一葉さんから聞いてた話と頭領のイメージ、想像があまりにもかけ離れててさ。失敗したら彼女の妹さんもろとも処分するとか、かなり冷酷だったって聞いたんだけど。そこんところなんでそんな急に心変わりしたんだ?」
目の前の頭領は何度も頷き、口を開いた。
「はい、坂井様が仰る通りでございます。何か良からぬことを企んでいると思われても仕方ないと思います。私は徳川家慶様の御代から闇働きを行ってまいりました、少々長く生きたとは言え、生きるために毛唐めに使われる時代がこようとは思ってもみませんでした」
「徳川家慶……えっと、確か十二代将軍だっけ。んん? 頭領って今何歳なの?」
「数えで八十になりましてございます」
目の前の男がどう見ても八十歳には見えない、歩き方も話し方もしっかりとしているし何より体から出ている雰囲気が年を感じさせない。
若さの秘訣はなんだろう、やっぱり忍者の秘伝とかか?
俺がじっと見つめていると、頭領は気にする様子もなく話を続けた。
「お恥ずかしいお話ですが、堪え性が無くなってしまったのでしょうな。黒船、桜田門外の一件、そこから始まった幕府の終焉まで。時代時代を何とかやり過ごしたは良いものの仕える主君は消え、親しきものは消え、果ては己の信念までも消え果てていたのです」
秋野を見れば俯いていて表情を窺い知ることはできなかった。
「なればこそ、あの一撃を身に受け、そして次代の王に仕える栄光はあまりにも眩しかった。磨き上げた力が苔生すことなく、御身のお役に立てるのであればこの太田左衛門。全てを捧げる覚悟でございます」
いろいろあって腐ってたところに空から撃たれたショックと遠藤の野望に脳を焼かれて今に至るってところか。この人も時代に翻弄された被害者ではあるんだよなぁ。
まぁ、それがこの姉妹を捨て駒にする理由にはならないけどな。




