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93話 余計なお節介と凄腕

 失恋してウザ絡みしてくる玉蔵のせいで、喫茶店でゆっくりと読書どころじゃなくなってしまった。カウンターで泣きながらカレーライスをやけ食いしている玉蔵の分の代金も支払って、そっと店を出た。


 今度はスパイじゃない相手をみつけてくれるといいんだけどな。あまりにも駄目だったら皆に協力してもらって誰かいい人の紹介をしてもらおう、その前に奴には自制心を鍛えてもらわないといけないが。


 でも、玉蔵が自分の彼女にバニーガールの格好させようと必死に頼み込んでいたのはあまり知りたくなかったぜ。……いや、別にお互い楽しんでいたなら良いんだけどさ。


 親父さん、ごめん。なんか息子さんが変な性癖に目覚めちまってたよ。


「好きな人ができたから別れたい、って話はいちおう玉蔵のことを気遣って言ったのかな……」


 もしそうなら、あなたの性癖にはもう付き合い切れません。とはっきり言ってあげた方がよかったんじゃないのか? 逆に。


「あの、坂井様……」


 腕を組んで考え込んでいると、小声で名前を呼ばれた。振り向くと喫茶店の脇の道に気まずそうな顔をした秋野がひっそりと立っていた。


「ああ、秋野さん。うちの馬鹿がなんか、ごめん」


「いえ! 元はといえば任務とはいえ、坂井様に近づくためにやってしまったことで結局、ご友人の玉蔵さんを傷つけてしまいました」


 ああ、やっぱり任務だったのか。

 俺たちのせいでごめんな、玉蔵。


「まぁ、カレーをやけ食いする元気があれば大丈夫だよ、それより玉蔵に酷いことされなかった? そっちも心配だよ」


「いえ、秋野さんに釣り合う男になる! と言って、いつも勉強をされていましたよ。とても優しくて、こんな人を騙すしか能のない女には勿体な過ぎます」


 秋野は目を伏せて応えた。


 ん? あれ、これまだ脈あるんじゃないか?

 ふむ……ちょっと確認してみるか。


「なぁ、秋野さん。御庭番とか俺の護衛とか抜きにしてさ、玉蔵と付き合うのって、アリ? あいつ、ちゃんと働いてるし結構いい稼ぎもあるよ?」


「えっ? 玉蔵さんはいい人ですし、将来有望そうですが……その……ことあるごとに私に変な服を着せようとするのでちょっと……あ、でも坂井様が見たいと仰るのでしたら……」


 秋野は何ともいえない顔をして、言葉を濁した。


 あ、ごめん玉蔵。

 やぶへびだったわ。


「いやぁ、ははは。ごめん、今のは聞かなかったことにしてね。まぁ、玉蔵にはまた良い縁が見つかるさ。ここにいたら玉蔵に見つかるかも知れないし、ちょっと離れようか」


 秋野に最後まで喋らせず強引に話を終わらせた。

 まさにお節介なおっさんそのものだったわ、反省。


「は、はい。わかりました」


 そう応えた秋野が俺の後ろの方に目配せすると背後から感じていた視線が、ふっと消えた気がした。


 もしかして、いつもこっそり御庭番が俺のこと護衛してるの? うわ、マジか、もう変な店いけないじゃん……


 二人で商店街の中ほどまで戻ると、笛の音やちゃかちゃかと鉦(かね)の音が聞こえてきた。ちょうどチンドン屋が新しくできた店の宣伝をしながら練り歩いているようだ。


 着物の女が腹の前に付けた大小の太鼓をリズミカルに叩き、その周りをちょんまげ姿の男が笛を吹きながら、おどけた動きをしていたりと見ていて飽きない。通りをゆく人達も楽しそうに眺めていた。


「とざいとーざい、とざいとーざい」


 俺がガキの頃には、たまに狸小路商店街で見かけたな。なんか懐かしいなあ。残念ながら令和の世の中じゃあ、もう絶滅危惧種だ。


 昔を思い出して足を止めると、スッと秋野が俺の前に出た。


 おや、秋野さんもチンドン屋を見たかったのかな。


 次の瞬間、秋野の手が素早く動くと指の間にぬらぬらと光る液体のついた針が何本も挟まれていた。


「手品?」


 そのまま、軽く手を振るうとチンドン屋の笛吹男がタイミングよく前に突き出した看板に全ての針が突き刺さった。男は秋野と看板を少し見てから、俺を見て笑みを浮かべた。


 何が起きたかよくわからず、俺も笑い返し軽く手を振ると笛吹男は怪訝な顔をしてチンドン屋の一行と共に去っていった。


 秋野はチンドン屋一行の姿が人の波に飲まれるまで見つめ、完全に見えなくなると俺の方を振り返り、息を吐いた。


「坂井様、今後は人混みは避けられたほうが宜しいかと」


「え、今の何だったの?」


「笛から飛ばされた毒針です、恐らく刺客かと。我らのほかにも乱破素破《らっぱすっぱ》がいるようですね」


「乱破素破……それ忍者じゃん。なんか俺、手を振っちゃったよ」


「ふふっ、なかなかの使い手でした。ですが、心配には及びません、私たちの方が上手《うわて》ですから」


 そう言って笑うと毒で濡れた自分の指を舐めた。

 その姿はなぜかやけに艶めかしく見えた。

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