91話 後悔と羊羹
燃えた薪がパチパチとはぜる音で目が覚めた。
天井にはシャンデリアが吊られ、視線を巡らせれば煉瓦で作られた暖炉の中では赤々と光る火が部屋を暖めている。
どうやら限界がきて気絶してしまった俺を会社の応接室まで運んでくれたようだ。
高級感のある毛足の長い絨毯の上に直接、俺が自室で使っているせんべえ布団が敷かれて寝かされているのは全くもって謎だが。
窓からは陽の光が差し込んでいる。
よほど疲れていたのか、ずいぶんと寝てしまったようだ。
寝起きの頭がだんだんとはっきりしてくると、飛行機で自分が決断したことが重たく頭をもたげてきた。
……人がいる建物に向かって大砲を撃ったことだ。
「自分の命が狙われたとは言え、殺されかけたら殺し返すなんて普通じゃないよな……なにやってるんだよ、俺」
正直、遠藤に言われたことは図星だ。
模擬弾と嘘をついているのも薄々気づいていた、あいつが人の罪悪感を軽くするように話す時は大体ろくでもないことを考えているのを知っている。
それにかこつけて撃ってしまった。
親しい人が狙われるかもしれない恐怖と怒り、自分の命をずっと狙われ続ける不安、理由はいくらでもつけられるが、自分自身で決断して撃った事実はどう足掻いても変わらない。
「頭領がいるって言ってたよな、あの家」
あんな攻撃を受けて、しまいには残った建物すら燃え出すような惨状ではいかに忍者だとしても生きているはずもない。
自分の心の弱さと、やってしまったことの後悔に自然と涙が出てきて布団を頭までかぶった。
「どうしたらいいんだよ、これから」
「どうもしなくて宜しいのでは?」
小さく呟いた声に聞き覚えのある声が応えたが、布団をかぶったまま身をよじった。
「あらあら、ずいぶんと意気地のない。坂井様らしくありませんわよ」
……何とでも言え、人を殺して平然としていられるお前とは違うんだ。あっちいけ。
「慰めるつもりはありませんのよ。私に貴方の気持ちはわかりませんもの。ただ、貴方がもたらした技術はこの先もっと、もっと人の命を奪いますわよ。冷酷に惨たらしく、女子ども関係なく」
「……」
……わかってるよ、そんな事は。
「だから、布団の中でうじうじ泣いてなどおらずにちゃんと相談しなさいな。案外、よい解決方法が見つかるかもしれませんわよ」
相談、か。
この先、自分を許すことは絶対にできないだろう。でも、俺がやってしまったことの償いや、悍ましい未来を止める手立てがもしかしたら見つかるかもしれない。
だが、誰に相談すればいいんだ? 考えてみれば俺の周り人殺ししかいなくないか? 到底まともな答えが返ってくると思えないぞ。
「ほ、ほら、私などで良ければ相談に乗りますわよ。これでも隊の皆からはよく相談を受けておりますし……」
論外だ。この女への相談なんて、どうしたら効率的に敵の息の根を止められるか、とか。意地くその悪い罠の仕掛け方ぐらいだろう。間違って相談でもしてしまえば後悔が増えるだけだ。
「却下」
「……」
そういって布団にくるまったまま背を向けると、頭に衝撃が走り、痛みに意識を手放した。
◇
……なんだろう、この浮遊感。
まだ夢でも見ているのだろうか。いや、この息苦しさは夢じゃない。
「坂井さん、なんで吊されてるんです?」
「……おろして」
遠藤の声が聞こえたので、か細い声で助けを求めた。
ぶつり、という縄を切る音が聞こえた瞬間、全身に重力を感じるとそのまま床に叩きつけられた。
「うっぐ! ……誰も俺を愛さない」
「なにを拗らせてるんですか、さぁ仕事ですよ。起きてください」
簀巻きにされていた布団をめくると部屋にはぎっしりと二十人はいるであろう男女が俺に向かって平伏していた。俺、いま寝間着姿なんだけど?
「……なにごと?」
「ほら、私たちの命を狙ってた御庭番ですよ。まぁ出るわ出るわ、一匹見つけたらなんとやらです」
「えぇ…」
確かに前列には秋野の姿も見える。
だが、気になるのはその横にいる包帯男だ。エジプトのミイラでもそんなに巻いてないんじゃない?
気になって見つめているとミイラがもごもごと口元を動かした。
「この度はお目通りさせて頂く機会を与えていただき誠にありがとうございます」
「はぁ」
なんのこっちゃ。
事態が把握できずに遠藤を見ると、腕を組み目を閉じて頷いていた。
「遠藤社長には御慈悲を頂き、我ら御庭番衆一同は遠藤様と坂井様の軍門に降る事となりました。御迷惑をおかけした坂井様には謝罪の機会を与えて頂き身に余る光栄でございます」
スッと秋野が大きめの木箱を差し出す。
「こちら、せめてものお詫び品でございます」
いや、五勝手屋羊羹って書いてあるけど人の命狙っておいて羊羹て。いや、銘菓だし好きだけども。あの端っこのガリガリしたところとか。
「あの天からの一撃を身に受け、考えを改めた次第です。これからは粉骨砕身、坂井様の護衛を務めさせて頂きます!」
え、このミイラマンって頭領の人? よく生きてたな、おい。
ってことは俺まだ人殺しではない? ……まぁ、人に向けて引き金を引いたことに変わりはないんだが。
再度、遠藤を見ると「ドチッ!」と盛大な舌打ちをしていた。




