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87話 資本主義とデモンストレーション

 変な目で見られたのは気になったが、彼女はぽつりぽつりと内情を話し始める。


 自分が元御庭番衆で今はアメリカ公使に雇われていること。俺と遠藤に近づき、正体が見破られたと思い排除することになったこと。


 頭領の命令は絶対で裏切れば制裁が待っていること、失敗したのでアメリカ公使館に忍び込んでいる妹もろとも死が待っていることも話してくれた。


「御庭番って徳川幕府の忍びかよ、明治になっていなくなったのかと思ってた。それにしても失敗したら命で償うとか時代錯誤も甚だしいな」


「ええ、今残っているのは代々仕えてきた家系の者たちだけです。貴方が思っている以上に私たちを縛るしきたりというものは強いものなのです」


 彼女の顔には諦めに似た表情が浮かんでいた。

 だからすべてがバレたと思って飛び降りようとしたのかよ、無茶苦茶だな。


「そのしきたりとかしがらみを軽く見るつもりはないけどさ、仕事が上手くいかないからって少なくなった仲間うちで殺しあってちゃどっちにしろ長くはないだろ」


「耳の痛いお話です、ですが我々はこれ以外に生き方を知らないのです」


「ふー、聞いてたか遠藤。ここまであけっぴろげに話してくれたんだ。秋野さんとその妹さんくらいは助けてあげたいんだけど駄目? 一応、玉蔵の彼女みたいだし」


 数秒の沈黙の後、遠藤の声がスピーカーから流れた。


『玉蔵さんの彼女かどうかは置いておくとして、貴方は相変わらず甘いですね。その女が話した内容が本当かどうかすらわからないのに。……ですが、まぁいいでしょう』


「おお、話が分かるな。じゃあ、着陸したら雇い主のアメリカ公使に話つけに行くか」


『馬鹿なことを言わないでください。相手がそう簡単に認めるわけないでしょう。それにもっといい方法がありますから私に任せてください。──秋本さん、地上との無線は使えますか?』


 ◇


 ──アメリカ公使館


「何? 新しい飛行機が飛んでいるだと?」


 遠藤の使いの者が持ってきた紙を奪い取り、目を通すとアメリカ公使ウィリアムの自慢の口ひげが震えた。


「その紙にはなんと書いてあるんだ、青二才」


 一人掛けのチェアーに足を組んでコーヒーを飲んでいた常駐武官のリチャードが憮然とした態度で尋ねた。


(人のことを青二才青二才と、くそ爺がいい加減にしろよ)


「こうあります、『本日、世界二機目の飛行機をお披露目中です。楽しいデモンストレーションもご用意しておりますので、皆様こぞってご観賞ください』だ、そうです」


 口を開けば出てしまいそうな罵倒の言葉を唾とともに飲み込み、なんとか内容を読み上げた。


「なんだと!? お披露目中だと? 今この瞬間にも、もう空を飛んでいるということか。おい、そこの女! 厩務員(ステーブルハンド)に馬を回せと伝えろ!」


 リチャードがソーサーに手に持っていたカップを叩きつけるように置き、上着を手に取って立ち上がった。


「……今すぐ行かれるのですか? どうぞ、お気をつけて」


「何を言っているんだ、お前も来るんだ! 青二才!」


 信じられないほどの馬鹿を見るような顔をしたリチャードが怒鳴った。


(いちいち煩い爺め、こっちはとうに手を打っているのだ。確かに飛行機は脅威だがそんなに慌てることなどないのだがね、武官には品性と知能が足りてなければなれないのか)


「わかりましたよ、今準備するとしましょう」


 急かすリチャードにあてつけるようにゆっくりと上着を羽織った。


 ◇


『ああ、そうだ。その丘の上にある洋館と土地の権利書だ。役人に鼻薬を嗅がせて裁判所の登記簿を書き換えておけ、後でどうにでもなる』


 遠藤が操縦しながら無線で地上にいる手下と次々に連絡を取っていた。スピーカーからは話している内容が逐次聞こえてくるが不穏な単語のオンパレードだ。


『観客には二町(200m)離れるように伝えて警備に人を立たせろ。ああそれとアメリカ公使館にいる使用人が建物から出られないようにしておけ、こちらが着陸するまでネズミ一匹通すな』


「なんだか物々しいな、何か俺が手伝えることあるか?」


 なんだか手持ち無沙汰だ。

 俺の頼み事だし手伝えることがあればいいけど。


『じゃあ、そこにいる女に拠点の洋館には頭領の他に人がいないか聞いてもらえますか』


「ああ、それくらいならお安い御用だ。秋野さん、そういう話だけど、そこに頭領の他に誰か居る?」


 御庭番が拠点にしている館は元々アメリカ人の持ち物らしい。だだっ広い丘の上に牧場を開いたはいいが、ここ数年起きている冷害の影響で経営が上手くいかず、他の人の手に渡ってしまった物件だということだ。


「いえ、あそこにいるのはあの男だけです。普段はその洋館の地下にいるはずです」


「……だそうだ、でも何をしようってんだ?」


『ふふふ』


 あ、なんかものすごい嫌な予感がする。

 自分で聞いたことに後悔しそうなほどには嫌な予感だ。


「やっぱ聞かな──」


 俺の言葉を遮り耳元のレシーバーから愉快そうな声が聞こえた。


『坂井には洋館を大砲で撃ってもらいます』


「え? そこって人がいるんだよな、大丈夫か?」


 いくら悪人だろうと有無を言わさず殺すのはちょっと……。


『大丈夫ですよ、撃つのは模擬弾ですからちょっと地面が抉れる程度です。でも、こちらの力を見せつけるには持ってこいでしょう?』


 ……本当に聞かなきゃよかった。

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