84話 実践と不意の一撃
高度計の針が細かく揺れながら6500ftを指した。
少し寒くなった気がするが大した揺れもなく順調に飛行している。
『──対気速度400km! ピトー管も正常に計測できています!』
『──撮影班、もっと狙って撮れ! そうだ! 衛戍地は念入りにだ!』
『──長瀬君、地上との通信はどうだね』
『──雑音が多く、通信できません! 接続ランプはついているのですが……』
次々にレシーバーを通して技術員の声が飛んでくる。
一部不穏な会話が聞こえたが聞こえなーい。ただ航空写真撮ってるだけだ、多分。
「遠藤さん、この後はどうするんだ? 試験飛行って言うからにはこの後、何かするのかい?」
片手で操縦桿を持ち、備え付けられたクリップボードに燃料の計算を書き込んでいた遠藤が振り返る。
「ええ、実際に飛べるのは貴重な機会ですからね。このまま10000ftまで上昇します。人類未踏ですよ、ふふふ。腕が鳴りますね」
なんだかんだ言って一番が好きだよな、こいつも。
「まぁ遠藤さんの設計なら大丈夫だと思ってるが、無茶すんなよ」
「ええ、設計上では26000ft──」
『ザザッ──そっちに坂井君はおるかね、ちょっと見てもらいたい現象があるのだがこっちに来てもらえないかね』
突然の呼び出しに遠藤が話しかけていた口を閉じ、笑みを含んだ視線を送ってきた。
「秋本さんも張り切ってんな、ちょっくら行ってくる」
「ええ、何かあればレシーバーに話しかけてください、そうだ10000ftまで上がったら大分、寒くなるので気を付けてください」
「了解」
坂道の様に傾いた狭い通路を抜け、勝手につけられたと思われる『無線室』の木の表札を見て噴き出した。横に『責任者長瀬』と明らかに手彫りで『最高責任者秋本』って彫ってある、おまえら喧嘩すんな。
「来ましたよっと。どうしたんです?」
「おお、待っておったよ。どうにも雑音が多くて地上と通信できないのだ。こうバリバリバリーという具合でな」
「あー、ちょっと聞かせて。ああ、なるほど、『遠藤さんー、スロットルレバーちょっとだけ戻してみてー』」
機材に繋がれたヘッドホンを耳に当てると聞くに堪えないノイズが垂れ流されていた。
『了解、上昇中だから本当に少しだけですよ』
「『あいあいー』ほら、聞いてみてください。音変化してませんか?」
エンジンの回転数を落とすと、雑音の間隔が変わっている。
ということは、エンジン系統からノイズを拾っているのかもしれない。
「おおっ! さっきより間隔が開いている。ではこれはエンジン由来ですか?」
長瀬君も熱心だね、エンジンというより発火タイミングかな。馬鹿デカエンジンだから影響も凄そう。
「詳しくは分からんが、おそらくね。よくあるんだよね、ボイラー室の発電機の近くに通信線通すとこんな感じになることが」
「いやはや流石だ、まさに実践に勝るものなしだな! では坂井君、影響の少ないところまで本体と通信線を持っていってもらえんか? 有線の子機をこっちに置いてみるのでな」
長瀬からミカン箱段ボールくらいの木箱を両手で受け取る。
うっ、結構重い。これにケーブルも入れたらかなりなもんだな。
「えぇ俺かよ、まぁいいけど。ここから一番影響受けにくそうなとこって言ったらどこさ」
「それは機尾のあそこだな、四方を厚い鉄板に囲われておる」
秋本が指さしたのは『砲撃室』と書かれた表札だった。
マジで武装も完璧なガンシップかよ……
遠藤さん、あんた何と戦う気なんだよ。
いや、たぶん、なにも考えてないんだろうなぁ、聞いたら「浪漫です」とか返事が返ってきそう。
とぐろを巻いたケーブルを腕に通し、砲撃室に向かった。
◇
機体後部、砲撃室の大砲の影。
歯を食いしばりながら小刻みに震える影があった。
(気持ち悪い、頭が割れそう……凄く……寒い。この小さい窓から見える旭川の街はもう茶碗のご飯粒よりも小さい……こんな状態で奴らを本当に倒せるの?)
手の中の冷たい苦無を力なく握りしめた。
(……いや、弱気になるな!)
だんだんぼんやりとしていく頭に喝を入れるように壁面に頭を打ち付ける。
目の奥に光が走り、額からは熱い一筋の血が垂れた。
(……これで、何とか持ちこたえられる、今は機会を待つのよ。今動き回ってる奴らも着陸時にはみんな椅子に座る、その時を狙って二人を──)
その時、扉が開く音が聞こえた──
◇
「うー、さみー。なんか耳がおかしいな、あーあー。よし。唾飲んだら直った」
隔壁のような分厚い扉を、閉められるところまで閉めてケーブルを跨がせた。
あとはこの機材の箱を一番奥側に置けば──
あれ、なんでこんなところに人が? しかも、なんか怪我してないか?
「あの、血が出てますが、大丈夫ですか? 立てますか?」
「……」
反応がない、打ち所が悪かったのかもしれない、これは不味いな。
一旦箱を置いて隅に座り込んでいた人に手を伸ばすと、風を切るような音が聞こえ右手に熱が走った。
「熱っ、なん……なんだこれ」
見れば、ぼたぼたと血が流れ、手の平にクナイが突き刺さり貫通していた。




