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82話 我が子と忍者

 指定された副操縦席に座ると同時に機体全体が揺れ出した。

 どうやら機体を載せたエレベーターが動き出したようだ。


 少し曇ったフロントガラスへ壁面で回転するライトの光が反射しては通り過ぎてゆく。


 コックピットを見渡せばいたるところにトグルスイッチが取り付けられ速度計、燃料計、高度計といった計器も設置されていた。


 まるで昔のアニメに出てくる宇宙船みたいだな。

 これでワクワクしない男はいないはずだ。


 後ろを振り向いてみれば、操縦席の後部に備えられた席で観測員とみられる恰幅の良い女が必死に計器を見てチェックを繰り返している。


「坂井さん、そこにあるレシーバーを頭につけてください。本体が少し重たいですが肩掛けのベルトで吊るせばそんなに気になりませんよ」


 遠藤が指さした先にはヘッドセットと線でつながった箱が鎮座していた。

 箱にはどこにも線がつながってない。アンテナのような棒が飛び出しているだけだ。


「これ、もしかして無線で通話できたりするの?」


「ええ、もちろん。秋本さんお手製です。機内だけで使う仕様なのでここまで小型化できたと自慢げに言ってましたよ。まだ若干雑音が混じりますがね」


 いくら金と知識があっても半年経たずにここまで実現させるとか明治時代の人たちの情熱って凄すぎない?


「いろいろ聞きたいことが多すぎるんだけど、燃料はどうしたんだ?」


「それなら石狩にある油田を買い取りましたので、毎日荷馬車で精製された油が工場に届いてますよ」


 なんだこいつ石油王じゃん!


 こいつが経済を牛耳れば本当に北海道を独立国にできそうだな、全く興味はなさそうだけど。


『ザザッ──こちら第一誘導! 現在、向かい風2メートル、異常なし!』


「了解。観測継続されたし」


『こちら第一整備! エレベータ固定後、各エンジンへ始動車を回します!』


「了解。エレベータ固定、厳に確認されたし」


『こちら第二……』


 エレベーターが地上に近づくにつれ、フロントガラスから差し込む陽の光が強くなってきた。

 同時に、地上連絡員からの通信が次々とコックピットのスピーカーから流れる。観測員は応答しながら、クリップボードに鉛筆で情報を書き込んでいた。


「流石元交換手、手際が良くて結構結構。適材適所とはまさにこのことですね」


 いい人材と見れば、どこからでも引き抜いてくるんだな。

 この人もまさか自分が飛行機に乗るとは思わなかっただろうけど。


「そういやなんで自分で操縦するなんて言い出したんだ? この前まで乗らないって言ってたのに、どんな心変わりだよ」


 俺の言葉に目を閉じゆっくりと頷いた。


「ええ、確かに。私も最初は自分で操縦するつもりなんて、さらさらなかったんですよ。本当の意味での初飛行試験など、万全を期しても何が起きるか分からない。ですが、私が一から設計して日々成長し、綺麗になっていくこの子を見て、もう他の男に乗らせる気が起きなくなったんですよ!」


 話しているうちに興奮したのか、ハァハァと鼻息を荒げている。


 ……うん、気持ちは分かるけど言葉にすると気持ち悪いな。

 絶対他では言うなよ、そんなこと。


「それに、きっかけを作ってくれた坂井さんにも私の操縦するこの子に乗って貰いたかったですから。あなたがいなければこの子は生まれなかった……」


 振り向いた遠藤は俺の右手をがっしりと両手で掴みながら震えていた。頬は紅潮し、目じりには涙まで浮かんでいる。


 ……だから、もうちょっと言い方に気をつけろよ?

 後ろの女がなんか俺たちを変な目で見てるのに気付け。


「おおぅ、どういたしまして」


 掠れた声で返すのがいっぱいいっぱいだった。


 ◇


 ──坂井が飛行機に乗り込む少し前


 アジトとしている古い洋館から出た後、あの男が遠藤社長に呼び出されて、今は本社に向かっていると仲間から連絡を受けた。


「ハッ、ハッ……!」


 息を切らして本社の裏口に飛び込むと、仲間の受付嬢が血相を変えて制服を差し出してきた。


「急いで! あの男が社長に呼ばれて、今二人で社長室にいるわ」


 アジトでの頭領からの無茶な命令の直後、渡りに船の報告だった。

 私は制服をひったくるように受け取り、更衣室へ駆け込む。


(殺るなら今しかない。密室で二人そろっているならば好都合だ)


 乱れた息を整え、すれ違う社員に受付嬢として自然な会釈をしながら社長室へと急ぐ。だが——ドアをノックしても反応はなく、中から人の気配も感じられない。


 ドアノブを回そうとしたが鍵がかかっていた。廊下側には鍵穴すらない。

 急いで女子便所に入り、天井にある換気口から天井裏に入り込むと社長室を目指した。


 天井裏は配管がむき出しになっていたが、人ひとりが這って進むだけの隙間はあった。ようやくたどり着いた社長室の天井から中の様子を窺うが誰もいない。


(そんな、馬鹿な! 内側からしか鍵が掛けられないのに煙のように消えるなど不可能だ)


 部屋を歩き回り、手がかりを探していると空気の流れがおかしい場所を見つけた。

 ほんの僅かな違和感だったが近づき舐めた指を本棚に近づけると確かに風を感じる。


(本棚の後ろに部屋があるのか?)


 よく見れば壁と本棚に少し擦れた跡が残っているが押しても引いてもびくともしない。


 おじい様の家にあったからくりを思い出しながら、どうにか本棚を動かす方法を探しているとやけに背表紙の上部が擦れている本を見つけた。試しに引いてみると本棚が左右に割れ奥に柵が見える。柵を開けて下を覗けば小さな灯りが見える。どうやら昇降機の籠は下にあるらしい。


 今、女工として潜入している工場に秘密の区画があることには気づいていた。他の仲間も探っていたが未だに見つけられない秘密の場所。


(これがその場所に通じる入り口だっていうの?)


 脇に垂れ下がる縄を掴み、足で壁を押さえながら、ゆっくりと地下へ降りていく。

 時折、下から吹き上げてくる風が体を揺らす。


(落ちれば即死だ……)


 何とか着地し、奥につながる細くて狭い通路を抜けると、あまりに現実感のない光景に絶句した──


 そして恐怖した。


 あの二人が何を企み、この先何をしようとしているのかを考えるだけで体が震えだしカチカチと歯が鳴った。自分の体を抱きしめ震えを抑え込むまでに少しの時間が必要だった……

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