80話 過去の遺物と秘密基地
薄暗い洋館の一室、全ての家具にはシーツが掛けられ床にはうっすら埃が積もっている。
その中で、唯一シーツが取り払われている革ソファーに男が一人、先ほどまで秋野と呼ばれた私を睨みつけていた。
「それでぇ、おめおめと逃げ帰ってきたってか。ほんと使えねぇなぁ、てめぇ」
「……ですが!」
「ですがも、なにもねぇんだよ馬鹿野郎。持ってきたネタも古いしよ、アメリカもロシアもあのイカレ野郎に尻尾振ってんのはとっくのとうに知ってんだ。まぁアメリカの公使は別だがな」
アメリカの公使館には妹が使用人として入り込んでいるはずだ。
ロシアの方にも仲間が潜り込んでいるのかもしれない。
「たっぷり前金を貰ってんだ、それ相応に働きを見せにゃ金づるだってすぐに枯れちまうわなぁ」
「だからと言って、アメリカ人に従うなど……」
男はうんざりした調子でため息をついた。
「馬鹿が、何度も言わせんな。俺たちが見限ったわけじゃねぇ、幕府も政府も俺たちを捨てたんだ。なら本業にたち戻って何が悪い。たとえ雇い主が毛唐だろうが関係ねぇ、そうだろ」
男の言っていることに間違いはない、だが心の中に僅かに残った一族の誇りが燻っていた。
「いちいち口答えしやがってよ、俺の親父の代ならお前もう死んでるぞ。それとも今ここで俺が殺してやろうか? 影働きができなくなった御庭番に用はねぇんだからよ」
「……!」
頭領の殺気に喉が締まり、息を吸うことさえできなくなった。
「ふー、マジで殺しちまうか。妹も大した働き出来ねぇし仲良く一緒にな。姉妹揃ってこの出来損ないがよ。色でもなんでも使ってネタ仕入れてこいってんだよ」
そう言い終わると一瞬で殺気が消えた。
「ぜー、はぁー、ごほっ、お願いです妹だけは」
「じゃあ、やることやれよ! てめぇのツラ割れてんなら、あの坂井とかいうイカレと遠藤って親分を殺ってこい、一週間だ。それまでにかたぁつけられなかったら、お前らを熊の餌にするからな」
「……はい。必ず」
追い払うように手を振ると男は目を閉じ、足元にあったカウボーイハットを顔に被せた。
(もう何も弁明は聞かないってことね。この男は殺すと言ったら必ず殺す、なんとしてでも勤めを果たさなければ)
◇
コーヒーを飲み終わる頃、遠藤から工場への呼び出しの電話がかかってきた。
だから寝てないって言ってんだろ、殺す気か。
今、世界中から飛行機のパトロンになろうと金が流れ込んできている。それを流用して遠藤が次々に会社を立ち上げた。まだ名前だけの会社も多いが遠藤重工、遠藤電機、遠藤製薬と業態も幅が広い。
国に目を付けられそうな競馬経営は雇われ社長を据えて令和で言うフロント企業のような形態している、他にも色々とあるようだが。
ちょっとネタを教えただけでモノにするのは流石としか言いようがない。
工場入り口を警備する守衛が運転するサイドカーに乗り、出来立ての本社に着いた。横でエンジンを聞いていたがアイドリングも安定していてエンジンはもう実用レベルだ。でもタイヤかサスペンションがまだまだだな、尻が痛い。
「はー、ようやくついた。送ってくれてありがとう、こんなに広いと警備大変でしょ?」
「大変は大変ですが、この愛車を運転できるから苦じゃありませんよ。一日中走っていたいくらいで」
守衛は笑って自分のバイクを撫ぜた。
いいなぁ、愛車。
入り口にいた美人の受付嬢に案内され、社長室とプレートが貼り付けられたドアをノックするといつもの調子の声が返ってきた。
部屋に入ると窓際に立っていた遠藤は発表会の時とは違い、シンプルながらも仕立てのいいスーツを着ている。細マッチョだから着れる服だ、俺には無理。
「遅いですよ、坂井相談役。呼んだらすぐに来てもらわないと」
「無茶いうなよ、勝手に相談役なんかにしやがって。俺だって忙しいんだ。それにここ広すぎなんだよ! 」
捲し立てる様な俺の態度に、何がおかしかったのか腹を抱えて笑いだした。
「……いいですね、あなたは変わらない。それはそうと見せたいものがあるんです。着いてきてください」
笑いすぎて涙がでたのか目じりを拭いながら部屋の本棚に向かうと分厚い辞書を手前に傾けた。
途端にどこかでエンジンが動くような音と共に本棚が左右に動きエレベータが現れた。豪奢な飾りの柵を開ければ小さいが十分に二人は乗れそうだ。
「なんだそれ!? すげぇ!」
俺の声に、得意満面な笑みを浮かべて両手を広げると自慢げにしている。
「秘密基地みたいでいいでしょう。坂井さんもこういうの好きでしょう?」
「大好き! つか、秘密基地って言うか悪のアジトって感じだな」
「いいですね、悪のアジト。あながち間違ってないから笑えます。ほら乗ってください」
ぐんぐん下がっていくエレベーターに不安を覚える。
確か少し小高い丘になってたよなここ、勝手に地下まで掘ったのか。
チーン! という音と到着した振動で体が揺れた。
まっすぐな通路の奥には明るい光が見え、工作機械を動かしているような音と人の声が聞こえてくる。
唾を飲み込み、等間隔に設置された電灯の下を進む。
地下を一望できる手すりまで歩くと、あまりにも現実感のない光景に片言の言葉しか出てこなかった。
「遠藤、これ、お前……」
遠藤を振り返ると、凜と同じように口角を上げてずらりと並ぶ飛行機を見つめていた。




