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8話 蕎麦打ち職人(偽)

「まんず中越の駅逓に着くぞ、今日は屋根の下で休めるべ」


 既に日は傾き、早朝から歩き通しで服に染み込んだ汗が寒さを助長させる。

 道を行く人々も心なしか足早だ。


「ようやくか、何とか休憩所に着けそうでホッとしたわ」


 いやー、北見峠は強敵でしたね。

 道路があるとはいえ坂道は急だし地面に穴は多いし、2人で荷馬車の後ろを押しては進みの繰り返しだった。

 下りはブレーキをつけたおかげで割とスムーズに行けたけど。


 小休憩を取るたびに目に入る脇道の不自然な土と草の盛り上がりと、そこらに散らばる錆びた鎖。

 こんな山に突貫で道を通すとなれば、そりゃ人が死にまくるわ。

 玉蔵曰く、これでも熊や狐にほじくり返されてるからそんなに残ってないとのこと。


 そう言って気にすることなく、その横の倒木に生えているボリボリ(ナラタケ)と落葉きのこを取っていた。

 まぁ、綺麗ごとじゃ生きていけない世界だわな、それにしても立派なキノコだ、でかした!


 中央道路は意外と人通りも多いし、少し開けた場所なんかには物売りや地元の農民が茣蓙の上で野菜なんかを売っていた。

 買おうとして1円札出したら「釣りがねぇ!」って怒られて玉蔵に建て替えてもらったけど。

 色々買いすぎだと言われてしまったが、譲れねぇものがあるってもんだ。

 それにして、旭川着いたら細かく両替しないとなあ。


 峠を下りてからは割と平坦な道だったから、修理の基本について話をしながら歩くと、道の奥に明るい一角が見えてきた。


【第九号 中越駅逓所】と、でかでかと描かれた看板の横を通り、広場に入ると結構な賑わいだった。

 屋台のような出店まで出ている、冬前は誰にとっても稼ぎ時らしい。


「着いたー!もう足が棒だよ、棒」


「なぁに小鹿みたいに震えでんだ?ほれ、いくべ」


 馬留に馬をくくり干し草を地面に置くと、もさもさと食べ始めた。

 腹を撫でて「ご苦労様」と言っても、こっちを一瞥だけしてもう食事に夢中だ。


 使用人に金を渡すと札を貰った、荷馬車も24時間交代で見ていてくれるようだ。

 ここは結構ちゃんとしてるところらしい。


「取扱人に届け出してっから、荷物見ててくんちぇ」


「わかった、飯の準備もしとく。帰ってきたら煮炊きできるとこ教えてくれ。」


「あいわかった、じゃ」


 そういって奥の建物に走っていった。


「じゃあ、冷えた体に嬉しいものでも作りますかね。いいキノコもあるしな」


 ここまでの道中で手に入れた食材を吟味していると玉蔵が戻ってきていた。

 我ながら、飯のこととなると時間を忘れてしまうな。


 案内された炊事場には竈もあるし、水がめにもたっぷり水が張ってある。

 なんでも、取扱人は国から委託された地元の名士だから、管理には気を使ってるとのこと。

 ここで争いごとなんて起こそうもんならどうなるかは聞かなくてもわかった、怖っ。


 さて、腕によりをかけて作らせてもらいますか。


 ◇


 綺麗に手を洗って頭に手拭いを巻き付けると備え付けの机の上に食材を並べた。


 そば粉、小麦粉、ぼりぼりに落葉、ねぎ、しょうゆに昆布と鰹節の欠片、俺の甘口日本酒がみりんの代わりだ。


 きのこは採ってすぐビニール袋に入れて塩水で漬けておいた。

 さっと茹でると良い塩梅だ。


 工具バックに入っていたフィルター用のステンレスメッシュを煮沸消毒してから、粉類をふるいにかけた。

 見ただけでも、それなりにもみ殻とか石とか入ってるんだよな、取り切れない砂はまぁご愛敬だ。

 そのまま使えてた現代が懐かしい。


 こね皿なんて上等なものはないから、まな板の上で水回しをする。

 おっさんの趣味がここで生きるとは人生何が起きるかわからんものだわ、中年の蕎麦打ちはタイムスリップが起きるかもしれないから義務にした方がいい。


 捏ねた生地は麺棒がないから酒の瓶を転がして押し伸ばす、粉を打ちつつ折りたたむとなかなかいい出来具合だ。

 とりあえず固く絞った晒しをかけておこう。


 昆布を入れた鍋は沸騰しないうちに火から外しておくと、得も言われぬ磯の香りが漂ってくる。

 こんな内陸で道南の昆布が手に入るとは思わなかった、明治なら天然ものしかないだろうから香りも強いし良い出汁が出そうだ。


 昆布を取り出し、再度鍋を火にかけ沸騰させる。

 そこに削った鰹節を晒しに包んで入れ少ししたら引き上げる。


 よし、昆布の風味を消さない程度にできたと思う。

 醤油と酒を入れてひと煮立ちさせれば、つゆは完成だ。


 昆布を細めに切り、さっきの鰹節と菜っ葉と一緒に小鍋で軽く炒める。

 小皿に盛り付けると一品完成だ。

 洗った小鍋にはまた湯を沸かしておこう。


 さて本命だ。


 生地に板を当て包丁で細く切っていく、麵切り包丁じゃないから多少のいびつさは勘弁してほしい。

 ぐつぐつと煮だっている大鍋にほぐしながら、少しずつ入れていくと麺が湯の中を踊る。

 ガスとは違い火加減が難しいが、なんとかなるものだな。


 玉蔵が桶に汲んできてくれた水に、ゆで上がった麺を移して洗う。

 ぬめりが取れた麺を湯通しして盛り付けて熱々のつゆをかけてキノコとネギをのせれば、秋の山菜蕎麦が出来上がりだ。

 湯気を上げる蕎麦はランタンの灯りに照らされて神々しさすら感じさせる。


「出来上がりだ、食おうぜ!ってうわ」


 なんか周りに人だかりができてんだが、なんだ、おい。


「そら、兄ちゃん。こんなにえぇ匂いさせてたら何してんのか気になるべぇ」


「美味そう……」


「いい手際じゃった、どこかの板前かね」


 いやいやそんなもの欲しそうな目で見られてもなぁ。


「褒めてくれるのは嬉しいけど、せっかくの蕎麦が伸びちまうから食っていいか」


「ああ、すまん。食べてくれ食べてくれ、それで食い終わったらお願いがあるんだがね」


「ああー、大体想像つくわ。いいよ、まず飯を食わせてくれ」


 人に見られながら食うのは気になるが一口すすれば何も気にならなくなった。

 いや、これうっま! ほんとに美味い! 俺、蕎麦屋が天職かもしれない。

 瓶詰じゃ味わえない、採りたてのぼりぼりのサクサクとした食感、落葉キノコもいい味してるわぁ。


 横を見れば玉蔵が泣きそうな顔しながら頬張っていた。

 うまかろう、うまかろう、俺の蕎麦はうまかろう。もっと食え。


 昆布と菜っ葉の炒め物も濃い目の味だが汗をかいた体に染み渡るうまさだ。

 そこへ辛口の酒を一口、あぁーもう溶けそう。


 周りの奴らの唾を飲み込む音が聞こえた。


 俺たちの食いっぷりを見た他の客にそのあと蕎麦や飯を作らされたのは言うまでもない。

 もちろん銭はたんまり貰ったが。

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