75話 質疑応答と異名
私は憂いを持った顔を作り、騒然となった会場を見渡した。
酔った坂井が現役の将校に返した内容に、内心笑いが堪えられない。誰も見ていなければ手に持ったマイクなんて投げ出して、床に転がり大笑いをしていたところだ。
もちろん、この場はただのお披露目会ではない。
飛行機はただ人や荷物を運ぶだけのものではなく、新時代の兵器だということを認識させ骨身に染みさせるために、わざわざ人を呼び寄せ、この場を設定したのだ。
国と国を結ぶ? 大いに結構。だが、現実的に金を生むのは人の悪意だ。そんなことは物心がついた頃には知っていた。
だからこそ誰よりも強く、空に憧れた。
今でも一人で空の果てに飛んでいければ、しがらみも自分の罪すら忘れることができると信じている。
そして、それが実現となる日も近い。
やさぐれて酔っぱらった坂井が思った以上にいい仕事をしているのもうれしい誤算だ。あいつは素面で専門外の軍事知識なんて語らない男だ。
翻訳された内容を聞いて激怒するアメリカ記者、坂井を凝視する雇われ外国人、そして坂井の発想を理解してしまった軍人ども。
彼らが先ほどまで飛行機に向けていた輝かしい未来と純粋な憧れは、すでに畏怖と嫌悪に変わりつつあった。
坂井に質問した将校はテーブルに置かれたグラスからワインを飲み干し、問答を繰り返している。彼の元には周りの者たちから質問が書き込まれた紙切れがどんどんと送られてきていた。
「では、国の首領を直接叩けるようになるということかね。相手が地下にでも隠れたらどうするつもりかね」
「んー、こっちしか飛行機持ってないんだからできるっしょ。地下ー? 地下で爆発できるんじゃない? 知らんけど」
空になったビール瓶を逆さにして雫をなめる坂井の態度と無責任な発言に将校のこめかみには青筋が浮かんでいる。坂井の回答に少し補足してやろう。
「残念ですが、可能です。地下五十メートルまで潜り、しかる後、遅延信管で爆発する爆弾は理論上作れます」
わざとらしく、さめざめと涙を流しながら事実を述べると一段とざわめきが大きくなる。
「相手の国を直接攻撃するなんて人道に悖る行為だ! 無辜の民を焼き払うつもりか、君は!」
うつらうつらしている坂井を指さし、男が正義について大声で糾弾する。
どこの記者だ? 人道ですか、西洋人はアジア人を人と見ていないのによく言えたものだ。
「うぃー、なに? 俺が無差別爆撃でもすると思ってんの? やんねぇよ、軍人じゃねぇし」
無差別爆撃という衝撃に言葉を失い、男が口をパクパクさせていると坂井が言葉をつづけた。
「爆弾の代わりにお菓子でも撒いてやればいいんじゃないのー。おーい、ビールお代わりちょうだいー」
酔っぱらいの戯言を笑う輩はもう一人もいなかった。
『空中から撒く』というキーワードで彼らから聞こえてきたのは兵の輸送、補給物資なんて声だった。
だが、若い将校が青ざめた顔で叫んだ。
「もし、その菓子に毒が入っていたら!」
「ん-、あんた怖いこと考えるねー。そりゃ、できるけどやっちゃだめでしょ、人道にもブシドーにも悖るってやつじゃない? 枯れ葉剤とか絶対ダメー」
「枯れ葉剤!?」
坂井が教えてくれた、未来の戦争でアメリカが使ったというものか。
世代を超えて引き継がれる呪いだと。
坂井へ質問をするごとに新しい戦略や悪辣な戦術がポンポンと出てくると、飛行機が死を運ぶ化け物に見えてきたのか、記者たちは一歩引いたような顔を浮かべた。それとは逆に軍人たちはギラギラと油が浮いたような目で鈍く銀色に輝く飛行機を凝視していた。
それはそうだ、飛行機は世界でこれしかなく、対抗手段が存在しない圧倒的な優位性を持っているのだ。
様々な思惑がうごめく中、老齢の将校が口を開く。
「……なるほど、わかったぞ。あの男、酒に飲まれたふざけた男だと思っていたが、もはや正気では居られんのだな。未来を見通せる目を持つのも残酷なものだ」
その言葉を聞いた、敬虔なキリスト教徒の記者がついに酔いつぶれテーブルに突っ伏し、いびきをかいている坂井に向かって祈り、十字を切っていた。
「彼の者の罪を赦し給え。われらを試みに引き給わざれ、われらを悪より救い給え。アーメン」
後日、遠藤研究所には悪魔が潜む。と噂が立ち、坂井が裏では悪魔博士と呼ばれるようになるまでにさほど時間はかからなかった。




