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74話 レセプションと酔っ払い

 検査が済んだ関係者が全員入ったところで、重厚な建物の扉が閉じられた。


 特別感のある閉鎖空間で、冷えた体に温かい食事とアルコールを入れ、客として招かれた記者や軍人たちは一様にリラックスした様子を見せる。中には警戒感を隠しきれない者やいかにも怪しい動きをしている者もちらほら見えるが、暗幕の後ろに待機している特務部隊によって選別され別室で特別な『おもてなし』がされることだろう。


 暫しの歓談のあと、遠藤がマイクを握り開発の経緯や機体性能、何より世界初の飛行機であることを大々的に発表した。


 遠藤の口からは『選び抜かれた、ほんの一握りの皆様』や『歴史の目撃者』など、未来であってもよく使われる詐欺の常套句と手練手管で煽《おだ》て、彼らの優越感を満たしていく。


「この飛行機ならば、ここ旭川から東京まで半日とかからないでしょう。これをご覧ください!」


 壁の暗幕を取り払うと巨大な世界地図が現れた。


 実際の飛行ルートを示し旅客機として設計した場合、給油を含めても五日ほどで東京とパリを結べると言えばヨーロッパの記者からは驚愕の声が上がった。


「はー、まるで情報商材を売る詐欺師だ。あんた令和の時代でも十分やっていけるよ、遠藤さん。間違いなく飛行機よりも人を操るほうが向いてる」


 俺のぼやきをよそに間髪入れずパイロット姿の凜が登場し、今回最高速250ktを達成したことを発表すると会場は拍手の嵐に包まれた。酔った外国人記者が口々に賛辞を送り指笛まで吹く始末だ。


 世界初の偉業を達成したのが見目麗しく、気品を持った女性となれば効果は抜群だ。


「……見た目だけはいいんだよな、見た目だけは」


 ここからは聞こえていないはずなのに、凜が俺のほうを向いてニコリと笑った。


 まだ列強に名を連ねてもいない新興国、その片田舎で集められる金は何をしてもたかが知れている。だからこそ、飛行機という人類の夢の価値を他の新規参入者が易々と参入できないほどに吊り上げ、誰も追いつけないパイオニアとなって世界中の貴族や財閥、王族に至るまでこぞって競い合わせる。彼らが頭を地に擦りつけてでも投資させてくれと懇願するまでだ。


 常々、遠藤は貧乏人の選択肢の狭さに言及していた。いくら設計が優れていても高精度で均一化された工作機械を湯水の如く金をつぎ込み作らなければ夢物語に過ぎないと。自分の操縦する飛行機には金をつぎ込んで、ありとあらゆる機能を搭載したいと。


 ともあれ、ここに集まった人間は喜んで記事に書き起こし、勝手に喧伝し、こぞってパトロンに話を持ち掛けることだろう。


 輝かしい未来を語り続けている遠藤に、会場から現役将校が焦れたような顔をしたまま一石が投じた。


「……それで、それは戦争には使えるのかね」


 その言葉を皮切りにお雇い外国人の軍関係者や将校から意見が相次いだ。

 それもそのはず、軍関係者をわざわざ招いておきながら戦場で運用することを一言も口にしていなかったのだ。


 遠藤は奥歯で苦虫を潰したような顔を隠さず、あくまでも私たちは平和利用のため、人類の夢のためにこの翼を作ったと涙まで流して訴える。ダイナマイトを作ったノーベルも草葉の陰で泣いていることでしょう、とまで言い切った。


「ですが、世の常と言いましょうか。我々にも人の悪意を手に取るように見通すことができる男がおります」


 ◇


 遠藤の白々しい演技はもう途中から聞き流していた。


 確かに飛行機は凄かったが、朝から連れまわされ、愛車はおそらく分解され、胡散臭い集団催眠のような発表会を見せられて気持ちがくさくさしていた。俺の前にはすでに空になったビール瓶が四本並んでいる。早いペースで飲んでいたので、すでに世界があいまいだ。


「やってられるか、ばかたれ。うぃー」


 今まで飛行機に当たっていたスポットライトはビール瓶を持ち、チーズを口に放り込む俺の姿を照らし出した。


「ん?」


 やけに眩しいし、みんなが俺を見ているような気がする。


「さぁ坂井さん、非常に慙愧に堪えませんが皆さんに戦闘に特化した飛行機の未来をお話しください!」


 長いケーブルを引っ張りながら給仕がマイクを渡してきた。


「なんだバカヤロー、戦闘? 飛行機ぃ? ぐうぅ」


 日頃の疲れか、飲みすぎか、変なところにアルコールが入って頭が回らない。

 眠い……飛行機がなんだって?


「坂井さん! 寝ないでください! これから飛行機はどうなるんですか!」


 慌てた遠藤の声が聞こえる、いい気味だ。


「んがっ! あー、飛行機ねー、爆弾! 爆弾落とすんだよ、ひゅーんって」


「……落とす、とはどこにだね。答えたまえ」


 要領を得ない酔っ払いに、思わず将校が尋ねた。


「えっらそうに何様だ、知らねーよ。好きなところにボカボカ落としたらいいじゃねーか。クレムリンでもホワイトハウスでもよ」


 一瞬の静寂の後、会場が怒号に包まれた。

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