73話 世界初と自棄酒
遠藤に案内された大型のタープの中では技術者と思われる人々が慌ただしく走り回っていた。見れば軍で会ったことのある顔もちらほらと見える。
長く伸びたアンテナの根元を追ってみると、秋本たちが作った無線機が設置されておりスピーカーからはビープ音が鳴り響いていた。
ピー・ピー・ピー。
ガチャ!
『こちら、エトピリカ。こちら、エトピリカ。応答されたし』
スピーカーを通して聞こえてくる凜の声は風の音も混じってはいるが、息遣いまでハッキリと聞こえてくる。
「こちら、本部。こちら、本部。どうぞ」
備え付けられたマイクに向かってオペレーターが応答する。よく見ればオペレーターは技術士官の長瀬だった。無線出力を確認しているのは玉蔵だ。お前もか。
『予定時刻に到達、最後の最高速度試験後、着陸体制に入ります。どうぞ』
「本部了解。最高速度試験行われたし、着陸は北側から進入、しかる後着陸願う、どうぞ」
『了解』
無線機でのやり取りも既にフォーマットが出来ているのか、やけにスムーズだ。
「遠藤さん、最高速って何フィート出るんですか?」
「マージンを取って250kt(約時速460キロ)ですね、油圧系統を凜の馬鹿力に任せているので軽量化できたお陰です、ははは」
そりゃ、凜さん以外が乗ったら即墜落死だ。
欠陥飛行機もいいところだ。
一度距離をとり、ぐんぐんと低空飛行で競馬場予定地に進入してくるにつれ速度を増す飛行機。
空に響き渡るあまりの大きな音に老人は念仏を唱え、若者は耳を押さえることすら忘れ空を見つめ続ける。
凜を乗せた飛行機は俺たちの上空を通り過ぎる瞬間、ちょうど最高速に達した。凄まじい轟音と風圧に身体が持っていかれそうになる。
これが世界初の飛行機になるのかと思った次の瞬間、機体はそのまま宙返りをしてコースに入り直した。
「よしっ! ハイエースのフレーム鋼板は最高ですね、余裕の強度だ」
「おまえ、後で覚えてろよ。マジで」
近づいて来る飛行機は徐々に高度を下げ、前脚と主脚が降りきると方向舵や昇降舵が細かく動き安定した姿勢で地面スレスレを飛ぶ。
やがて主脚のタイヤが音を立てて地面と接触すると土埃が舞い、機首も下がり前脚のタイヤも続いて接地した。
土埃の中から現れたのは塗装も最低限で鈍い銀色に輝く機体だったが、実に威風堂々とした佇まいだった。各所に使われている流線型のデザインは世界で初飛行を行った機体にしてはあまりにも洗練されている。いや、されすぎている。
けたたましい音を出していたエンジンとプロペラが徐々に静かになっていき、プロペラが完全に停止するとタープからスタッフが一斉に飛び出してきた。
わああー!
やったー! 成功だ!
うおおっー!
Wonderful!
Quelle beauté……
日本語だけではなく、英語やフランス語が入り混じり歓声が上がり続ける。風防を開けてヘルメットを脱ぎ、艶やかな黒髪をたなびかせながらタラップを降りてきた凜を囲んでいる。
カメラのストロボが連続して焚かれ、眩しい光が辺りを照らし続けている。
「あら、坂井様。ご機嫌よう」
ゴーグルを取り外し、俺に気づいた彼女は少し疲れた様子で声をかけた。
◇
競馬場予定地の一角、まるで格納庫のような建物に今し方降りたばかりの飛行機がすぐに移された。
機体の姿が見えなくなり旭川だけではなく、東京の新聞社や各海外報道陣が不満の声を上げる中、建物に取り付けられたスピーカーから関係者は保安検査を受けてから建物内に入るよう指示が流れた。
寒空の中、長時間空を見上げていた彼らが目にしたものは一流ホテルでも見たことがない煌びやかなレセプション会場だった。
高い天井にはシャンデリア、部屋に入った途端に感じる暖かく循環する綺麗な空気、各テーブルにかけられた純白のクロスと色鮮やかな造花。そして、見たこともない料理の数々が湯気を立て、食欲をそそる香りを撒き散らしている。
そこで給仕する男たちはみな強面の男たちだったが、控え目な給仕服と無駄のない動きをしていた。
そして、なにより会場の奥には先ほどまで空を我が物顔で飛び回っていた銀色の機体がスポットライトに照らし出され、その威容を浮かび上がらせていた。
あまりの状況に入り口付近で尻込みして立ち止まり渋滞が起き、後続の人間が怒声を上げようとした。
その時、スピーカーから遠藤の声が響き渡った。
『皆様、本日はお忙しいところお集まりいただきありがとうございます。どうぞ会場の中ほどまでお進み頂き、まずはお冷えになられた体をお温め下さい』
日本語に続き、英語、ドイツ語、フランス語と次々にアナウンスが流れ、顔を見合わせた彼らは意を決して進むと即座に給仕から食前酒をグラスで手渡され困惑していた。
地味なスーツ姿に着替えた遠藤は壇上から慌てふためく彼らを見てほくそ笑んだ。
「まるで悪の総帥だな。ヒーローがいたら真っ先にやられる奴だ」
無理やり燕尾服に着替えさせられ、頭に整髪料を撫でつけられた俺は遠藤を眺めながらビール瓶をラッパ飲みした。




