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71話 脅迫と悲願

 逃げられないとわかったので、開き直ってゆっくり味わって酒を飲む。なんだかんだ言って、こっちの酒の味にも慣れてきたなぁ。


 もう、おかわりもしちゃおう。


「おーい、大将。おかわり頂戴ー!」


 そうして徳利の三本目が空いた頃、おもむろに永倉が懐から折り畳まれた紙を取り出した。


「坂井、これを書いた奴に心当たりはあるかね」


 挿し絵は日本画っぽくなっているものの、エロ小説自体は俺が書いたものに間違いない。俺よりよっぽど達筆で書かれているのが腹立たしい。


 全部燃やしたはずなのにまだ残ってやがったか、誰だよ隠し持ってた奴。エロに対する執念はいつの時代も変わらずエグいな。


 ……もしかして俺が書いたとはまだバレてないのか? それなら知らぬ存ぜぬを貫いて、うやむやにしなければ。


「なになに? あー、これはいけません、いけません。なんとも、けしからんですなー」


 凜が挿し絵を覗き込もうとしたので素早く畳んで永倉に返す。余計な事言わないでね、と凜に目配せしたが通じたかな。


「全くもって知りませんな、見当もつかない。こんな卑猥なものを書いたのは誰なんでしょうね」


 紙を受け取ると、じろりと俺の顔を見た。


「そうか、池田屋の話と同じ調子で書かれておったのでな、てっきりお主が書いたものと思ったのだ」


「ああ、あの時、永倉さんが持って行ったやつですね。あれは私が書きましたが、こちらはさっぱりですね」


「そうかそうか、儂の早合点か」


「そうですよ、嫌だなあ。ははは」


 ふはは、勝った。いくら怪しかろうが俺が書いた証拠はないはずだ。


 安心しておかわりした酒を口に含んだ。


「これは斎藤に来てもらうしかないか」


「斎藤?」


 凜が聞き返すと永倉が頷く。


「元新選組の隊士だった男だ。奴がこれを見たら仲間が侮辱されたと血眼になって下手人を探し出すだろうよ。冗談も手加減を知らぬ、あやつのことだ。それはもう非道いことになるだろうな」


 飲み込もうとした酒が気管に入り思わずむせた。

 あの三番隊組長の斎藤一かよ、まだ生きてんの?


「今なら儂の胸三寸で納められるのだがな、そうか、知らないか、のう坂井」


 この爺さん、めっちゃ脅してくるじゃねぇか。

 やっぱりハナから俺のことクロだと思ってたんじゃないか。


 老人とはいえ、元新選組の永倉と斎藤が犯人探しというか、俺の周りをウロウロ探り回るのを想像したら首の後ろがヒヤッとした。


「斎藤は暗殺が得意だったからな、朝になったら冷たくなって──」


「わかったよ、もう。降参だ、降参。もう、何が望みだよ、永倉の爺さん」


 両手を上げた俺の姿を見て、にかっと笑った。


 ◇


「新選組顛末記?」


「そうだ、新選組といえば朝敵だの、逆臣だのと言われ続けて久しい。このままでは忠義のため、この国の未来のために死んでいった奴らに申し訳が立たん」


「だから、名誉を回復するために民草でもわかりやすい本を出したいと?」


「そうだ。大げさな脚色あったもののお主の書いたものには人を惹きつけるものがあった。だから協力して欲しいのだ、頼む」


「ちょっ! 頭を上げてくれよ」


 卓に両手をつくと頭を下げる永倉を見て、慌てて頭を上げさせる。


 マジか、戯れに同人本しか書いたことのない俺がまさか新選組の当事者に評価されるとは思っていなかった、正直に言って嬉しい。でも、最近やることいっぱいありすぎて大変なのにまた仕事が増えるのか、まいったな。


「もちろんただでとは言わん、できる限りの礼はするつもりだ。……これは、土方が箱館の地で斃れたときからの儂の悲願でもあるのだ」


 函館かぁ、学生の頃は明治維新に興味があって色々調べたり、実際に青春18きっぷでちょこちょこ函館に行って、各地の史跡とか山の中の碧血碑を見に行ったりしたな、懐かしい。よくマムシが出るんだよな、あの山。


 土方歳三と同じく、ちょうど横に北海道に国を作ろうとしてる女がいるけど。もし、土方と同じように凜が途中で倒れたら俺はこの女のことを本にして残そうと思うんだろうか。


 ちらりと横を見れば、当の本人は『箱館で斃れた』という言葉を聞いてから箸を止め、じっと湯呑みの水面を見つめて思案顔になっている。これから中央に反旗を翻そうとしている彼女にとって、敗者の末路は他人事ではないのだろう。


 まあ、この女の伝記を書いたところで、化け物をワンパンする先祖とかが出てくるとんでもオカルトファンタジー物になるだけだな。うーん、却下。


「ふー、こうみえても忙しい身でね。一週間に一日で良いなら協力するよ」


「おお、受けてくれるか」


「実のところ俺も新選組のファン、ええっと贔屓でね。光栄だと思っているよ」


 深いため息と共に新選組ファンであることをうち明かすと嬉しそうに懐からまたあの紙を取り出した。


「そうかそうか、では最初はこの『沖田が女だった』という突飛な発想について詳しく聞かせてもらおうか。あれは妙に腹が立ったが、なぜか先が気になってな!」


 やっぱり寝取られ属性の素質があるんじゃないですか? 永倉さん。

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