69話 タイムパラドックスとクソシステム
「──つまりだな、アイツはジェーンを白人との確執や自分の復讐なんかに巻き込みたくなかったんだよ」
先祖には悪いと思ったが、男の過去や目的をジェーンに話した。でも気持ちを言葉にするって本当に難しいな。あの時に確かに感じた思いや気持ちを一生懸命説明してみたものの、ほんの少しでも伝えられただろうか。機械を修理した後、客へ内容を説明する方が百倍は気が楽だ。
俺の話を聞いている間、彼女はずっとうつむいたまま体を震わせていた。顔がよく見えないが泣いているのだろうか。俺の前襟を無言で握りしめている姿を見れば、自分に価値がないと思い込んでる男の心情なんて、惚れた女にとってはどうでもいいものだったのかもしれないな。
「……教えて」
「えっ?」
「教えてくれてれば、絶対私も行ったのに!」
俺の目を見つめる顔は泣き顔などではなく、怒りやいろんな感情が入り交じってはいるが覚悟を決めた女の顔だった。
「ええ……」
「ねぇ、シュウ! あんたが過去に来たように私もあの時に戻ることはできないの? あっちのシュウを助けに行きたいのよ!」
あっちのシュウね。
俺も何も思わないわけじゃない。
助けにいけるんなら行ってるよ、でもな。
「それが出来てりゃ俺はとっとと未来に帰ってるよ」
「それもそうね。わかったわ、私もあんたが未来に帰れるように協力してあげる。その代わりに戻り方がわかったら、私をあの時に戻しなさいよね」
「戻ってどうするんだよ」
「そんなの決まってるじゃない、一緒に敵討ちに行くのよ。ついでにあの性悪女を追っ払ってやるわ!」
その性悪女を追っ払われると俺の存在が消えるかもしれないんだが。何かの間違いでジェーンとくっついちゃったらコイツが俺の先祖になるの? えぇ、嫌すぎる。
「戻れたとしても子供のお前と今のお前が一緒に存在してていいのかよ」
「はぁ? なんの問題があるのよ、あの臆病者も一緒に連れてってやるわよ!」
シャドーボクシングのように目の前の空間に拳を突き出す彼女を眺めつつ考えた。
確かタイムパラドックスとか、過去の自分と未来の自分が出会うと宇宙が崩壊するとか、なんかタイムスリップする昔の映画で見たことある。とにかく、なんかヤバいことが起こるらしい。
えーと、なにが起きるんだったっけ?
よく覚えてないな。
……じゃあ、まぁいいか。
鼻息の荒い彼女を見ていると子どものジェーンと大人のジェーンがシュウと呼ばれた男の両腕を引っ張り合ってる姿が頭に浮かんだ。
そういや、子どもジェーンも襲撃された時に無法者の首に縄をかけて馬で引きずってたよな……。
頑張れ、俺の先祖っぽい人。
◇
手を振る住職に見送られ、月の出ている夜道を二人並んで歩く。
ジェーンは早速情報集めをすると言って酒場に飛び出して行ってしまった。
ほんと、鉄砲玉みたいな女だ。
ジェーンから出会った当時の話を聞いたが、男と別れてからまだ四年しか経っていないことに驚いた。おまえ、まだ二十歳になってなかったのかよ。
「坂井様、今日はありがとうございました。これで明日からまたあの石碑を使えるようになりましたわ」
……正直言うと、こんなオカルトにはあんまり関わりたくない。
何よりわけのわからんプロセスで動いてるクソシステムを触るのは気持ちが悪すぎる。湧いて出るお化けだって怖いし、完成図書だけでも残しておいてくれよ。
でも、帰るためには背に腹は代えられないんだよなぁ。
「化け物退治のたびに呼び出されるのは勘弁してほしいね。もう少し何とかならないもんかね」
「アレを使わせる人間を選ぶのにも時間がかかるのですわ、ご理解くださいませ」
自分の部隊から裏切りものが出ちゃったしな。慎重になるのもわかるけどさ。
「結局、今日見たもので目新しい情報はなかったしどうしたものかね。前に凜さんに手伝ってもらって平家ゆかりの寺とかからは連絡あった?」
「ええ、つい最近、平取の義經社から返信がありまして。部下を向かわせているところですわ」
そういえば言い忘れておりましたわ、とでも言いたげな態度に不信感は否めない。
また良からぬことでも考えてるんじゃないだろうな。
「……ああ、平取ね。たしか義経伝説が有名なとこだよな。俺的には温泉があって平取和牛が美味いところとしか思ってなかった。いや、まだ和牛はないのか。残念」
「あら、未来では平取で牛を育てているのですのね。後学のために北海道の産業についてお教えいただけませんこと。独立するためには殖産興業が基本になりますからね」
やっぱり北海道を一つの国にするのは諦めていないみたいだな。
「産業ねぇ、そういわれてもすぐには思い浮かばないな。あ、夕張メロンは好きだな、喉が焼けるくらいに甘く熟したメロンをな、半分に切ってそこにソフトクリームをのせるんだ」
宙で、半分に切ったメロンへソフトクリームをのせるジェスチャーをすると、手の動きに合わせて凜の視線が動く。
「め、めろん! 舶来の果物だと聞いたことがあります。そんなに甘いのですか、それにソフトクリームとはどういう──」
「そこな二人、待ちたまえ」
突然、後ろの暗がりから呼びかけられ、振り向く。
姿は見えないが、確かな気配を感じた。食い気味に俺の話を聞いていた凜も腰に佩いた刀の柄に手をかけている。
闇の中から音もなく現れたのは、衛戍地で俺をボコボコにした男、杉村――いや、永倉新八だった。
「やはり、坂井か。お主を探しておったのだ。おや、女の軍人さんとは珍しい。脅かしてしまったようで済まなかったな」
凜は警戒を解かず、柄頭に手を置いたままだ。
「永倉さんか。俺を探していたというが、どんな用だ」
一触即発の雰囲気を肌で感じ、緊張のせいか自分でも分かるくらい声が低く掠れていた。




