68話 使命と適齢期
不思議な女だった。
いや、不思議というより頭のネジが外れた女だと言った方がいいかもしれない。
愛する妻や娘、一族郎党を殺され、泥水を啜りながら仇を追い続ける日々。だが、月日が経つにつれ手がかりは減っていくばかりだった。怒りや情けなさから酒と薬に逃げ、いつしかボロ切れの様になった体と心は憎しみで溢れて壊れてしまった。
そんなときにこいつは突如として俺の前に現れた。
一度目は追手として、二度目は傍観者として、三度目を数えるときには何故か横でベラベラと愛について語っていた。
黒髪にやけに白い肌、中国人かと問えば違うと返され、目的のついでに手を貸してやると言われた。こいつが全く信用できなかった俺は突っぱねたが、死が迫るとどこからともなく現れては強引に助けられた。
そんな日々が続き、隣にいるのが当たり前になった頃、何が目的で俺についてくるのか尋ねたことがある。
答えは俺と同じ、人捜しだった。
海を渡った誰かを探しているという。
そいつを見つけ出すには、俺の複雑に絡みついている因縁が、むしろ都合がいいらしい。まるで部族の祈祷師みたいだと思った。
俺の仇探しは、女が使う怪しげな術によって急速に進みだす。
それなら女の探している相手もすぐ見つかりそうなものだが、そう簡単にはいかないらしい。一族や家族を殺された俺とは違い、一度肌を重ねた程度では縁が薄すぎるのだという。
ただ、探している相手の話になると、こいつは決まって推しがどうだのと訳の分からない早口で憧れを語り始める。
……何故か、それを聞くたびにとうに壊れてしまったはずの心が痛み、苛立ちが募った。
◇
いつしか奴らからは亡霊なんて忌み名までつけられ、毎日のごとくやってきていた刺客すら俺を恐れて来なくなった。
仇の残りも少なくなってきたころ、たまたま立ち寄った牧場で無法者たちとの銃撃戦に巻き込まれてしまった。
牧場主の妻は子供を庇ったばかりに撃たれて死に、牧場主も怪我を負ってしまう。
その姿に過去の赤い川と夕日が脳裏によみがえり、気が付けば散らばる死体の中に佇んでいた。
放っておくこともできず、埋葬や片づけを手伝い、半月が経った頃。
俺の勘違いでなければ、それなりに好意を持ってくれている牧場主の娘が別れ際に見せた顔があの日、失った娘を思い出させ、できるはずもない約束を交わしてしまった。
もはや自分が何者かも分からなくなってしまい、復讐のみに生き、むりやり命を繋ぎとめているだけの男がしていい約束じゃない。したところで、守ることすらできないのに。
面白い顔をして地図とにらめっこをしている相棒とも次の戦いでお別れだ。
精々この命を盛大な火にくべてやろう。
◇
うーん。お前、本当に俺の先祖か。
見てて辛いから、もうちょっと肩の力抜いて生きろなんて……言えないよなぁ。
目を開いてみれば住職はこっくりこっくりと船をこいでいる。
その横で凜とジェーンは何やら、ぎゃあぎゃあと言い合いをしていた。
「おはよう、なんだか騒がしいけど何かあったのか?」
住職、あんたよくこの姦しさで寝れるな。
「んんっ、目覚められたのですね。特には何もないですのよ。おほほ」
おほほ、て。
珍しく取り繕うような話し方だが、深く突っ込まない方が身のためだな。
「ねぇ、聞いてよ! 凜ったら今まで男と付き合ったことがないんだって! おかしくない?」
「ジェーンさん!」
あー、もう聞こえません。何も聞こえなかったことにしてください。
「だってもう二十三歳でしょ? おかしいわよ!」
「それは私に釣り合う殿方が居なかっただけで……」
「そうやって言い訳ばっかりしてるとすぐに婆になるわよ、ねぇシュウ?」
俺に振るな、そしてその言葉は俺にも刺さってる。
なんで明治に来てまでグサグサと刺されにゃいかんのだ。
珍しく凜さんも押されてるしフォローしとくか。
「俺はもう四十二だが十年以上彼女がいないぞ、それでもそれなりに楽しくやってる。凜さんは若いし器量もいいし性格はアレだが大丈夫だ」
本当に性格はアレだが。
「え? シュウ結婚してないの? なにしてんの、勃たないの? 大丈夫?」
なにこれ、なんで俺が攻撃されてるの? なに、その痛々しい傷を見る様な目は。
ビックリした顔でこっち見ないでよ凜さん。大丈夫だよ、まだいけるよ、たぶん。
「ジ、ジェーンさん! そんな殿方の繊細なところを……」
繊細なって、なんだよ。俺の繊細な心はもうズタボロだよ。
「と、とにかく、坂井様も戻られましたし新しい情報を教えていただけないでしょうか」
「この状況でか。まぁ、いいけど。それとなジェーン、あんまり人の心の柔らかいところをむやみに刺すな。死んじゃうぞ」
恨み言を言いながら頭を掻き、ジェーンの顔をまっすぐに見据えた。
「俺の話をする前に、一つ確認させてくれ。ジェーン、お前がさっき凜さんに隠したことだけどな」
「……何よ。まださっきのキスのこと根に持ってるわけ?」
「お前の過去にいた男、もしかしてインディアンじゃなかったか? 横に黒髪のうるさい女を連れた」
その言葉を聞いた瞬間、ジェーンの顔からスッと血の気が引いていく。
「……なんで、あんたがそれを知ってんのよ」




