66話 思い出とキス
飾り立てられた鬣が馬の蹄のリズムに合わせて揺れる──
「ハイッ」
夕陽の赤色が大地を染め、川の畔にいるあの人を照らし出す。高鳴る鼓動の正体が何なのかすら分からず、少しでも早く会うために手綱を緩めて馬の腹を蹴った。
(あれ? ここ、牧場?)
間違いない、ここは私が生まれ育ったパパの牧場だ。
乗っている馬の鬣の飾りも、遠くに見える丘もあの頃のまま。
(うわー、懐かしい! 体は勝手に動かせないの?)
「……ジェーン、お前は大人になったら何になりたい」
(あっ)
上の方から懐かしい、すごく優しい声が響いてきた。
馬にまたがった彼の顔は夕陽の影になってよく見えない、でもこの人は私が家族以外で一番大好きな人だ。優しく強くて少し惚けてて意地悪な。
「えーとね、お父さんの牧場で牛を飼うわ。一万頭!」
私はカウガールになりたいの、それもこのアメリカで一番の。そのために毎日、牛追いや縄投げを練習している。
「一万頭!? そ、それは凄いな。でもジェーン、君ならできる、俺が保証するよ。じゃあ、縄投げだけじゃなくて銃も練習しなくちゃな」
「えへへ、でも銃は嫌い。野蛮だわ。」
じっと、私の顔を見つめたかと思うと彼は微笑んだ。
「君には銃も似合ってると思うけどね」
二人して笑いあっていると、ふと遠くからパパの声が聞こえる、私を迎えに来たようだ。彼を見れば被り慣れていないカウボーイハットに無理やり頭を押し込むようにのせ、夕陽に向かって走り出そうとしていた。
「また、会えるかな」
「……君が望むならいつでも、どこでも」
そうだ、彼には目的があって一つの場所には留まらないんだ。無法者が牧場を襲ったときに助太刀してくれたのが彼だった。
ああ、牧場も何もかも放り出して彼と旅に出られたらどれだけ素敵なんだろう。……でも、一人残されたパパを支えないといけないし、その勇気を口に出すことすらできなかった。
「じゃあ、また会いましょう。それまで撃たれて死なないでよね、約束よ」
「ああ、約束だ。お嬢様。親父さんと仲良くな」
それから彼とは二度と会うことがなかった、牧場に何度も無法者たちが襲いに来たときも、新しいシェリフとのいざこざで街に居られなくなったときも、初めて人を撃った、あの雨に濡れて凍え死にそうな夜も。
「……うそつき、シュウ」
◇
体が揺さぶられて、遠くから声が聞こえてくる、まるで水の中にいるみたいにくぐもった声だ。でも心配するような悲しんでいるような優しい声。
「──い、ジェーン! おいっ! しっかりしろ!」
「ジェーンさん、私たちがわかりますか? 何を見たんですか?」
ぼんやりとした頭でまぶたをゆっくりと開けば、シュウと凜の顔が見える。
「何を見たとか……今、それどころじゃねーだろ!」
あ、シュウが凜に向かって嫌な顔をした。
あなたは、いつも誰かのために怒ってるね。
「……つき」
「ジェーン、何だって? うわっ!」
声を聞き取ろうと私の唇にシュウが耳を近づけるのを逃さず、両手で頭を掴んでキスをした。もちろん舌も絡めてだ。
「──!! な、な、何をしているのです、ジェーンさん! 離れなさい!」
「んんんー! っぱ! はっー! はー! 窒息するかと思った!」
「えへへへ」
思い出した、子供の頃に憧れた人のこと。
肌は浅黒くて顔も手もゴツゴツしているのに笑うと可愛くて、色んな話を教えてくれた。強いコンドルのこと、自分の中の狼のこと、いっぱいだ。
ん? でも何でシュウにキスなんてしたの? 顔も全然似てないのに。あれ? 何で私、シュウみたいなおっさんにキスした?
反動をつけ、一気に上半身を起こした。
「うわっ! いきなり起きあがって大丈夫か?」
固まっているシュウと、おろおろしている凜に構わず胸元から酒の入ったスキットルを取り出し呷る。
「ガラガラガラッ。ペッ!」
度数の高い焼酎が口内を焼き、吐き捨てるとようやく靄のかかった脳がクリアになっていく。
「えっ、なにそれ。凄い傷つくんですけど」
「キスできて良かったじゃない、私の唇は安くないのよ」
「えぇ……」
口を袖で拭いながら肩を落とし愕然とするシュウを見れば、あの彼とは似ても似つかないのにやっぱり面影を感じてしまう。どこが似てるんだろう、と腕を組んで睨みつけるとシュウは居心地悪そうに身をよじった。
「さ、災難でしたわね。坂井さん、ぷぷっ」
その姿を見て肩を振るわせている凜はいい性格をしていると思う。
「それで、凜。何を見てきたか、だっけ?」




