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65話 裏切り者と言い訳

 薄暗い部屋の中には何本もの和蠟燭の炎が揺らめき、安置された石碑をぼんやりと浮かび上がらせていた。


 先ほどまで漂っていた陰気な雰囲気は嘘のように無くなり、逆に晴天の山の頂上に上った時のような澄んだ空気には違和感しか感じない。


「さてと、凜さんや。こんなになるまで、どれだけの犠牲を払ったんだ? 流石に過充電させすぎだと思うんだよね、おじさんドン引きだわ」


 目的のために手段を選ばない女だとは思っていただけど、これはない。


 ここまで魂を充填させるのに百人や二百人では足りないだろう、しかも獣まで。

 手に持った刀を血で濡らし、笑いながら人や獣を斬りまくっている彼女を想像してしまい背筋が寒くなった。


 住職も、えっ? そんなことしたのって目で凜を見ている。


「なにか凄く失礼なことを考えてらっしゃるのは分かります。ですが、目的のためだけに人を殺めたりはしておりませんよ」


 ほんとに? 閻魔様の前でもそんなこと言え……言いそう。

 自分の悪行を眼前に晒されても言いそう、なんなら言い返しそう。


「へー、なるほどですね、痛てててっ!」


 俺の返事が気に入らなかったのか脇腹をつねられた。

 アンタの握力半端ないんだから千切れるって!


「その『なるほどですね』というのを止めていただけますか。なぜかこう、とても不愉快です。誤解がないようにお話いたしますが、この寺院には最近起きた石狩川やエタンベツ川の氾濫で亡くなられた数百という仏が弔われているのです。当然、川に流された獣も多いでしょう」


 確かにここ数年、台風とか河川氾濫でたくさんの人が流されたとは聞いていたけどさ。


「せめて寺に入る前に教えて欲しかった。はい、どうぞ除霊してください、はないだろ。どうにかならなかったらどうするつもりだったんだよ」


「その時は坂井様に時間稼ぎしていただいている間に石碑に触って魂を消耗させるつもりでしたわ。使えば減るのですから、溢れたものも吸い込まれるでしょう?」


 升酒の溢れた酒をコップに注ぐような話をしやがって。

 酒と違うんだぞ、酒とは。


「結果、想定通り坂井様に解決していただけましたし、まず話を進めましょう」


 このアマ、本当にいい性格してる。

 手を合わせて、にこやかに微笑む姿はただの軍人コスプレ女なのにな。


「坂井様が言うように勾玉がいくつも存在し、このような石碑や装置が各地に点在しているならば、敵の手に落ちる前にこちらで回収と管理を行わなければなりません」


「え? 敵って誰」


 壁に寄りかかってパイプをふかしていたジェーンが振り向いて尋ねた。


「軍上層部から命令された捜索隊が、近いうちに北海道に入ってくるでしょう」


「なにそれ、全然聞いてないんだけど。どういうことだよ」


「上層部にも変に信心深い方々はいらっしゃいましてね、そういう方々に命令されますとどんなに胡散臭くても下の者は逆らえないのです。いつもは盛大な空振りに終わるのですが、今回はそれが悪い方向に働いてしまいました」


 何しろ本当に存在するのですから。と大きくため息をつくと眉間を抑えている。


 明治の人たちって軍人に限らず、ゲン担ぎとかオカルトとかをめちゃくちゃ信じるんだよな。汽車が走って、電気が通って、電話ができて、文明的な時代になってもまだまだお化けが怖い気持ちの方が勝つことがある。


 確かに遠藤兄妹のようなリアリストはいる、でも少数だ。

 死が近いと、ここまで神様に縋るものなんだなってのは肌で感じたよ。


 まぁ、俺が子供の時も夏にはテレビで心霊特集とかよくやってたよなぁ。

 あんなのを怖がってたピュアな頃に戻りたい。


「ロシアとドンパチしてるのに余裕あることで。それで、こんな気持ち悪いのをどうしようってんだよ、教祖様にでもなろうってか。」


「いえ、もっと合理的に使うようですよ。これを戦場に持ち込むみたいですよ?」


 は? 戦場に持ち込む?この化け物生成マシンを?

 ヤバくない?


「知識や技術が湧き出る壺くらいにしか考えてないようで、こんな化け物が出るとは思ってもみないのでしょう。ですから、そうなる前に北海道に散らばる勾玉を集め、噂話はあくまでも噂話だったと信じ込ませて帰っていただかないといけません」


 ……なーんか、話を聞いていてどうにも違和感がある。

 本当にそんな眉唾な情報を元に、軍の兵隊をわざわざ北海道まで派遣するか、普通。


 この人、自分の持っていきたい方向に話を転がしているようにしか思えないんだよな。何か隠してない?


「言ってることはもっともらしいけど、そもそもの話なんでそこまで詳しくバレたんだ。あの時、現地にいた人間か実際に石を触った人間じゃないと今話した内容は──」


 自分で話している途中にハッと気付いてしまった。


「……あのさ、もしかしてだけど凜さんの部下で石に触った子が軍上層部と繋がってたりした?」


 俺の言葉を聞くと奥歯を噛み締めた音が聞こえた。

 あーあ、部下に裏切られてやんの。言えよ、最初に。


「隠し事は良くないんじゃないの? ねぇ? 部下に裏切られてどんな気持ち? ねぇ?」


 ピキッ、と凜のこめかみに青筋が浮かぶのが見えた。

 あ、ヤバい。これはマジで刀を抜かれるかもしれない。俺が反射的に数歩後ずさった、その時だった。


「ちょっと、アンタらの痴話喧嘩はどうでもいいんだけど。ねえシュウ、これ、もう触っていいんでしょ?」


 振り返ると、石碑の前でしゃがみ込んでいたジェーンが、呆れたような顔でこちらを見ていた。そして、俺たちが止める間もなく、無造作にその手を石碑へとペタリとくっつけたのだ。


「あっ、お前、心の準備とか――!」


 俺の言葉は最後まで続かなかった。

 石碑に触れたジェーンの青い瞳が見開かれ、彼女の体がふわりと淡い光に包まれたからだ。部屋の空気が一変し、どこからか、乾燥した荒野の風の匂いが漂ってきた。

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