64話 必殺技と除霊
夕飯の後、どてらを羽織ってすっかり暗くなった街を提灯片手に歩く。
凜から俺が持ち帰った勾玉を収めた寺に来いと言われた為だ。
隣を歩くジェーンは、どこから手に入れてきたのかロシアのモコモコとした軍帽に銀狐の毛皮を着込んでとても温かそうだ。
「うー、今夜は特に冷え込むな」
「シュウはあんまり着込まないものね、理由でもあるの?」
「少し動くとすぐに暑くなるんだ、それに汗っかきでね。雪が降ればそれなりに厚着するけどな」
「ふーん」
たわいもない話をしながら歩くと松明の灯りと共に荘厳な門構えが見えてきた。
勾玉を収める為だけに寺を買い取ったというから小さいボロ寺かと思えば創建したばかりとはいえ、かなり大きい寺を住職や檀家ごとそっくりそのまま手に入れたようだ。本当にやってることが無茶苦茶だ。
「あれ凜じゃない?」
門の前に立ち、煙草を吸っていた軍服姿の凜もこちらに気付き、煙草を手から落とすと足で火を消して、こちらを向いた。
「ジェーンさんもいらっしゃったんですね」
「なによ、まだ私だけ見てないんだからいいじゃない。それに私が飛ばされた時に見たものと同じか確認した方がいいんでしょ」
「ええ、確かにジェーンさんにも見ていただきたいですし、歓迎いたしますわ。坂井様、今日はよろしくお願いいたしますね」
「よろしくと言われても何が見えるか分からないからな。未来に帰る情報が少しでも手に入るといいんだが」
オカルトよりなにより、俺の先祖が一番信用ならないからな。
とはいえ、なぜ他の人は未来や子孫のことがビジョンとして脳裏に刻まれるのに俺は過去だけなんだ。
……いや、もう理由は分かってるんだけどさ。
俺の血脈はここで途切れるんだろう、多分。
生涯独身だとはわかっていたけどさ、末代だと突き付けられるとくるものがあるよね。いや、結婚したくないわけじゃないんだけど、って自分にも言い訳ばっかりだな、俺。
あー、もう、どうでも良くなってきたー。
帰るのも諦めて親父さんと一緒に炭焼きでもして暮らすかなー。
「坂井様? 行きますわよ」
「あ、ああ、はいはい。今行きます」
まぁ、そんなわけにもいかないよなぁ。
この時代の色んな人の人生に関わってるからな、でも最悪そんな選択肢もあるってことを頭に入れておこう……。
心の中でうだうだと自問自答を繰り返しながら、門の中で待って居た壮年の住職に連れられ、離れにある小屋へと案内された。
「お札?」
小屋全体にも、見るからに重たそうな扉にも何枚ものカラフルなお札が張られているが、凜は気にせず鍵を取り出すと扉を次々に開けていく。
奥に進む扉が開けられる度、空気に粘っこさというか纏わりつくような目には見えない煙のようなものが漂ってきた気がする。横に立っている住職など顔に脂汗を浮かべ、数珠をこすり合わせながらお経を唱え始めた。
「ひぃぃ!」
最後の扉をあけ放つと閉じ込められていた淀みが一気に押し寄せてくる。
お経すら読めなくなった住職が腰を抜かしてその場にしゃがみこむほどだ。
珍しく大人しいジェーンを見れば、髪の毛を逆立ててしっかりと銃に指をかけていた。
「……おいおい、どんだけ魂吸わせたんだよ。俺、作る時に言ったよな、許容量超えると変なのが溢れるって」
しめ縄と紙垂で囲われた石碑の前には鹿や犬、それに人が混ざり合ったような塊が蠢き、全ての黒く窪んだ眼がこちらを睨みつけているような気がした。俺の先祖の女がワンパンで倒した奴に似ている。でも、あれが羆だとしたらコイツは小型犬レベルだな、わんわん。
「ええ、だからさっき言いましたよね。よろしくお願いします。と」
凜も珍しく顔に冷や汗を滲ませている。
「ふざけんな、俺は寺生まれでも霊能力者でもねぇぞ! そこの坊主に頼めよ!」
住職を指差すと、袈裟をぎゅっと握りしめて泣きながらものすごい勢いで首を横に振りだした。いやいやじゃねーよ、いやいや期の子供か。
「貴方の祖先は拳一つで祓って見せたのでしょう? できるはずですわ。ほら来ましたわよ」
この女! 無茶ぶりが過ぎる!
いくつもの腕や足を器用に使い、まるでムカデのようなその物体は速度を増し、俺の方に向かってくる。堪らずジェーンが銃を撃ち放つが実体を持たないのか床に穴を開けただけだった。
「なに、こいつ!? 銃が効かない!」
うーん、行動から台詞までホラー映画に出てくるような、やられ役みたいだな。
おかげで少し冷静になった。
先祖のビジョンから脳に焼き付けられた力はこういう時に使うのは分かる。
右手にもなんか変な力が籠ってる実感もある。
……でもさ、なんかこっ恥ずかしいじゃん。ねえ? 俺もう四十二歳だぜ?
うーん、こういう時なんか技名とか叫びながら殴った方がいいの?
「何しているんですか! 早く祓ってください!」
叫ぶ凜を横目に飛び込んでくる化け物。
ああ、もう。
「いくぜ! ギャラクティ……あれ?」
俺が右拳を掲げて殴ろうとしただけで闇に溶けるように化け物が姿を消してしまった。逃げたとか、どこかに潜んでいるという気配はまるでみえず、まるで成仏してしまったように。
部屋の中の重苦しい空気も、からりと晴れた日に干したお日様の匂いがする布団のような空気になっていた。
え? あの化け物ってダニか何かなの?
「……坂井様、お見事でした。あなたにならできると信じていました」
「シュウ! 見直したわ! あんた神様かもしれないわね!」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
褒めてくる二人と、ひれ伏しながら俺を拝む坊主を見ながら突き出した右手が急に恥ずかしくなってサッとポケットにしまい込んだ。




