62話 おっさんが若者に感化されたり、気合いを入れ直したりする
暫くの間、村には入れ替わりで兵士が駐屯することになった。
北海道に潜伏していたロシア人諜報員がいきなり大量にいなくなって真っ先に疑われるのはこの村だ。
長瀬曰く、何が起きたのか原因を探るために観察や侵入を試みる奴らから村人を守るのが目的らしいが、実際のところは村人を餌にして諜報員を捕まえてしまおう、と言うことらしい。
俺達が村で捕まえていたロシア人はもう旭川へ移送されたようで既に見あたらなかった。
村長にトラブルを引き込んでしまったことを謝罪し、給料が出たら村への寄付を行うことを約束した。兵士が駐屯することにはかなり渋っていたが、男手が増えると村の女衆に押し切られた形で飲み込んでくれた。いつの時代も女性は強い。
「さぁさぁ、旭川に戻りましょう。やることは山ほどありますよ! 研究所や工場を建てるために金を集めなければなりませんからね」
「遠藤さん、金を集めるって言っても何か案はあるのか? 協力できることなら言ってくれよ」
「ええ、案はいくつも。坂井さんから教えてもらった輓馬の競馬に金融業、これから育っていく生業がわかってさえいれば、やりようなどいくらでもありますよ。絶対に外さない山師になったようで楽しいですねぇ、ふふふ」
「おいおい、山師には違いないが未来は誰にも読めないんだから調子に乗ると足元掬われるぞ。遠藤さんなら上手くやりそうだけどね」
「研究所に工場かぁ、いいなぁ。軍辞めてそっちに行こうかな」
こいつら本当に自分のやりたいことだけで動く人間だな。優秀なだけに手に負えないわ。
「長瀬さん、優秀な人材はいつでもお待ちしております。もちろん坂井さんにもやってもらいたいことはありますよ。とはいえ、力を付ければ色々とやっかみは受けるものですからね。まずは最低限、ご自分で命を守れる力をつけてもらいたい」
「え? 知識と技術の提供とかじゃないの?」
「死人からは教われませんからね、私たちが常に護衛をつけられるとも限りません。長瀬さんもそう思われますよね」
「ええ、護衛は可能ですが常には無理です。ロシアとの戦争も近い。私も大陸に士官として派遣されるでしょう」
「……日露戦争」
「ふむ、日露戦争とは言い得て妙ですね」
長瀬は笑っていたが、俺はひい爺さんから聞いて知っていた。
その戦争が、機関銃の雨と塹壕戦で数え切れないほどの命がすり潰される泥沼の死闘だということを。
大量の血が流れて、目の前で笑っているこの長瀬すら、死んでしまうかもしれない戦いだって事を。
乾いた唇で笑う長瀬に尋ねる。
「長瀬さん、俺が未来から来たって言ったらどうする?」
「坂井さん?」
遠藤が俺の言葉に怪訝な顔をする。
「なんですか、藪から棒に。でも、そうですね、それが本当なら歯がゆいでしょうね、私だったらそう思います」
「歯がゆい?」
「未来を知っていてもなんでもかんでも思い通りに動くとは限りませんからね。恥ずかしながら私も空想本を読んで信長公の御世に行ってしまう妄想をしたことがありましたが、何もできずに斬られるのがオチでしたよ」
剣術も戦術もてんで駄目ですし、と笑った。
◇
「あんた、最近元気ないわね」
「そうか?」
村を出て三日が経った頃、ジェーンにそんな声をかけられた。
ここ数日、無力感に苛まれているのは確かだ。
未来を良くしてやろうなんて大層なことを考えてた訳じゃないけど、心のどこかでは未来の知識を使って周りの人間を助けることぐらいはできるとか思ってたんだろう。
でも長瀬に言われた通り、未来から来たからって何でもできる訳じゃないんだよなぁ。
逆に俺がいることで、危ない目に遭わせることの方が多いかもしれない。
「あー、考えることが多くてさ。俺の選択で歴史が変わったとしても、それが本当に身近な人を助けることになるのかがわからなくて、ちょっと怖くなってる」
「ふーん、何様なのあんた。どう見ても神様には見えないわね、薄汚いし臭いし。『If men were angels, no government would be necessary.(俺たちは天使じゃねえ!)』って大統領も言ってたわ。男なら夢見てなんぼでしょ! しっかりしなさいよ、シュウ」
「……ありがとうジェーン、言われてスッキリしたよ」
俺の鼻っ面に人差し指を押し当てていた彼女は勝ち誇った顔で笑った。
でも、多分、お前大統領の言葉を誤解してると思う。
「じゃあ、おまえの夢はなんだ? 元いたアメリカに帰ることか?」
「んー? もう家族もいないし、それは別にいいかな。今は大金持ちになって大きいサルーン建てたいの! そこでダンサーに踊らせるのよ!」
……ああ、何を踊らせるかは大体想像つく。
こいつも一緒になって踊ってそうだな。
──神様でも天使でもない、ね。
確かに俺はただのおっさんだった。
よし、後悔しないようにいっちょやってみますかね。
嬉しそうに夢を語るジェーンの話を聞きながらちょっとだけ気合いを入れ直した。




