61話 特務と規格
村に戻れば広場に秋本が連れてきていた小隊と同等の兵隊たちが陣取り、飯盒で飯を炊いている。村の子供が指を咥えて遠巻きに見ているのに気づけば手招きをして握り飯を渡している兵士もいた。
俺たちが用意した職人衆も端で野営をしているようだ。
「おいおい、兵士の数が多すぎるんじゃないか。何人連れてきてるんだよ」
「二個小隊と言ったところですかね、どうせロシア人と特務の三つ巴になるだろうから数は多い方がいい。と言ってましたし」
「そりゃ大胆なこって。秋本さんにとってロシアの秘密兵器とやらはそれだけ価値があったということか」
「ああ、それはあくまでオマケです、本筋は特務への当てつけですよ。横っ面ひっぱたいて、それを搔っ攫おうとしてたんです。秋本隊長は特務が大っ嫌いですから」
好き嫌いだけでこれだけの人数を動かすのか。
秋本さんって指揮権渡したら絶対駄目な人なんじゃない?
人を駒の様に動かして高笑いをしている秋本さんを想像して額に汗が滲んだ。
「さっきから特務って聞くけど、凜たちのことだろ? 良く知らないんだけど、何なんだ特務って」
「特務は……これ、言っていいのかな。あ、でも坂井さんはもう色々なところから目を付けられてるし、まぁいいか」
長瀬は一度言い淀んだが、笑みを浮かべると語り始める。
「ん? ちょっと、聞き捨てなら──」
俺が疑念を口にするのも無視して長瀬が説明を続けた。
「特務とはですね、貴族院議員一派の直属の私兵みたいなものです。以前はお貴族様が民草の様子を見るために動かしていたお遊び部隊だったのに、あれよあれよという間に政治工作や諜報なんかもやるようになって今じゃ一端の軍人気取りですよ。彼女らはやんごとない家の御落胤だったり貴族院の末娘やらの寄せ集めらしいですがね」
長瀬の語り口から見ても軍には歓迎されてる集まりじゃなさそうだな。
「でもさ、凜はヤクザ一家の出なんだろ? なぁ、遠藤さん」
「え、凜ですか?」
俺の工具を弄っていた遠藤が工具をまるで宝物を扱うように、バッグへ仕舞ってから振り返った。
「凜は俺とは腹が違いますから。確か一条とかいう京都あたりの家の家系だったと思いますよ。母親は凜を生んですぐ死んでしまいましたがね。東京でそんな組織に入っていたなんてこれっぽっちも知りませんでしたよ」
そう答えると、何のこともなかったかのように工具バッグからラチェットを手に取り熱心に動作を確認している。この男は妹より未来の工具に熱心なようだ。
知らなかったんじゃなくて、興味も知る気もなかったんだろうな、この兄貴。
それが悪いって言うわけじゃないがなんだかモヤモヤしちまうな。
でも、そういうことなら凜さんも貴族院に関係があるというわけか。道理で好き勝手動いているようにしか見えなかったんだよなぁ。やけに軍隊らしくなかったのはそういうことか。
「ちょっと待ってくださいよ! 遠藤さんが見ている工具凄いですね! なんですかこの精度にこの輝き! すべてが規格化されている上に手に吸い付くようだ! 人知の結晶じゃないですか!」
ふふん、分かるかね。俺が経費を使って買いそろえた自分好みの自慢の工具が。
「長瀬さん! あなたも分かりますか、この使い手すら計算に入れたような形、持つだけでどんな作業ができるのか想像すらできてしまう専門性!」
見つめ合うと固く握手を交わしたと思うと、二人して俺に視線を送った。
いや、見るな。そんな目で。
分かってるよ、工具を実際に使ってみたいんだろ? でも、車に積んでる機械を下手にばらされても困る。この時代にその工具をフルに使える機械なんてないぞ。
そもそも、この時代の機械ってセンチなのかインチなのか決まってるのか?
……いや、待てよ。
無いなら使えるように最初から規格を揃えちまえばいいか。令和でもセンチだ、インチだのメーカーによって統一されてなかったし、この時代で何かを作るんなら基準がバラバラなのはすごい面倒だ。今後何するにしても楽になるしな。
「よし、遠藤さん、長瀬さん。その工具を基準に、この時代の標準規格を作っちゃいましょう。そうしたらこれから作るものはネジ一本を玩具でも兵器にでも共用できるようになるぜ」
握手したままの二人は再度目を合わせ口角を上げ始め、俯くとついには笑い始めた。
「ふふふ! 玩具から兵器まで共用できる統一規格ですか!」
「ははは! 精度ありきですが、その話には夢がある!」
「「やりましょう!!」」
「やはり遠藤標準規格がしっくりきますね。すべてを遠藤にしましょう、そうしましょう」
「何を馬鹿な、長瀬式標準規格で決まりですよ。ぴたりと嵌まりそうじゃないですか」
「……」
「「坂井さんはどっちがいいですか!!」」
非常にむさくるしい、なぜ選択を迫ってくるのがいつもむさいおっさんなんだ。
生きるか死ぬかを迫ってきた女は居たけどさ……。
はぁ、名前を残したいのは分かるけど、もうその工具の規格に名前ついてんだよなあ。この時代には無いから名前でもなんでも好きにつければいいじゃん。
「どっちもなにも規格品を量産できるようになってから決めたらいいじゃん」
俺の口からはため息とともに疲れた声が漏れた。
のちに遠藤と長瀬、どちらの名前を冠するかで二人が拳で語り合うことになるのだが、それはまた別の話だ。結果として、軍民問わず使われる『日本初の統一規格』がここから誕生することになる。




