60話 過去は過去、今は今と割り切れないのが人間
返すのを嫌がる長瀬からやっとの思いで取り返したイヤホンは、すぐに横から出てきたジェーンに奪い取られてしまった。
手に取ったイヤホンを一切の躊躇もなく耳につけると俺に顎で曲をかけろと指図するのも堂にいったものだ。
前に聞かせたマイコーのメドレーでも聴かせておこう、その方が静かそうだし。
手招きしてジェーンをハイエースの運転席に座らせ、動画が流れるスマホを車のホルダーに置くと「ポーゥ!」だの「アゥ!」だの奇声を上げながら両手を前に突き出しノリノリで踊っていた。
その様子を呆然と見ていた玉蔵に声をかける。
「玉蔵、炭運んだ馬車って持ってきてる?」
「ん? ああ、あるべよ、なした?」
「この車の前輪代わりに使おうと思ってさ、かなり手を入れたから車半分なら載せられると思うんだよね」
「小屋の横にあったはずだな、ちょっと待ってな」
走っていく玉蔵の後ろ姿を見送った後、木にもたれかかって目を瞑っている親父さんに向き合う。
両手をしっかりと太ももの横につけて、直立不動で深く頭を下げる。
「この度は誠に申し訳御座いませんでした。平穏な生活を脅かした上に、息子さんまで危険な目に遭わせてしまいました」
数秒の沈黙に耳が痛い。
「……頭あげてくんつぁれや、さすけねぇ」
言われた通り頭を上げると、親父さんが下を向き頭を掻いていた。何かを言おうか言うまいか悩んでいるように口元を緩めたり締めたりしていた。
顔を上げて俺に見せた表情はどう見ても笑っているのに歪んだ目尻には涙が浮かんでいる。
「愉しかったんだない……人の首ば斬っとぎはもう、倅も何もあったもんでねがったない。昔の、西郷討伐のごど思い出してしまって、大義もなんも無ぐ人さ人と思わず斬ってたあん時さ戻ったみでぇでな。どんも自分が抑えられねくて倅さ連れて北の山さ逃げ込んだんだげんじょ、性分ってのは変えらんねぇもんだない。こりゃどうも極楽さは行げそうもねぇない」と親父さんが力なく笑った。
西郷討伐……親父さん西南戦争経験者かよ! これ、現代で言うPTSDってやつじゃねえのか?
だから人里離れた、こんな山奥にいたのかよ。それを俺が原因で呼び戻してしまったってことか。こんなの謝っても謝りきれねえよ……。
つとめて平静を装い、静かにポケットからタバコを取り出し、一本口に咥えて火をつけるとそれを親父さんに差し出す。
「あい、すまね」
受け取ると旨そうに煙を吸い込んだ。
俺も自分の煙草に火をつける。
「……極楽に行けそうもないなら、死んだらまた俺と一緒に地獄で煙草でも吸いましょうや」
驚いたような顔でこちらを向くと
「ばかこけ」
と笑って見せた。
しばらく二人で無言のまま紫煙を燻らせていると、ガラガラと音を立てて玉蔵が大声で叫びながら荷台付きの馬車を引いて戻ってきた。
「シュウさん、持って来たー!」
親父さんの過去も息子には関係ないわな。コイツには面白おかしく生きてもらわにゃ、親父さんに顔向けできんな。
「じゃあ、親父さん。また後で」
「ああ、倅んこと頼んます」
「任されたよ、では」
頭を下げる親父さんに手を振り、玉蔵の方へ歩き出した。
◇
「もうちょい前だ! そうそうそう、よーし、ゆっくり降ろしてくれ!」
道の両脇に立っている巨木に縄や滑車を括り付け愛車の前半分を持ち上げて荷馬車に降ろす。もちろんジェーンは乗ったままだ。
秋本さんが連れてきた兵士たちが、ほぼ工兵だったお陰もあってスムーズに作業が進んでいく。
オーライとかオーケーとか作業してる人たちにぜんぜん通じなくて、そこだけはちょっと手間どってしまった、ほんと意思疎通って大切だね。
「思ったよりしっかり載ったな。これならこのまま村まで走れるかもしれんな」
兵士たちが掛け声をかけながら、手際良く連結されていく車を見ていると身支度を整えた凜達が近づいてきた。
「坂井様、そろそろ私たちは引き上げます。秋本との契約はこちらに支障が無い程度でお願いします」
「随分と身勝手な話だ、それはこっちで決めさせてもらう。それに、秋本さんとの話は凜さんにも旨味があるから黙って見てたんじゃないのか?」
「ええ、ですが大事の前の小事で有ることをお忘れ無きよう。では、旭川でお待ちしておりますわ」
部下が連れてきた馬に乗ると村の方へ駆けていった。
あんなのが妹でも仲良くやってこれたのは遠藤さんの鈍感力の賜物だな、俺にはどう考えても無理。
ああ、そういやその当人はどこかと辺りを見回してみれば、背後からハイエースのエンジンの唸る音が響いた。
振り向くと作業をしていた兵士たちが尻餅をついて車を見上げている。
さっきまでジェーンが居たはずの運転席には遠藤さんがハンドルを握って座っており、興奮した顔でこっちに手を振っていた。
「坂井さーん! これどうやって動かすんですか?」
……やっぱり兄妹って似るのかもしれないな。




