59話 いかれた仲間と盆踊り
目の前に立っている長瀬は以前と比べ、目の下のクマも薄くなり不精髭も綺麗に剃られた、つるりとした顔で軍人然とした佇まいを醸し出していた。
「随分と血色が良くなったんじゃないか、最近は良く眠れているのかい」
「秋本大尉から電波塔を建てるために各地の山を調べろと言われまして、毎日工兵たちと走り回っていたらなぜか元気溌剌になってしまったんですよ。正直に言えば旭川で研究に没頭したいのですがね」
軍帽を外し、短く刈り込まれた頭を掻きながら笑ってみせた。
「君も秋本さんに振り回されるのは大変だな。いきなりこんな大人数任されるとか丸投げにも程があるだろうに」
「いやぁ、権限の丸投げほど気楽で愉快なものはありませんよ、お陰で好き勝手動けますから思いのほか毎日充実しているんですよ」
……そういえば君も秋本さん側の人間だったね。
だとすれば、付き合わされている大勢の兵士たちのほうが被害者か。現に、いきなり上官が変わって混乱はしていないまでも、ずっとざわついているしな。
「さっさと帰ってしまった秋本さんには聞きそびれたんだけど、なんでこの場所がわかったんだ? あー、すまん。生臭い話だったな、今のは聞かなかったことにしてくれ」
そういや秋本さんが通報があったとか言ってたよな。
……しまった、凜の部隊にスパイがいるかと聞いてるようなもんだ、もう少し考えれば良かった。
「ああ、大尉が聞けるものは片っ端から通信を傍受していますからね。全然寝てるところを見たことがないんですよ、あの人。それに暗号を算額感覚で解くのが大好きなんですよ。今回ロシアの新兵器が発見されたと聞いて、それはもう大興奮でしたよ。実際ここにあったのはもっと素晴らしいものでしたがね、ははは」
笑ってんじゃないよ、とんでもないことをサラッといいやがって! 盗聴してるって秋本さん、何やってんのよ。
横で聞き耳たててる凜も流石に眉間に皺を寄せてるわ。
「それで、坂井さん。あなたこそこんなところで何をされていたんですか? 聞けばあの車はあなたのものだというじゃないですか。先ほどの話を聞いていましたが無線で音声通話って本当に可能なんですか! どんな原理を使えばそんなこと──」
「近い近い! 顔が近い!」
まばたきもせずにグイグイ近づいてくるな。
自分でしゃべっている内に勝手にヒートアップするのは勘弁して欲しい。本当に似てるわこいつら。
改めて思うが、この時代に合う人たちはとにかく熱量が半端ない。やること為すこと全てがブルーオーシャンだとしてもどこから来るんだ、この執着心と暑苦しさは。
「……長瀬さんの研究してたのって無線とかの通信系だっけ?」
「はい、無線通信です。ご存じの通り、今世界中で一番研究されていると言っても過言ではない技術ですからね。坂井さんはどんなものを作られるおつもりなんですか?」
「じゃあ、はいこれ」
小さなケースからカナル型イヤホンを取り出して彼の手のひらに乗せた。
「え? 何ですか。耳栓……ですか?」
「いいから、それ両方の耳につけてみて、うん、そうそう」
他人に自分のイヤホンをつけさせるのにはちょっと抵抗があるがちゃんと装着したのを確認して、おもむろにスマホを取り出し接続されたBluetoothイヤホンに道民の心の歌ともいえる「子供盆おどり唄」を流す。
今年の夏に話題に上がった時に、なんとなく懐かしくてダウンロードしていたのだ。
(ドンドン! カッ! カッ! カカカッ!ピョーピョロロー そよろそーよ風~)
「あ、頭の中に太鼓と笛の音がっ! 唄う子供の声まで! 何ですかこれ!」
「最終的にはこれをやりたいんだよね。素人の俺が作るし材料も限られてるから、これよりはかなり簡易版になるだろうけど」
「え? 何ですって?」
「イヤホン外せよ、イヤホン」
ノイズキャンセリング機能のせいか俺の声が聞こえていない。イヤホンを指さして取り外せ、とジェスチャーする。
「嫌です! ああ、素晴らしい! 何も線が繋がってないのにこんな鮮明な音が聞こえるなんて! これが無線なんて信じられない! しゃんこ、しゃんこしゃんこ!」
イヤホンを外すのを拒んで寒空の下、自分だけにしか聞こえない音頭に合わせて泣きながら踊り出す。
周りの兵士たちも軽やかな盆踊りを見て、口々に「ついに狂った」とか「秋本が乗り移った」と聞こえてきた。
うーん、普段の行いが想像できるね、秋本さんと長瀬君。
……ああ、それにしてもこれが無音盆踊りなんだな。
令和の時代の騒音クレームから生まれた文化がまさかの明治で爆誕だよ。
でもね、長瀬君さぁ、踊ってないで人の話くらい聞きなさいよ。
──その後、曲が三周するまで彼は踊り続けた。




