57話 軍隊と正論
ジェーンが口を開く前に、俺たちが座っていた地面に大人数が歩いてくる音と振動が響いてきた。
銃を肩に担ぎ一定の速度で近づいてくるのはどう見ても威嚇するのが目的だ。
なぜ、こんなところに軍人が?
凜の方を向けば、憎々しい目つきで行進を睨みつけている。
どうやら彼女が呼んだわけではなさそうだ。
俺たちの野営地の手前で先頭にいた男の掛け声とともに行進が止まり、軍帽を深く被った男が馬から降りて肩で風を切り歩いてきた。
「やぁやぁ、女狐の特務副隊長殿。こんなところで会うとは何かと縁がありますな」
口を開いたと思えば一言目から無駄に厭味ったらしい。
なんだこいつ。
「あら、どなたかと思えば腐れ電柱の中尉殿ではありませんか。こんな辺鄙なところでお会いするなんて珍しいですわ」
「おかげさまで。君には残念だろうがこの度功績が認められて目出度く大尉になったのだよ」
「それはそれは、他人のふんどしで白星を取って嬉しそうでなによりですわ」
わはは、うふふ。と勝手に悪口のマウント合戦が始まってるな。
凜の知り合いなんだろうが仲は悪いんだろう、それにしても女狐に腐れ電柱ね。
腐れ電柱? どっかでこの声聞いたことがあるような。
「ややっ! そこにいるのは坂井技師では!? なぜこんな女狐と一緒にいるのですかな!? ……なるほど、鑑定の為に強制されて連れてこられたのですな、なんという卑劣な! 体は大丈夫かね!」
本当に心配そうな目で俺を見つめているな。
あー、思い出した。衛戍地のモールスでFAX送る実験みたいなことしてた押しと癖の強い人だ。確か名前は……
「秋本さんか、この前はどうも、一応大丈夫ですよ。今日はどうしてまたこんな僻地にいらしたんですか?」
顎髭を撫でながら質問にどう答えようか迷っているようだ。
「……ふむ、もはや私の右腕と言っても過言ではない、他ならぬ君になら話してもよいか」
勝手に右腕にすんな、どう聞いても過言だよ。
あんたの頭の中で俺はどういう扱いになってるんだ。
「実はこの女狐どもに怪しい動きありと通報が入ってね。聞けばロシアの新技術奪取を企んで、いや目論んでいるらしいじゃないか。なんと素晴らしいと思ってね、微力ながら力添えしようと思ったまでだよ」
「あら、お優しいこと。微力なら最初から無い方がまだ助かりますわ。新技術と聞いて居ても立ってもいられなくなっただけでしょうに、まるで玩具を強請る子供のようですわね」
いちいちキレッキレな返答を返す凜に、まったく気にした風もない秋本。
軍も一枚岩じゃないのね、部隊内でもスパイごっことかしてんのかね。
それはどうでもいいんだけど、思いっきり情報漏れてんじゃん!
「それで、それが例のモノか。ん? あー! 壊れてしまっているではないか! 我々ならもっとうまく奪取できたものを!」
いや、それは俺の愛車で最初からそんなんです。
「これはロシアの物ではありませんわ。そこにいる坂井様の持ち物です、あと最初から壊れていましたわ」
「ねぇ、これ馬車なの? 重たくない?」
ジェーンががちゃがちゃとドアを弄っていると電子音と共にパワースライドドアが開く。うーん自由だね、お嬢ちゃん。
「おおー?! シュウ、これ勝手に開くんだけど!」
「そりゃそういうものだからね。荷物持ってるときとか楽だよ、閉める時はノブを軽く引いてみ」
「あー、閉まった閉まった! 面白いわね!」
その光景を呆然と見ていた秋本がハイエースに向かって走り出した。
「お嬢さん! 吾輩にもやらせてくれんかね!」
「えー、い、いいわよ」
一瞬ジェーンの動きが止まったのは秋本さんの目がキマっていたからだろう。
何度も何度も開けたり閉じたりを繰り返しては「うーん」だの「おお」と唸っている。バッテリー減るからほどほどにしてほしいなぁ。
開け閉めの途中で自分が挟まってみたり、刀を差し込んでみたりして自動で止まるのを試した秋本がこちらに走ってきた。興奮しているのか顔が赤い。
「坂井君! これは君が作ったのかね?! 素晴らしいよ、これは! ぜひ我々に供出してほしい、いや、これは我が国の為に進呈するべきだ。嫌とは言わないね、これは光栄なことだよ!」
相変わらず興奮すると早口だな、この人。
しかも話しててもずっと車の方見てて、まったく俺を見てないじゃん。
「え? 嫌だけど。なんでも国とか軍とか言えば差し出すと思ってんのか」
「ん? 今なんと言ったのだね?」
そんな信じられないって顔されても困るわ。
「俺の愛車は譲らないって言ったのさ、あんたに貸し借りもないはずだ。ささ、お帰りはあちらです」
「そんなこと言わずに供出したまえよー、悪いようにはしないから―、供出したまえよー」
俺が両手で村の方を指し示すとプルプルと震えだして俺の腕にすがりついてきた。
ええいっ! うっとおしい!
腕を振り払うとズレた軍帽を被り直し、姿勢を正した。
「ここまで譲歩しているのに何という頑固者だ、君は。だが、これはお願いではなく上層部の決定事項なのだよ。ロシアとの大規模な戦いが迫っている今、全てを使って勝利の道を作らねばならん。わかってくれ」
どこら辺が譲歩なのか分からなかったがな。
凜の方を見ると多勢に無勢なのか悔し気に顔を下げている。
「そこの女狐も物事の道理は弁えているようだね。上層部に媚びへつらい腰を振るしか能のない割には殊勝なことだ」
凜から歯軋りの音が聞こえてきたが、何も言い返すことはなかった。
固く握った拳が現状を覆せないことを示していた。
「おい」
「なんだね。坂、ぐはっ!」
自分でも腰の入ったいいパンチだった。
流石に今の言葉は聞き逃せなかった、言っていいことと悪いことはあるからな。
派手に吹っ飛んで転がる秋本が慌てて近づいた部下に肩を借りながら立ち上がる。他の部下は殺気立って肩の銃を俺に向けている。
「な、何を。坂井君、君は」
殴られて落ちた眼鏡を部下が秋本に渡すが手が震えてうまく耳に掛けられない。
ロシアに勝つため? 日本の為? そんな言い訳で悪戯に人を傷つけていいわけがない。
「秋本さんよ、あんたの目は節穴だ。何もわかってない。」
それに、こいつは凜さんのことを何も分かっていない。
そもそも彼女は男に媚びるような人間じゃない。
間違いは正さなければならないんだ。
「凜さんはどう見ても処じょ! うぼっ!」
……その日、俺は空を飛んだ。
消えゆく意識の中、拳を振り上げた凜さんが涙目で立っているのが見えた気がした。




