50話 夢と現実
現実と怪獣映画の区別がつかない奴に伝える言葉は相場が決まってる。
「凜さん……夢から覚めて現実を見ろ! ぐえっ!」
顔を思いっきり殴られて、遠藤さんを巻き込んで荷台から落ちた。
湿った土が殴られた頬に触れ、ひんやりとして気持ちがいい。
明治に来てからというもの殴られ過ぎだと思うんだよね、顔の形変わっちゃいそうだよ。
「……あなたの妹さん、ちょっと暴力的すぎませんか。どういう教育されてたんですか」
もぞりと体の向きを変えて、一緒に転がっている彼女の兄へ抗議した。
「幼い時はこんなじゃなかったんですが。愚妹が申し訳ありません」
遠藤さんの謝罪を聞いていると、腕が伸びてきて俺の胸倉を掴まれて持ち上げられた。彼女の顔が近くて、興奮しているのか顔にかかる鼻息が熱い。
「凜さん、とにかく落ち着いてくれませんか。いきなり恐竜とか言われても何のことやら」
「とぼけるな! 私はこの目で見ただけではなく、五感全てで感じたのです! 怯えることしかできない人知を超えた暴力を! 天に聳える建物が一瞬で崩れ、暴風が吹き荒れ、その口から吐き出された熱線が――!」
だめだこりゃ、体験型の映画館で興奮した子供みたいな反応しか返ってこない。
そういや昔、婆さんもCGで作られた赤ちゃんが踊り出すのを見てビックリしてたっけ。
とりあえず落ち着いてほしいなぁ。
「ほら、凜さん。そこで部下の人が見てるし、話をするにしても一回落ち着かないと。ね? 深呼吸して、深呼吸」
突然のことにあわあわとしている仁村と呼ばれた部下を顎で指すと、部下がいたことを思い出したように一瞬硬直して、ようやく彼女は深呼吸をし始めた。
「ふぅー、失礼しました。取り乱しましたわ」
本当に失礼だよ、取り乱して人をグーで殴るな。
あと、早く降ろしてくれ。
◇
ようやく落ち着きを取り戻した彼女が言うには、車の下で見つけた割れた石碑に触れた途端、不思議な空間へと投げ出され様々な体験をしたのだという。
それはまるでその場にいた誰かに成り代わったようで、音はもちろん体に感じる振動や肌に当たる風、温度、匂い、そのすべてが紛れもない本物だったと語った。
なんだそれ、本当に体験型の映画館じゃん。
俺も見てみたいわ。
なんとなく安易に考えていたが、石に触れば元の時代に戻れるわけじゃないのか。
触った途端、ジェーンみたいに変な時代に飛ばされる可能性もあるのかもしれないし、凜さんが体験したような状況もよくわからん。
でも、何かの手掛かりには違いなさそうだから一度見てみたいな。
「……では、あのような怪物は物語の中だけの話だと言うのですか、なんてことですの。未来の娯楽があそこまで発達しているとは」
慌てふためいていた自分を恥じるように、軍帽を深めに被りなおした彼女から奥歯を噛み締める音が聞こえる。
「少なくともあんな怪獣は映画の中でしか見たことないね、安心した?」
「ええ、では大量の飛行機機械が東京の街を焼け野原にしたり、一瞬で街を蒸発させるような爆発の光も絵空事だったんですね。目の前で罪なき親子や同胞を助けられず只々焼き払われていくのを見るのは空想だったとしても、とても辛い物でしたわ」
胸に手を当てて安心したようにホッと息をついた。
「あー、たぶんそれは現実、日本ぼっこぼこにやられるから。良く滅びなかったよね」
俺の何気ない言葉に、油切れのブリキ人形のごとく首をぎしぎしと回しこちらを向いた。
「……なんて、おっしゃいました?」
この人怖い、感情がジェットコースターかよ。
「東京が焼け野原になったのも、広島と長崎に凜さんが言ったような爆弾が落とされたのも現実。いろんな国を敵に回して、世界中を立ち回って最後は無条件降伏よ。だいたい後四十年後くらいかな」
「ちょっ! ちょっと待ってください! 坂井さんは大学を出たって言いましたよね! 日本語を話していて知識もある、でも一般的な機械修理工とおっしゃった。降伏した国でそんなことが可能なんですか?! そもそもどこと戦ったんですか!」
耳元で大声出さないでほしい、遠藤兄よ。
「アメリカとかロシアとかその他いっぱい。そこから復興したのよ、俺の爺さんの世代が死ぬ気で。でも遠藤さん、今まで戦争の話とか聞いてこなかったのに急にどうしたんです?」
「あなたを見ていればどう考えても日本が戦争に勝ち続けた未来としか考えませんよ! 一回詳しくこれから起きることを教えてもらいますからね!」
ええ……面倒くさい。
歴史の講義とかしなきゃならないの?
ふんふんと鼻息が荒い遠藤兄から顔を背け、ちらりと凜さんを見れば茫然自失と言った感じで空を見上げて立ち尽くしていた。




