47話 痛みと決着
「 Ай!(痛いっ!)、ゴホッ! ゴホッ!」
「目がぁ! ゲホッ! ゴボッ!」
鳴り響く警報音、音と共に眩しく点滅するハザードランプ、俺が両手に持っているクマよけスプレーから放たれた赤い煙を吸い込み、顔を押さえて転げ回る男たち。
一瞬にして車の周りには混沌とした光景が発生した。
俺は中腰で両手にスプレーを構えたまま、木に縛られたジタバタと暴れる男を哀しげな目で見つめた。風向きが悪かったんだ、許してくれとは言わんよ玉蔵。死ぬよかマシだ。我慢しろ、男の子だろ。
余裕こいて男たちに向けて噴射していると風向きが変わり少し煙を吸った。
「ゴッホ! ゴホッ!」
涙が止まらないし、鼻と喉が焼けるように熱いし辛い! もし、行きつけのカレー屋がこんなの出したら即、保健所案件だ! 少し吸っただけでこれかよ!
玉蔵、ごめん、これは男の子でも無理だわ。
「ゴホッ! キサマナニヲ……」
ブシュー!
近距離から白髪頭の顔にスプレーを直接ぶちまけた。
そいつが握りしめていた紙は無残にも赤く染まり地面に落ちた。
「~~!? Глаза́!! Я задыха́юсь!!(目がぁ! 息が出来ない!!)」
「車泥棒に慈悲などないんだわ、ゴホッ!」
なんとか立ち上がりこちらに銃を向けてくる奴もいるがスプレーを向けると怯えた顔をして目の前に銃を投げ捨て膝をつき両手を上げた。
そんな無防備な顔にシュート!
ブシュー!
「Почему!? Глаза́!(なぜっ!?目が!)」
言ったはずだ、慈悲はないと。
ふと、横を見れば竹やぶからは恐る恐る遠藤さん達が出てきているのが見えた。
「遠藤さん! 動けなくなった奴らをふん縛ってください! 俺は玉蔵を助けます!」
転げまわる男たちの体を足で押えつけ遠藤さんに指示を飛ばす。
さっき見えてた奴らは全員転がっているはずだ。
「は、はい! けど、これ触って大丈夫な奴ですか?」
顔を押えてうずくまる男たちを指さして不安な顔を浮かべた。
成分は確かカプサイシンだったよな、ジョロキアとか素手で触るのと同じか。
「かぶれるので、赤いのはなるべく触らないようにしてください! あと薬がついた手のまま小便すると地獄をみますよ!」
「わ、わかりました!」
仲間たちがそれぞれ転がっている男を縛るのを横目に、空になったスプレー缶を捨てて縛られている玉蔵の元に走った。
自分の前に立った俺を睨みつけると、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で声にならない声で「あんだぁおだっじゃねぇぞ!!(あんたふざけんなよ!)」と叫んだ。
「いや、ごめんて。今外すから待ってろ」
手持ちのカッターナイフで縄を切ろうとするがなかなか切れない。
結構しぶといな、この縄。
「後ろぉ! 後ろぉ!」
縄と格闘していると玉蔵が叫ぶ。
振り向くと、俺の頭目掛けて鈍く光る刃が迫ってきていた。
◇
咄嗟にしゃがんだ俺の髪を掠めて玉蔵の縄がその一閃によって断ち切られた。
急に自由になった玉蔵は倒れるように地面へと、へたり込んだ。
「……何するんですか、凜さん」
車の警報音も収まり、ライトも消え、男たちの小さい呻き声のみが響き渡るこの場所に、不釣り合いな姿の凜さんが立っていた。
手に持った抜き身の日本刀には月の光が鈍く反射しており、着ている軍服の飾紐が外套の隙間でチャラチャラと音を立てていた。
旭川衛戍地で見た兵士たちとは違い、生地も仕立ての出来も見るからに違う。
髪も後ろで一つに束ね、軍帽を被っている姿はさながら高級将校を思わせた。
「間抜けな露助と相打ちになってくれればよかったものを、まさか倒してしまうなんて想定外ですわ」
刀を鞘に納めると胸ポケットからマッチを取り出し、いつの間にか咥えていた煙草に火をつけ美味そうに紫煙を吐き出す。
「り、凜? なんだ、その姿は!」
ロシア人を縛っていた遠藤さんに振り返ると、にこやかな笑みを浮かべた。
「あら、お兄様。ごきげんよう。今日はお二人の命日になると思って、せっかく正装したのに無駄になりましたわ、ねぇ皆様」
ここまで一緒に戦ってきた仲間の猟師たちが銃口を俺と遠藤さんに向ける。
その様子を彼女は全く興味の無いおもちゃを見るような目で見つめていた。
最初から凜さんとグルだったのか。
「なんだ貴様ら! 凜、命日とはどういうことだ!?」
「ええ、旭川のヤクザと得体のしれない男、ついでにアメリカ人の女。不逞ロシア人との縄張り争いの果てに行方不明という筋書きでしたのに上手くいかないものですわね、ただ、まぁ遅いか早いかの違いだけですが」
残念と呟き、落とした煙草を足で踏み消すと大きくため息を吐いた。
「凜さん、実は大げさな兄妹喧嘩で軍人コスプレが好きだったってことにはならないかい?」
命日だの、行方不明だの、どう見ても冗談じゃなさそうだが、この場では軽口を叩くことぐらいしかできなかった。
「坂井様、コスプレかなにかは知りませんが、兄妹喧嘩ならわたくしの勝ちで決着ですわ。それにしても、あなたには困ったものです。未来から来たとか兄に与太話を聞かせていたと思えば、まさか本当だったなんて。こんなものを見せられれば信じざるを得ないですわね」
彼女は鎮座するハイエースを横目で見て口角を上げた。




